44.ソフトクリーム

「とても楽しかったですね! みんなで友情を育めたと思います!」

「そうね、あれだけ白熱したから、前よりもっと仲良くなれたと思うわ!」


 とても明るい声でフィリスとセシルがお店を出る。その後を肩を落とした私が続く。


 ……やられた。つい、他人とする卓球の楽しさを覚えてしまった私は夢中で遊んでしまった。こんなことをするつもりはなかったのに、どうして夢中になってしまったんだ!


 こいつらと友情を育むつもりなんてないのに、仲良くなるつもりなんてないのに。信用できない他人と一緒にいるのは嫌だ、そんな思いは確かにあるのに……どうしては私は。


 その時、私の肩を二人が掴む。


「どうですか、私たちと友情を育むのは楽しいでしょう? もっとやりたくなってきました?」

「観念して私たちと友情を育むのね。沼に落としてあげるわ」


 満面の笑みを浮かべた二人がそう言った。……何が友情だ、そんなもの信じられるか! 二人の手を払いのけて睨みつけてやる。


「友情を育むなんて、ごめんだ。他人は信用できない。パーティーは仕方なくやっているだけ」

「うーむ、ユイさんは頑なですね。何がどうなってそんな考えになったんですか?」

「そんなこと、軽々しく言えるか」

「そこが知りたいのになー。ちょーっとだけ話してみない? 気持ちが軽くなるかもよ。ついでに、仲良くしたいって思うかも」

「……そんなことを信用できないヤツに言ってどうする」


 まだ、出会ってひと月くらいしか経っていない人たちのことは信用できない。いつどこで裏切るか分からないし、利用されているだけかもしれない。そんな奴らに心を開くとでも思ったのか?


 睨みを聞かせていると、二人は残念そうにため息を吐いた。


「ユイさんは頑なですね。まだまだ、交流が足りないように思います。何か、いい案はありませんか?」

「そうね……ユイが好きそうなことは」


 腕を組んでセシルが考え始めた。すると、すぐに何かを思いついたようだ。


「じゃあ! 運動後で体も火照ったし、冷たいものを食べに行きましょ」

「なるほど、食べ物で釣るんですね!」

「これだったら、ユイとまだ交流できると思うわ。今、探してみるわね」


 交流目的で食べ物を食べに行く? そんな事を聞いて私が行くとでも思うのか? バカバカしい、私はそこまで子供じゃない。そう簡単に引き寄せられると思うなよ。


「近くにソフトクリーム屋があるみたい。これだったら、いいんじゃない?」


 ……ソフトクリーム、だと?


「ソフトクリームってなんですか? それも地球の食べ物なんですか?」

「軟らかいクリーム状のアイスクリームだよ。色んな味のフレーバーがあって、冷たくて甘くて美味しいの」

「あー、アイスみたいなものなんですね。それだったら、運動後にピッタリですね」

「ね、ユイ。ソフトクリーム食べたくない?」


 セシルの問いかけに、グッと言葉を詰まらせる。まだ小さかった頃、家族で食べたソフトクリームの思い出が蘇る。


 牧場に遊びに行った時に暑いからと買ってもらったソフトクリーム。濃い牛乳の味がしてとても美味しかった記憶が頭の片隅に残っている。あの味を体験できる……そう思うと心が揺れ動いた。


「あ、興味ありそうな顔してますよ。これはちょっと強引でも一緒に行ってくれますね」

「そうね。じゃあ、ユイを引っ張っていきましょう」

「なっ! わ、私はまだ行くなんて一言もっ……!」

「いいえ、ユイさんの顔が行きたいっていう雰囲気を出してました。だから、行きましょう!」

「ユイは素直になり切れないからね。その分、私たちが動いてあげているのよ」

「は、離せ!」


 くっ、抵抗したいのに強引に拒否できない! このままだと二人の思惑通りになってしまう。私は交流する気はないのに、そんなつもりはないのにーっ!


 ◇


 結局、店に辿り着いてしまった。建物に組み込まれた小さな店で、カウンター越しにやり取りするみたいだ。店の中にいる女性店員が明るい声で話しかけてくる。


「いらっしゃいませー。採れたて新鮮な牛乳を使って、毎日新しいものを提供してますよ」

「どんな味があるのかしら」

「ウチではバニラ、ストロベリー、チョコの三種類を四百オールで販売しています。コーンの種類も普通のコーンとワッフル生地がありまして、ワッフル生地だとプラス五十オールいただきます」

「だって、どうしようか」


 もうすでに話が買うことで進んでいる。……まぁ、それなら買ってもいいか。別に交流するつもりはないし、ただ買って食べるだけだ。うん、そうだ。それでいい。


「ユイは何にする?」

「……バニラ」

「フィリスは?」

「悩みますが、チョコにします!」

「じゃあ、私はストロベリーにしようかしら。あ、コーンはワッフルにするわね。そっちのほうが美味しいって書いてたし」

「ありがとうございます! バニラ、チョコ、ストロベリーをワッフル生地でですね。合計で千三百五十オールです」

「会計は別でお願いするわ」

「はい、分かりましたー。キャッシュレスも対応していますので、もしよろしかったらご利用どうぞ~」


 私たちはそれぞれの身分証を差し出して、機械に通して支払いをしていった。その会計が全て終わると、店員は後ろを向いてソフトクリームを作り始める。


「注文したものがそれぞれ違うから、食べ比べもしてみましょう」

「いいですね! 他の味も気になっていたところなんです!」


 ……食べ比べか。そういえば、昔もそんなことをしていた。お姉ちゃんとは違う味を買ってもらったから、お互いに食べさせ合ったな。自分のも美味しかったけど、貰った物はもっと美味しく感じだ。……なんでだろう?


「はい、お待たせしましたー」


 すると、店員がカウンターの上のホルダーにソフトクリームを乗せた。三色揃ったソフトクリームはどれも美味しそうに見える。そのソフトクリームには小さなスプーンもついていた。


「美味しそう!」


 そういうとセシルはスマホを取り出して写真を撮った。そんなことをして、一体なんのためになるんだ?


「もういいよー。さぁ、食べよう!」

「私はチョコですね!」

「……」


 それぞれが自分の注文したソフトクリームを手に取る。改めてソフトクリームを見ると、とぐろ状に巻かれた見た目をしている。この見た目は前の世界でも見たまんまの姿だ。異世界でも同じだなんて、なんか驚きだ。


 スプーンでソフトクリームをすくって口の中に入れる。ひんやりとした感触がした後にミルクの味が広がった。口の中で転がすと口触りのいいクリームが口の中で溶けて、強い牛乳感だ。


 濃厚な牛乳を滑らかなクリームにした、昔牧場で食べたソフトクリームに似ている。もう一口食べると、ひんやりとした感触が広がった後に濃厚な牛乳を感じた。


「んー、甘酸っぱくて美味しい!」

「こっちは濃厚なチョコが美味しいです!」

「生のイチゴを感じるのよ、とってもフレッシュ。これなら飽きずに食べられそうだわ」

「こちらは濃厚なんですけど、後味がすっきりとしているんですよね。一口食べたら、すぐに次の一口が欲しくなる味です」


 どうやら、二人のソフトクリームも美味しいらしい。美味しそうに食べる様子を見て、その味も気になったが……交換する気はない。二人に背を向けて懐かしい味を堪能する。


「こっちも食べてみて、美味しいから」

「食べ比べですね。じゃあ、私のも食べてください」

「どれどれ……んー! このチョコ味、好きかも! どんどん食べちゃいたいくらいだわ!」

「……あっ、生のイチゴを感じます! これは癖になりそうな、甘酸っぱさですねー」


 二人は食べ比べをして盛り上がっている。そういえば、お姉ちゃんと食べ比べした時も盛り上がったな。お互いにお互いのソフトクリームを食べすぎて、喧嘩になっちゃったこともあったけど。あれは、私にとって良い思い出だったなぁ。


 お姉ちゃんの事を思い出して感傷に浸っていると、横から二つの手が伸びてきた。その手は私のソフトクリームをすくっていく。


「あっ……」

「ユイのももらい! ……んっ! すっごーいミルク感! だけど、あっさりとして美味しい!」

「これはいいですね! 濃厚なのに、後味スッキリです。チョコとは違う魅力を感じます」

「勝手に取るな!」

「だって、ユイが持っている味だけ食べてなかったんだもん。気になるじゃない」

「ユイさんも私のチョコ味食べてもいいですよ」

「……いらない」


 ソフトクリームは食べても、交流はしない。そっぽを向いて、二人を拒絶する。


「えー、寂しいことを言わないでよ。折角だから、こっちも食べてみてよ」

「そうですよ。他の味も気になりませんか?」

「ねーねー、ユイー!」

「一緒に食べましょうよ、ユイさん!」


 そっぽを向いていると、後ろから二人に肩を揺すられる。……凄くウザイ。だんだんと揺する力が強くなってきて、頭がガクガクと揺れ始めてきた。


「あーもう! やめっ……んっ!」


 イライラして振り向くと、口の中に何かを突っ込まれた。反射で口を閉じると、口の中に甘酸っぱいイチゴの味が広がる。……これはソフトクリームのストロベリー味? 一口で分かる、生のイチゴを使った感じが伝わってくる。


「美味しいでしょ、ストロベリー味。ユイと一緒に美味しさを分かち合いたかったんだ」

「……だからって、無理やりつっ……んっ!」

「私のチョコ味も食べてみてください。濃厚なんですが、後味すっきりです」


 今度はフィリスがアイスを突っ込んできた。口の中で濃厚なチョコの味が広がる。口の中でクリームが溶けていくと、濃厚なチョコの味もスッと消えていく。しつこくない、後味がスッキリしているチョコ味のソフトクリームだ。


 ……まんまと二人にやられてしまった。ジト目で二人を見ると、二人は嬉しそうにお互いの手を叩き合う。


「こういうことを共有すると、仲良くなった感が増すと思わない? 今のでさらにユイと親密になった気がするわ」

「ですね、特別感があります。そうすると、食事をシェアするのもいいかもしれませんね」

「宿屋の食事だと個別に来るから、外で食べに行く時はシェアできるところに行った方が良いかもね。一つのものを分け合って食べるっていう行為も仲良くなる秘訣だと思うの」

「……私は仲良くしないからな」

「そうはさせませんよ! 友情を育んで、共に助け合い、強敵を打ち倒す力にするのです! 目指せ、魔王討伐!」

「ユイがいたらなんでもできそうな気がしてきた。行くぞ、魔王討伐!」

「そんな危ないことはしないからな! 絶対に目指さないからな!」


 二人の雰囲気に吞まれないように抵抗する。だけど、結局ソフトクリームを食べながら話を交わしてしまった。二人の思い通り、交流をしてしまったことになる。こうなるはずじゃなかったのに……。

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