42.卓球(1)
「では、第一回ユイを絆そう交流会を始めるよ!」
「わー、わー! 絆していきましょー!」
「変な会にするな!」
セシルが声を上げると、フィリスが盛り上げる。何が絆そうだ、私は絶対に絆されない!
私たちは今、卓球ができる店にやってきていた。卓球ができるコートは前の世界で見たコートと酷似している。卓球台が並んでいて、その間に緑のネットが垂れ下がっている。
「じゃあ、卓球をしてみんなの友情を育んでいこう。特にユイとの!」
「ですね! ユイさんとの友情を育んで絆せば、パーティー解散なんて言わなくなりますものね!」
「私の気持ちは変わらないからな!」
「そんな事を言いつつも、絆されていくユイに期待しているよ!」
「盛大なフリですからね! 期待しかないですね!」
この二人、全然人の話を聞いていない。私が絆されることなんてない、だからこんな面倒な会は認めないぞ!
「じゃあ、早速卓球をしたいんだけど……ユイは卓球をしたことがある?」
「……一人でなら」
「では、経験者ってことですね」
前の世界で卓球はやったことがある。たまたま読んだ漫画が卓球漫画で面白かった。男性が主人公のものがあったり、女の子が主人公だったり……どちらもとても良かった。
それに触発されて、自分でも卓球がやってみたいって思った。だから、わざわざ卓球があるところのゾンビを全部片づけて、安全になったところで自分も卓球をしてみた。
漫画で見た通りを真似したり、教本が置いてあったからそれを見ながら球を打ったことがある。ひたすら球を打つのは結構楽しかったし、音が癖になった。一人では虚しかったけど……。
「じゃあ、先に私たちで練習をしようか」
「そうですね。私たちがそれなりにできてなきゃ、ユイさんも楽しめませんし」
「本を借りてきたから、ちょっと読んでみよう」
「ですね。やり方とか知っておきましょう」
二人は並んで本を楽しみながら読み始めた。しばらく放置していると、読み終えた二人がラケットとボールを持って卓球台に分かれる。
「じゃあ、行くよー!」
「ばっちこいです!」
「それ!」
カコンッ、とボールが台の上を跳ねる。
「え、えい!」
それをフィリスが戸惑いながらもなんとか打ち返す。
「わっ!」
セシルの体に向かってきた球を後ろに下がりながら何とか打ち返す。だが、その球は向こうのコートに届かず、ネットに引っかかってしまった。
「あーん、ダメだったー」
「ふふっ、私の一ポイントですね」
「次こそポイントとってやるんだからっ」
「そうはいきませんよ。例え交流会だとしても、容赦はしません」
まぁ、初めだからそんな程度だろう。これじゃ、ただ卓球を楽しんでいるにしか見えない。相手をするのが面倒だから、このまま時間が過ぎ去ればいいのに。
壁に寄りかかって、二人が呑気に卓球を楽しんでいるところを見守る。きっと、この程度のラリーを続けることになるのだろう……そう思いながら。
◇
カッ、カッ、カッ、カッ、カコーンッ!
目で追うのがやっとの高速ラリーの後、ふわりと浮いた球をフィリスが豪快にスマッシュした。球は台の端に届き、セシルのラケットを通り過ぎた。
「っしゃー! マッチポイントー!」
「くっ、手が届かなかったっ……」
「……いや、なんでそうなる」
いやいや、おかしい。さっきまで子供がやる可愛いラリーだったはずだ。飛んできた球にいちいち驚いて、返すことが精一杯だったのに……どうして高速ラリーができるように上達しているのか……。意味が分からない。
そんな私のツッコミは二人には届かず、球を持ったフィリスがサーブのポーズを取る。
「さぁ、行きますよ。私の渾身のサーブを取れますか?」
「ここで負けたら、後がないわ。フィリスのサーブ、必ず打ち返してみせる!」
「……」
「ここで決めるのです、フィリス。あなたならできる。さぁ、勇気を出して球を放り投げるのです!」
「次は絶対にポイントを取る。大丈夫、あなたならできるわ。今までのラリーを思い出して。アレを乗り越えたあなたならできる!」
「……いや、心の声は代弁しなくてもいいから、早くして」
「お前に教えられることは全て教えた。あとは鍛えた力を解き放つだけだ。さぁ、やるんだフィリス!」
「誰よりも負けず嫌いだったあなたは最後まで足掻き続けることができます。諦めないで、セシル!」
「想像上のコーチを勝手に作って出すな!」
思わず突っ込んでしまった。すると、フィリスがボールを高く上げて渾身のサーブを打つ。早い打球にセシルがなんとか追いついて返した。だけど、甘い球になりフィリスの攻撃の手を強めてしまう。
カッ、カッ、カッ、カッ!
フィリスは強く速い打球を返し、セシルが防御一辺倒になってしまった。押されているセシルの顔が苦悶に歪む。そして、押されることで精神的負荷がかかったのだろう、手元が狂ってしまった。
「しまった!」
ラケットに当たったボールが高く上がってしまった。遅くなったボールが高くバウンドすると、フィリスが大振りに構える。
「いっけぇっ!」
渾身のスマッシュを放った。球はセシルがいない台の端目掛けて飛んでいき、セシルのラケットから逃げように飛んでいく。
「ったぁっ! 私の勝ちです!」
「そんな、負けただなんて……」
フィリスはその場でジャンプして喜び、セシルは台に手をついて項垂れた。すると、フィリスがセシルに近寄ってその肩に手を置く。
「セシルさん、とてもいい試合でした。また、私とやってくれますか?」
「フィリス……あなたとても強かったわ。だけど、今度は負けないから」
「そうじゃなきゃ、つまらないです。今度も私が勝ちますよ」
「ふっ、いうわね」
見つめ合った二人は固い握手をかわした。
「……ということを、ユイさんとやりたいと思ってます」
「めちゃくちゃ感動する流れだと思わない? これでユイを絆すつもりなんだけど」
「馬鹿かな?」
「えー! 絶対にいい展開だと思ったんですよ! 戦いの後の友情、これほど良いものはありません!」
「この流れをしたら絶対にユイも仲良くなりたいな、ラブ! って思うって!」
「良い物じゃないし、絶対に思わない! ふざけるな、私がそんなふうになるか!」
本当にこの二人は馬鹿だ。私が今の様になるわけがない。そんなふうに友情を育むつもりはないし、仲良くなりたいとも思わない。全く、いい加減にして欲しい。
「とりあえず、本来の目的を達成しましょうか。はい、ユイ。ラケット持ってね」
「私はやらないっ……」
「そんなこと言わないでよ。ユイも久しぶりの卓球だよね? だったら、楽しまなきゃ損じゃん」
「……少しだけなら」
「そうそう、素直が一番!」
セシルに背中を押されて台の前に立たされた。……正直、さっきの打球が台を打つ音を聞いて体が疼いているのが分かる。久しぶりに球を打ちたい、音を聞きたい。そんな思いがあるのは確かだ。
ちょっとだけ……ちょっとだけならいい。別に友情を育む予定はないし、今でもパーティーを解散したいと思っている。大丈夫、絆される隙はないはずだ。なら、卓球をしてもいいだろう。
ラケットを手に持って、球をラケットで軽く上に跳ねさせる。うん、良い感じだ。顔を上げて対面を見ると、先ほどセシルに勝ったフィリスが自信気に胸を張って腕組をしている。
「ふっふっふっ、そう簡単に勝たせませんよ。観念して私と友情を育むのです」
「……勝手に言ってろ」
「じゃあ、とりあえず三ポイント先取で勝ちね! サーブはユイからで」
「ユイさんは私の速いラリーについてくることができるでしょうか?」
「ラリーの速さで勝てるとでも?」
「スマッシュでも決めますよ!」
「へー……」
確かに、フィリスはラリーが上手かった。持ち前の運動神経のお陰もあるんだろうけれど、一球に速さと重さがあるように感じた。それを受け続けるのは大変だろう。
「じゃあ、サーブ!」
球を持って構える。ちらりとフィリスを見てみると、こちらも同じく構えをして待っている。初めて相手のいる卓球だ、一体どうなるんだろうか? ちょっとしたワクワクを感じながら球を上げて、ラケットで打った。
ボールは思った通りの所に飛び、それをフィリスが打ち返す。一球目から速い。態勢を整えて返すと、今度は先ほどよりも速い球が返ってくる。これは……段々と速くなっていく?
カッ、カッ、カッ、カッ!
ラリーが続くごとに球は速く跳ぶ。打ち返す球がラケットに重くのしかかる。その度に手首に負荷がかかり、気を緩めるとラケットの角度が変わってしまいそうだ。
なるほど、これがフィリスとのラリー。速く重い球で相手を押して、怯んだところにスマッシュで決める。フィリスのスマッシュは鋭かったけど、その前の激しいラリーがあったからスマッシュが生きてきたのか。
ラリーを続けていくと苦しくなってくる。台から段々と離れていっているのが分かる。前に出なきゃいけないのに、激しいラリーに押されてしまう。
どうにかしないと。焦りが見え始めた時、ラケットの角度を誤ってしまう。ボールが浮いてしまった。少しだけ浮いたそのボールをフィリスは見逃さなかった。
「もらいましたぁっ!」
大振りになったフィリスが渾身の一打を叩きこむ。一番速い球が向かってきて、なんとかラケットを伸ばす。
カッ!
なんとかラケットに届いた。でも、ボールは高く飛び上がり向こうのコートに落ちた。
「もう一回!!」
また、フィリスのスマッシュが来た。私がラケットを伸ばした反対側を狙うように放たれた球。反応できずに、球は台を叩いて飛んでいった。
「やったぁ、一ポイント先取です!」
……やられたか。これは早めに勝負を仕掛けなかった私の負けだ。様子を見ている暇はなかった。
「ふっふっふっ、このまま二ポイントを取ってやりますよ」
「……さぁ、それはどうかな?」
だけど、今のラリーで分かったことがある。というか、前の試合を見ていて気づいていたことだ。それはフィリスの弱点。それが今のラリーで良く分かった。
だから、次は私がポイントを取る。
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