19.あれから修行が続き……
「では、最終試験を始めます。まずは左右に別れてください」
神官見習いたちが並ぶ、その前方に真剣な顔つきをしたシュリムがいった。その言葉に習い、私たちは左右に別れて一列に並んだ。
「まず左側が防御魔法、右側が攻撃魔法です。まず、防御魔法を展開してください」
その言葉に従い、左側の神官見習いたちが祈りを捧げて防御魔法を展開させる。祝詞をいい終えると、光が生まれて球体状に形を整えた。
「はい、上手に展開できてますよ。では、右側の人たちは防御魔法に向かって攻撃魔法を放ってください。あぁ、ユイさんは手加減してくださいね。防御魔法を突破して怪我でもさせたら大変ですから」
「分かった」
「では、攻撃してください」
シュリムの一声に神官見習いたちは弓を構える態勢をとる。だが、私は右腕を真っすぐ伸ばして、親指と人差指を伸ばした銃の形をとった恰好だ。
みんなが祝詞を唱えると、私もそれに続いて祝詞を唱える。
「神よ、聖なる力によって悪しき者を倒す矢を与え給え」
祈りを捧げると、人差し指が光り輝く。沢山の光が集まると、それを目の前の防御魔法に向かって放った。真っすぐ飛んだ光の矢は防御魔法に当たり、防御魔法を砕いて消え去った。
「ユイ! 魔法強すぎ! 攻撃が通りそうで、怖かったぞ!」
「……悪かった」
すると、すぐに対戦していた男の子が声を上げた。まぁ、防御魔法を打ち砕くくらいの魔法が飛んできたのだから、その反応は分かる。
だけど、それくらいの防御魔法を張れないほうが悪いんじゃないか? そう思っても、口には出さなかった。ここでの生活で、少しずつ人との関わり方を見直したおかげだ。
「ユイさんの魔法は強いですから、仕方ありませんね」
「シュリム先生、俺……不合格ですか?」
「防御魔法はしっかりと張れていたので問題ありませんよ。みんな、合格です」
「やったぁ!」
「喜ぶのは後にしてくださいね。では、交代してください」
次は攻守交代だ。心を静めて、祝詞を口にする。
「神よ、非力なる我を守り給え」
すると、私の周りに球体状の光の壁が現れた。防御魔法が展開されると、正面にいた男の子が攻撃魔法を放つ。強い光を放ち、光の矢が真っすぐに飛んできた。
その光の矢は防御魔法に触れると、光の粒になって粉々に砕け散った。光の矢は雲散したが、防御魔法には全く変化がない。うん、上手に防御魔法が張れたみたいだ。
「ちぇ! ユイの防御魔法、強すぎ! びくともしないぜ」
「……あんたが弱すぎ」
「くっそー! 俺も聖者になりてー!」
つい、棘のある言葉を吐いてしまったが、男の子はあまり気にしていない。こういうことをいうと、突っかかってくると思ったんだけど……やっぱりこの世界は思う通りにはいかない。
「上手に防御魔法が張れましたね、みなさん合格です。では、次は回復魔法の試験をしましょう。私の前に並んで、一人ずつ回復魔法を見せてください」
すぐに次の試験が始まった。私たちはシュリムの前に並ぶと、一人ずつナイフで自分の手を切って回復魔法を披露した。次々と合格者が出ていく中、私の番になる。
「一応試験なので、回復魔法を見せてもらってもいいですか? ユイさんの実力なら、こんな試験はいらないのかもしれませんね」
まぁ、試験だから仕方がないだろう。ナイフを受け取り、自分の手の甲を切りつけた。切りつけたところから血が滲み出るが、すぐに手をかざして心を静める。
「神よ、我が身の傷を癒し給え」
祝詞を口ずさむと、手から光が溢れだす。強い光が現れて、辺りを明るく照らした。しばらくすると光は収まり、手の甲についた傷も綺麗に消え去っている。
「いいですね、問題ありません。ただ力が強すぎるのは問題ですね。必要以上の魔力を使ってしまいますから無駄になる可能性があります。今度、祝詞を唱えないで魔法を発動してみてください」
確かに、それは言えるかもしれない。必要な時に必要なだけの力を使えることこそ最善だ。魔力が潤沢にあったとしても、いつ不測の事態が起こるか分からない。
だったら、必要に応じて力を抑える必要がある。祝詞なしの聖魔法か……発動が難しそうだ。祈る気持ちだけで発動するか、試してみないといけない。
そうこう考えている内に回復魔法の試験が終わったみたいだ。
「はい、みなさん合格ですね。次は支援魔法の試験をします。試験内容はこの重たい岩を持ち上げられたら合格です。はじめは誰がやりますか?」
「まずはユイからでしょ!」
「そうだな、ユイに手本を見せてもらおうぜ」
「……どうしてそうなる」
「いいですね。それでは、ユイさん支援魔法を自分にかけて、この岩を持ち上げてみてください。身体強化はダメですよ」
「……はぁ」
まぁ、いつやっても変わらないか。岩の前に立つと、手を自分に向ける。そうだ、祝詞なしで聖魔法を発動してみよう。心を静めて、心で祈りを捧げる。
集中すると、手が光って支援魔法が発動した。その瞬間、周りからどよめきが起こった。
「祝詞がなかったのに、聖魔法が発動したわ!」
「そんなことができるのか!?」
「流石、聖女に選ばれるだけはあるね!」
なんだか好き勝手に言われている気がする。でも、これで祝詞がなくても聖魔法が発動できることが分かった。いつもよりは威力は落ちるだろうが、必要以上の力は出さないほうがいいだろう。
支援魔法が発動した身体で岩に手をかけると、それを持ち上げる。大きな岩は簡単に持ち上がり、そして用が終わったので地面に下ろした。うん、これくらいの威力が丁度いい気がする。
「無事に祝詞がなくても発動しましたね。余分な力が入っていないように見えましたので、今後は状況に応じて威力を調整してください。次の人、始めてください」
今はそれくらいの威力が丁度良かった。今後、外に行くことを考えれば、必要以上の力は温存しておいたほうがいい。頼りになるのは自分の力だけだ、慎重にいかないといけない。
攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、支援魔法が使えるようになった今、残ったのは浄化魔法だ。結局、あの騒動の後、浄化魔法を使える機会は訪れなかった。
あの騒動で方針が変わったみたいだ。外に出ていくなら冒険者頼みにせず、まずは自身で戦える術を持った方が良いという話になったみたいだ。だから、浄化魔法が使えるのは他の試験を合格した者のみとなった。
だから、私は最後の試験に進める。今後、この世界で生きていくために、アンデッドを倒して生きていく道を進むために。
◇
そして、いよいよ浄化魔法の試験の日になった。神官見習いたちは全て試験に合格し、全員で外の森に出ることとなる。あの日の騒動を繰り返さないために、慎重に選んだ冒険者と一緒に再びあの森に来た。
森の開けたところに行くと、そこには縄に繋がれたゴブリンたちがいた。漫画やラノベの挿絵でみたまんまの姿をしている。子供のような華奢な緑色の身体、大きな耳と鼻が特徴だ。
そのゴブリンたちはうめき声を上げながら、左右に体を動かしていた。その動きを見て、自分の中での警戒が高まった。この気持ち、忘れていた。前の世界でゾンビと対峙した時の気持ちだ。
「冒険者さんたちがゴブリンをアンデッド化してくれました。これで浄化魔法が発動できたか、効果があるか確かめられます。では、最後の試験を開始します」
あれがアンデッド化したゴブリンか。ゾンビと変わらない様子を前に緊張感が高まった。
「ユイさん。はじめにお願いできますか?」
「また、私?」
「はい。みなさんに手本をみせてください」
「……分かった」
こういう時に真っ先に呼ばれるから面倒くさい。まぁ、でも……すぐに終わると思えばいいのか。
冒険者が一体のゴブリンの縄を引っ張ってきて、私の目の前に移動させた。虚ろな顔をしたゴブリンの顔が良く見える。その顔は前の世界にいたゾンビにそっくりだった。
こいつは倒さないといけない。ゾンビ……アンデッドは私の敵だ。せん滅してしかるべき存在。だから、浄化魔法でアンデッドの命を絶つ!
「神よ、無垢なる魂をお送りします」
祝詞を唱えると、ゴブリンに向けていた手が光る。出てきた光がゴブリンに注がれると、ゴブリンは体を震わせた。
「ギャッ、ギャッ……」
弱弱しい声を吐き出しながら震えると、途端に力が抜けてその場に崩れ落ちた。すると、そのゴブリンはピクリとも動かなくなる。そこにシュリムがやってきて、ゴブリンの状態を確認した。
「……はい、いいですね。しっかりと、魂が送られています。アンデッドの浄化が完了されました」
「そうか……」
「やはり、祝詞があると魔法の威力が強いみたいですね。この程度のアンデッドなら祝詞がない状態での聖魔法が一番効果的でしょう。今後は相手を見て、魔法に強弱をつけるのがいいでしょうね」
シュリムは小言を言わないと気が済まないタイプなのか? でも、その助言は有益だ。ありがたく、聞かせてもらうとしよう。
「じゃあ、テンポよく終わらせましょう。次の人、来てください」
自分の用が終わったので、私は輪から外れた。でも、これで私も浄化魔法がしっかり使えることが分かった。ようやく、独り立ちできる。
神官養成学校を卒業したら、ようやく外の世界にいけるんだ。漫画やラノベのような世界だけど、どんな事が待ち受けているのだろうか? そのことを考えると、私の胸は少しだけ高まった。
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