12.聖魔法授与の現実

 身体強化の修練を積んでひと月が経った。漫画やラノベみたいに簡単に習得できない難しい魔法とあって、習得は難航を極めた。魔力を知らなかったところから始めたので、色々と知る必要があった。


 魔力の知覚から始まり、魔力の操作、魔力の出力などやることは盛りだくさんだ。それでも見つけた本に詳しくやり方が載っていたため、一つずつクリアすることができた。


 そして、最後の関門までくる。体中に魔力を宿らせて、それを力にすること。魔力を注げば注ぐほど強くなるらしいが、まずは魔力を体に宿らせることを上手くできるようにならないといけない。


 集中して体中に魔力を宿らせる。しっかりと魔力の操作を練習したこともあって、体中に魔力を宿らせることができた。だけど、難しいのはここからだった。


 魔力を宿らせることはできても、それを維持していくのが難しかった。魔力の維持に努めながら、体を動かさないといけない。二つのことを同時にやるのがとても難しかった。


 こんな時はきっと本にヒントが書かれている。そう思って本を読んでみると、やっぱりヒントが書かれてあった。魔力の維持をしながら体を動かすコツのようなものが書かれていて、それを実践した。


 すると、悩んでいたことが嘘のように魔力の維持と体の動きが苦もなくできるようになった。やっぱり本は凄い……本は娯楽にもなるし知識も得られる。本の存在に感謝をした。


 それからはメキメキと上達していく。身体強化の魔法がしっかりと発動すると、体の感覚が研ぎ澄まされて速度や力が上昇する。漫画やラノベで読んだ効果と同じようなことが得られて、少し感動した。


 そして、私は身体強化の魔法を会得した。コツを掴むまでが大変だったけど、コツを掴んでからは順調に進んだと思う。とうとう私も魔法が使えるようになった、漫画やラノベみたいだと素直に喜んだ。


 その頃、神官見習いのところでも進展があった。私が身体強化の修練を終えて食堂に行った時だ、食堂の入口で神官見習いたちが集まっているところに遭遇する。


 こんなところで邪魔だな……そう思いながら近くに行って聞き耳を立ててみると――。


「おめでとう!」

「やったな!」

「正直、羨ましい!」


 どうやらみんなでお祝いしているみたいだ。一体何をお祝いしているんだろう? そう思って、その場で立っていると、その集団から聞きなれた声がした。


「ユイ!」


 リットの声がした。弾むような明るい声でいつもとは違う。そのリットが人をかき分けてこちらに来たと思うと、いきなり抱き着いてきた。


「私、聖魔法を授かったの!」


 リットが聖魔法を? そうか、とうとう祈りが通じたのか。


「これもそれも全部ユイのお陰よ!」

「……なんでそうなる」

「それはもちろん、ユイにはご利益があるからよ!」


 まだ、そんなことを言っているのか? いい加減、私を縁起物として見ないで欲しい。


 抱き着いてきたリットを無理やり剥がそうとするが、中々離れてくれない。


「聖女に選ばれたユイが近くにいたから、一番早くに聖魔法を授かったと思うわ!」

「そんなの全然関係ないね。いいから、離れて」

「でも、ユイに一番近くにいた私が授かったんだもん。ご利益があるのよ!」


 リットとその言葉に周りが沸き立った。いや、だからなんでその言葉を信じるのか分からない。


「聖魔法を授かるのは祈りが通じるかどうか。今回はたまたまそうなっただけで、私は全く関係ない」

「そんなことないよ! 私、ユイの気持ちになって祈ったら、祈りが通じたの。だから、ユイのお陰だよ!」


 なんで、私の気持ちが分かるんだ。私の気持ちが分かるんだったら、不必要に触らないで欲しいのだけど。


 ようやくリットが離れ、これで落ち着ける……そう思っていた。私の周りに神官見習いたちが集まってくる。


「やっぱり、ユイにはご利益があるんだ!」

「そうよね! ユイの傍にいたリットが一番に聖魔法を授かったんだから、そうに違いないわ!」

「流石聖女に選ばれたことはあるな!」


 ワッとなって囲まれると、体を触られた。


「だから、触るな! 私にご利益はない!」


 だから、どうしてこうなる!? 本当なら中々聖魔法を授からないことに、授かった人を嫉妬したり妬んだりする場面じゃないのか!? それがどうして、ご利益を得ようとすることになるんだ!


 この世界の人たちはその感情が欠落しているのかー!?


 ◇


 リットが一番に聖魔法を授かったことにより、私のご利益が本当だったという噂が流れた。すると、そのご利益にあずかろうと私の周りに人が詰めかけた。


 以前よりも増してご利益を得ようと人が詰めかけて、私にベタベタと触り始める。その度に私は怒るのだが、周りの人には全く通じていない。悪意がない分、強引な手段にも出られなかった。


 過熱するご利益の享受。絶対にご利益なんてない。そう思っていたのに、リットが聖魔法を授かってしばくしたら、また聖魔法を授かった人が出てきた。


 その人を皮切りに、聖魔法を授かる人たちがどんどん増えてきた。その人たちは私に絡んできた人たちで、ユイのご利益は本当だった! という始末だ。そんなことがあったから、また私の周りには人が集まった。


 聖魔法を授かる人がいる一方で授からない人もいる。一か月以上経ったのに、聖魔法を授かることができない人たちが目立ってきた。その人たちの中には諦めて、神官養成学校を去る人も出始める。


 喜ぶ人がいる一方で悔しがる人も確かにいた。そういう人たちに嫉妬や妬みの感情を向けられると思っていたが、別にそんなことはなかった。それどころか、この道がダメだって決まったから違う道を進むことにした、という考え方の方が多かった。


 聖魔法を授からなくて悔しがってはいたが、その人たちには違う道もあったみたい。だから、深刻にならずに素直に違う道を進むことを決められたらしい。


 どうやら、ここには色んな種類の養成学校があるみたい。どれが自分に合う職業か分からないから、とりあえず気になった養成学校に入るみたいだ。


 だから、聖魔法を授からなくて深刻に悩む人はいない。ダメだったから違う道に行こう、と考えを切り替えられた。そういう風に考えられる土壌がここにはあるようだ。


 聖魔法を授かった人は残り、授からなかった人はここを去った。

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