10.魔法の練習
シュリムに連れられて移動すると、とある一室に入った。その中に入ると、沢山の机やイスが並べられていて壁際には沢山の本棚がある。
「ここはこれから授業に使う教室になります。先に聖魔法を取得したユイさんには、ここで本を読んで魔法の勉強を始めましょう」
本を読むのは好きだ。前の世界での拠点は本屋や図書館がほとんどだったため、暇さえあれば本を読んでいたから。終末世界で生き残った私に残された唯一の娯楽だったと言ってもいい。
シュリムは本棚に近づくと、二冊の本を取り出して私に見せる。
「この本の表紙は読めますか?」
「……魔力総論と正しい杖の使い方」
「なるほど、神の力を得た地球人はこの世界のあらゆる言語を理解できるみたいですね。ならば、この本棚にある本は問題なく読めることでしょう」
二つの本の文字は違った形をしていたが、難なく読むことができた。シュリムが言った通りに私にはこの世界の言語を理解する力が備わったことになる。神様も便利な力をくれたみたいだ。
「ここにある本は授業に使うものもあれば、使わないものもあります。教会側が神官見習いたちに幅広く勉強をしてもらいたい、という考えのもとで様々な本が置かれてあります」
「全部読んでもいいの?」
「もちろん。ここにいる時は制限なんていうのはありません。なんだったら、部屋に持ち込んで読んでも大丈夫ですよ」
部屋に持ち込んで……それはいいことを聞いた。部屋にいる時はリットがうるさいから、集中できるものが欲しかったところだ。
「では、私は時々ここに様子を見に来ます。それまでは好きに本を読んでいて構いませんし、魔法を実際に使ってみるのもいいです。魔法を使うなら、そこから外に出れますから中庭で魔法を使ってくださいね」
「分かった。好きなだけ本を読む」
「ユイさんが本を好きで良かったです。何か気になることがあれば、遠慮なく私を呼んでくださいね」
そう言ってシュリムは部屋を出ていった。一人で残された私は改めて本棚を見る。壁際にずらっと並んだ本棚には本がぎっしり詰まっていて、見ているだけでもワクワクした。
その本棚に近づいて、本の背表紙を確認する。魔法に関する題名が並び、前の世界ではなかった題名ばかりで心が躍った。まだ懐疑的だった異世界転移だったけれど、異世界のものに触れるとその考えも薄れていく。
一つずつ背表紙の題名を確認していくと、ある題名に引かれた。その本を一つ取ってみて表紙を確認する。
「身体強化の極意」
漫画やラノベで度々登場した魔法の一種だ。この世界にもそれと同じような魔法があることに少し感動した。この本を読んで魔法の使い方を学べば、私も漫画やラノベの登場人物みたいになれるのか?
自分がそれを使う場面を想像して楽しい気持ちになった。前の世界でも、漫画やラノベの世界に自分が登場する場面を想像して楽しんでいたところはあった。今それが現実になっている。
その本を持って適当な席に着く。表紙を軽く撫でると、ワクワクとした気持ちで表紙を捲った。ずらりと並ぶ章の題名を見ると、どんな話が書いてあるのか早く中身を読みたい気にさせてくれる。
前の世界で本を読む時のことを思い出す。拠点にした本屋や図書館にこもるために、ゾンビが蔓延っている町を歩き、必死に食糧を集める。ある程度、集まったらしばらく拠点の中で本を読む生活をしていた。
本を読むのはいい。現実を忘れさせてくれるし、暇を潰せるから。体力を使わないから必要になる食糧は少なくて済むから、節約にもなる。本は前の世界では私にとって救世主だった。
その本を異世界でも読める、しかも読んだことのない本ばかり。どっぷりと浸かった漫画やラノベの世界にあった魔法のことが書かれた本ばかり。それが読めるだけでも、この世界に来て良かったと思った。
ゾンビの心配もない、食糧の心配もない、ただ読書に耽れる時間は初めて体験することだ。つかの間の平穏に私は本のページを捲り、文字を追っていった。すると、すぐに本の世界に入ってしまう。
◇
一日かけてじっくりと身体強化の極意を読み込んだ。とても楽しい時間だったし、魔法の使い方を知れて有意義だった。
その翌日、神官見習いたちが白い像に祈りを捧げている間に私は中庭にやってくる。身体強化の魔法を使ってみたいとシュリムに相談すると、シュリムも付き添ってくれることになった。
「身体強化とは……もっと簡単な魔法からでも良かったんですよ」
「これがいい。自分の身を助けるものになりそうだから」
「そうですか。習得には時間がかかると思いますが、じっくりと修行をすれば使えるようになるでしょう」
どうやら、この世界では身体強化の魔法は難しい魔法の部類に入るみたいだ。漫画やラノベで書いてあったように、簡単には習得できないみたい。
「まずは魔力を知覚する必要があるみたい。でも、そのやり方が分からない」
「魔法の初歩ですね。確か、地球には魔法がないんでしたっけ。ならば、魔力の知覚から始めるのがいいでしょう。そこに座ってください」
身体強化は魔力を体の内部に留まらせて、魔力の力で身体能力を上げる魔法だ。まずは魔力を感じて、それから操作することを覚えないといけないみたい。
だけど、魔法とは縁がなかった世界にいたため、魔力を身近に感じていない。そのため、シュリムに魔力を知覚することを教えてもらうことになった。
私は地面に座る、するとシュリムは私の正面に座った。
「両手を繋ぎましょう」
そう言って、私たちは両手を繋いだ。
「魔力がどういうものかを教えます。まず、私の魔力を感じ取ってください」
シュリムが目を閉じると、私も目を閉じる。しばらく何も感じられなかったけど、シュリムの手から違和感を覚えた。手で掴めそうで掴めない、不思議な感覚だ。
「今、私の手に魔力を集めました。これと同じものがユイさんの中にもあります。それを探してください」
「これが魔力……」
未知の力だ、本当に私にこんな力があるのだろうか?
「祈りの時と同じように集中力が大事です。素直な気持ちが大事ですよ」
集中力は分かるけど、素直な気持ちってなんだ。良く分からないけれど、集中して自分の体の中にある魔力を探っていく。検査じゃ尋常じゃないほどの魔力があるって言っていたから、分かると思うんだけど。
シュリムの魔力を感じながら、同じものが自分の中に眠っていないか探っていく。初めは全く感じなかったけれど、体の中心に違和感のようなものを覚えた。
これが魔力? その魔力を引き出すイメージで集中力を上げると、その魔力がどんどん膨れ上がってくるのが分かった。
「ユイさんの魔力を感じます。これは……とてつもない量の魔力ですね。流石地球人と言ったところでしょうか? 神の力に触れた影響がこんなところにも出ているのですね」
「……私の魔力って多い?」
「はい、はっきりと分かります。自覚はないみたいですが、どんどん引き出していくとその量の多さが分かってくるでしょう」
じゃあ、この溢れてくる感じは魔力が多いという証拠か。他人との魔力の比較ができないから分からないが、これは多い部類に入るんだな。
「無事に魔力を知覚することができましたね。次はどんなことをするのですか?」
「次は魔力を操作する」
「それも私が教えられそうですね」
シュリムの協力を得ながら、私は身体強化の魔法を修練を続けた。魔法を修練するのは……楽しい。
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