7.聖女
私に突如降り注いだ黄金の光と羽。シュリムはそれを聖女選定に必要な現象だと言っていた。
パルメテス神への祈りは一旦中止になり、私はシュリムに連れられて、とある一室に来た。しばらくその部屋に一人でいると、ようやくシュリムが戻ってくる。
「お待たせしました」
そう言って戻ってきたシュリムは一つの箱を手にしていた。その箱を私の目の前に置くと、箱を開ける。その中には一つの水晶が治められていた。
「これは鑑定の水晶と言って、その人のステータスを見ることができるものになります」
ステータス……漫画やラノベに書いてあったあれか。そんなものを見れるものを持ってきてどうするつもりだ?
「ユイさんに降り注いだ黄金の光は……本来であれば聖女に選ばれた者が浴びるものです。だから、ユイさんが本当に聖女に選定されたかこの水晶を使って見てみようと思います。さぁ、この水晶に手を置いてください」
私が聖女に選ばれた? 漫画やラノベに登場した、あの聖女に? そんなバカな話があるものか。未だに異世界転移も信じられないのに、その上に特別な名前の職業を貰えるなんてありえない。
私は普通の異世界転移者だったはずだ。今更、特別な力が欲しいわけじゃない。そんな力があると、面倒ごとを呼び込むような気がする。だから、聖女なんていらない。
ゆっくりと水晶に手を置く。すると、水晶から淡い光が放たれて、水晶の中で文字が浮かび上がっている。その文字はこの世界の文字なのに、それを知らない私でも読める。
水晶は私のステータスを移していった。色んな項目や数値が浮かんでは消えていく。それを黙って見ていると、職業の項目へとやってきた。そこに写された文字は――
「聖女、ですね」
私の職業は聖女になっていた。願いは届かなかったようだ。リットやシュリムの様子から見ると、聖女はかなり上位職だということが分かる。そんな職にポッと出の異世界転移者がなるなんて……嫉妬や妬みの対象じゃないか。
現にシュリムは難しい顔をして考えている。神官見習いになりたての異世界転移者がそんな上位職についてしまったから、色々と弊害があるのかもしれない。
漫画やラノベであった聖女降臨や誕生では、周りが大げさになるほどに盛り上がっていた。だけど、現実はそうとは違った。
「……異世界転移者には卓越した力が備わるとは聞いておりました。ですが、今回はそれとはまた違うように思います。聖女選定は厳しい修行を積んだ者のみ与えられる職業。ユイさんは何か神に関係することをやっていたのではないですか?」
「元の世界で神様には祈っていた。だけど、元の世界とこの世界では神様は違う」
「なるほど、元の世界でも修行みたいなことはしていらっしゃったのですね。もしかしたら、それが関係しているかもしれません」
元の世界で祈っていた経験がこちらで生かされた? あれは、ただ日々の感謝を言っていただけに過ぎないし、祈りとは違うような気がする。それに神様は違う……どう関係しているのか分からない。神様同士、繋がりがあったというの?
今まで難しい顔をしていたシュリムだが、今は笑顔になっている。……何を考えているのか分からない、不気味だ。
「聖女が誕生したことは喜ばしいことには変わりません。ちなみに、ユイさんは見習いの修行が終わった後はどうされるつもりなのですか?」
上位職になったから、それを利用しようと考えているかも。シュリムの笑顔は意図が読み取れないから、本当に不気味だ。私は……誰かの思い通りに動くものか。
「私は外に行く」
「なるほど、魔王討伐の旅に出られるのですね。教会に残って祈りの日々を過ごすのではなく、厳しい戦いに身を投じるつもりなのですね」
どうして、外に行くことが魔王討伐の旅になるんだ。
「違う。私はゾンビを……アンデッドを倒すつもり。神官になれば、アンデッドを倒す力が得られると聞いた」
「ほう……迷える魂を救う旅ですか。聖職者としてアンデッドは見過ごせない存在ですから、その道もあるでしょう。でも、そのアンデッドを追っていくと、きっと不死王と呼ばれる魔王にいきつくでしょう」
だから、どうしてアンデッドを倒すだけなのに魔王にいきつくんだ。
「この世には複数の魔王がいて、その中に不死王と呼ばれるアンデッドの王がいます。アンデッドが生まれるのは不死王が存在しているからと言われており、アンデッドを消滅させるには不死王を倒さなければいけないようです」
だったら、アンデッドを倒すには不死王を倒さないといけないってこと? なんだか、ややこしいことになってきた。
「まさに聖女に相応しい目標でしょう。聖職者だけが持つ、聖魔法そして神聖魔法だけがアンデッドを浄化させる力を持ちます。その力を使い、迷える魂を輪廻の輪へと戻して、正常な生命の循環に戻すのが聖職者の勤めと言えます」
「アンデッドに魂はあるの?」
「あります。死ぬことによって魂が砕かれた状態で体に留まるのです。砕かれた魂が残ったまま放置すると、アンデッドになってさまようことになります。ですから、聖職者が祝福を与えて魂を送らなければいけないのです」
なるほど、その力があるからアンデッドを倒せるということになるのか。今まで戦ってきたゾンビとの概念は違う。概念違いの敵をこれから倒していけるのか? でも、今までゾンビを倒して生きてきた私には他にできることがない。
「これから、聖魔法を使う修行を行います。この修行でしっかりと力をつけて、旅に備えてください。聖女に選ばれたあなたなら、不死王に辿り着けるかもしれません」
「私は不死王なんかとは戦わない」
「神の導きがあったあなたにはきっと使命があると思います。そう思っていても、自然と神の導きに引かれるはずです。神の意志を素直に受け入れ、その道を進むのがいいでしょう」
私に使命がある? 私はそんな大層な人になりたくてここに来た訳じゃない。日々を生きるための手段が欲しかっただけだ。神様には悪いが、私は私の道を行く。
◇
話が終わる頃には夜になっていた。食堂で一人で食事を食べ、身を洗った私は自室へと戻ってきた。
「あっ……」
戻るとリットがベッドに寝転がっていた。それから起き上がってきたが少しよそよそしい雰囲気で、初めて会った時とは態度が違っていた。それもそうだ、あんな騒動があった後だ……どんな風に接していいか分からないのだろう。
リットは聖女に憧れを抱いていた。その憧れの聖女に私がなったことに、複雑な思いを抱いているのかもしれない。そこに嫉妬や妬みの感情が渦巻いているかもしれない。
自分より抜きんでた人をそう思うのは自然だ。最初の思いなんてなかったかのように、簡単に感情を変える。そこに他人を思いやる気持ちはない、自分のことばかり考えている。
だから、人と一緒にいるのは面倒くさい。ホームでもそうだった、色んな人の感情に振り回される日々は心底疲れた。
「あの、ユイ……」
嫉妬や妬みの感情を向けるつもりか? それともすり寄って、何かを得ようとするのか?
「地球人で聖女って……」
ほら、みろ。異世界転移者が特別な役職がついたことへの嫉妬や妬みを感じているんでしょ? その当てつけをするつもり――
「そんなに凄い人だとは思わなかったわ! ちょっと、触らせて!」
なんか、思ってた反応と違う!
「うわーうわー! 地球人の上に聖女って、凄くない!? ご利益、あなたにはご利益がありそうだわ。沢山触ってご利益を貰わなくっちゃ!」
「ちょっ、触らないでっ……」
「これが選ばれた人間っていうものなのね! 私もユイみたいに選ばれたい! ご利益、ご利益がありますように!」
リットを押しのけようとするが、身長差が邪魔をして思うように押しのけられない。自身の欲望を駄々洩れにして、なぜかご利益を得ようとしている。
こ、こんな展開……漫画やラノベには書いてなかった! どういうこと!? 嫉妬や妬みを向けられる場面じゃないの!? すり寄っては来ているけど、こんなの思ってたのと違う!
「あぁ、その手で黄金の羽を受け止めたのね。その手も触らなくっちゃ! あっ、でも全身に黄金の光を浴びたから、全身にもご利益が!? ご利益が消える前に触らなくっちゃ!」
「さ、触るなー!」
こ、こんな展開……私は知らない! どういうこと、異世界に来たんだからそういうことが起こるんじゃないの!? おかしい、この異世界はおかしい!
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