6.選ばれた者
白色の神官見習い服に着替えると、言われた通りに玄関先のホールにやってきた。しばらくすると、他の人も集まってくる。全員が揃ったところで、責任者のシュリムが話し始めた。
「みなさん、とても似合っていますよ。では、これから聖堂に入ります。神聖な場所ですので、失礼がないようにしてくださいね」
お付きの人がホールの奥にある両開きの扉を開ける。先にシュリムが入ると、私たちはその後を追って中に入っていった。中へ入ると、正面にある大きな白い像が目に入ってきた。
女性の像で手には杖を持っている。きっと、あれがこの世界の神様なんだろう。神様の形はきっと想像上の偶像だとは思うけど、この場所では分かりやすくていいのかもね。
全員で白い像の前に行くと、シュリムが話し始めた。
「我がパルメテス聖教は創造神パルメテス様を信仰しています。少なくとも、今いる大陸の全てはパルメテス聖教を信仰しています」
じゃあ、神官に関係する人はみな、パルメテス聖教に属することになるってこと? とても大きな聖教ということになる。
「今後、あなたたちはパルメテス聖教に入信することになり、その下で日々研鑽を積むことになるでしょう。教会に入る者もいれば、外の世界に出ていく者もいます。己の道を決めている人はいますか?」
神官と言うから、教会に入るものとばかり思っていたが……外の世界に出ることもできるのか。それなら、私は外の世界に行きたい。教会内にいて、人のいざこざに巻き込まれるのはごめんだ。
「もう決めている人がいますね、とてもいいことです。まだ決めていない人は修業期間中に決めてください。困ったことがあったり、悩んでいることがあったりしたら相談に乗りますから、安心してくださいね」
人の良さそうな笑顔を浮かべてシュリムはそう言った。あの笑顔は作りものじゃなかった……珍しい。
「今日はみなさんを知るために自己紹介をしましょう。一緒に修行する同士なのですから、お互いのことを良く知っていた方がいいでしょう」
自己紹介……面倒くさいイベントがきたな。結局は別々の所に行くんだから、仲良くなる必要なんてないのに。
すると、一人ずつ前に出て簡単な自己紹介が始まった。短く終わる人もいれば、抱負を語る熱い人もいる。同室のリットは自分の抱負を語るほうだった。順々に進んでいき、最後に私の出番になる。
前に出ると一言だけ――
「……ユイ」
自分の名前だけを言った。そうして戻ろうとすると、シュリムが話し始める。
「実はユイさんは異世界転移をしてきた地球人なんですよ」
そう話すと、場はワッと沸き立った。
「神の意思に選ばれた導き、そして神官を目指そうとする導き。まさに、神の導きによってこの場に立っています」
また、面倒なことを言い始めた。私の存在や行動のすべてが神様の意思なんていうことがあるわけがない。それに私が地球人だと分かってしまった。周りの沸き立ちようから見ると、面倒な絡まれ方をされそうだ。
漫画やラノベで書いてあったけど、異世界人に対する対応は雑な方が多かった。利用価値があるか値踏み、なければ捨てる。それとも異物が混入してきたと、拒絶をするか? 自分たちとは違う、という理由だけでやっかみの対象になることもあるだろう。
すると、私の周りに人が集まってきた。こんなに大勢を相手にできるか? だが、やらなければ私がやられる。最悪、暴力のことも考えておかないといけないな。さぁ、どこからでも来い……返り討ちにしてやる!
「すげー、地球人! 俺、初めて見た!」
「キャー! 本物? ねぇ、本物なの!?」
「さ、触ってもいいかな? さ、触っちゃうよ」
「地球人っていっても、僕たちと変わらないね! なんか、親近感湧いちゃう!」
「握手、握手して!」
……思っていた反応と違う、だと!? こんな反応、漫画やラノベには書いていなかった! どういうこと? 異世界転移をしてきたと知ると、もっとドロドロした展開が目白押しだったはず。
なぜか、歓迎されているような……やっかみはどこにいった!? ちょっ、どこを触って……やめっ……。
「ち、近づくな!」
人をかき分けて、人がいないところまで逃げ出した。先ほどまで私を囲んでいた人たちはそれ以上追ってくることはなかった。だけど、こちらを向いてさらに沸き立った。
「えへへ、握手しちゃった!」
「本物っているんだなー。感動した!」
「なぁ、言葉が通じるな! 確か、言葉は違ったはずじゃないのか?」
沸き立つ神官見習いの人たち。そこにシュリムが間に入ってきてくれた。この場を諫めてくれるのか?
「良いことを言いましたね。本来、地球とここでは言語が違うみたいですが、神の力に触れた異世界人は言葉も通じれば文字も分かるそうです。これぞ、神のみわざ。さぁ、もっと神の力を触っておきましょう」
この男……何をいう!? 触れって……って、こっちにまた集まってきた!
「キャーッ、抱き着いちゃえ!」
「俺も握手!」
「触ったらご利益ありそう!」
「背、小っちゃいんですね!」
「次、次は私に抱き着かせてっ」
なんだ、こいつら! いきなり、まとわりつくな! さ、触るなー! いい加減に離れろー!
◇
……疲れた。体のあちこちをベタベタ触られて、とても不愉快だった。それにこんなに人に囲まれたことが久しぶりすぎて、どうしたらいいか分からなかった。
おかしい……こんなはずじゃなかったのに。もっと陰険な感じになるはずだったのに、どうしてこんなにも歓迎されているんだ? 分からない……本当に分からない。
「では、今日はパルメテス様に初めての挨拶をしましょう。挨拶の仕方は祈る姿勢を取ってもらいます」
そんな中でも話が進んでいく。どうやら、初めての祈りをみんなでやるみたいだ。
「祈り方は簡単です。両膝をついて、胸で手を組んで、目を閉じます。そして、心の中で祈るのです」
「どんな風に祈ればいいんですか?」
「今日は挨拶なので、それぞれが思った言葉を思い浮かべながら祈ってください。そうすれば、パルメテス様に言葉が届くでしょう」
随分と縛りのない祈りだ。もっとかしこまったものだと思っていたけれど、緩いな。
神官見習いたちが両膝を付き、祈りの態勢を整える。私も両膝をついて、手を胸の前で組んだ。
「では、祈りましょう」
シュリムの声でみんなが目を閉じて祈り始める。私も目を閉じて、祈り始める。やっぱり祈りはいい、心が落ち着く。自分の言葉で挨拶か……。
初めまして、鏑木ユイと言います。異世界に転移をして大変な日常ですが、なんとか生きています。パルメテス様、どうか私が健康に生きていけるように見守っていてください。
心の中で好きなように言葉を紡ぐ。それは転移する前にいつも祈っていた言葉と変わらない。それで、終わるはずだったのに――
「こ、これは!」
いきなりシュリムが声を上げた。すぐに周りの神官見習いたちも騒ぎ立つ。一体なんなんだ……そう思って目を開けてみると、私がいる場所に光が差していた。
なんだろう? と、思って顔を見上げてみると、私に黄金に輝く光が降り注いでいた。その光は像が持つ杖から出ているみたいだ。
その杖の先に一つの光が生まれると、それはゆっくりと私に向かって下りてくる。途中でその光は収まり、光が無くなったあとには黄金に輝く羽がふわふわと落ちてきた。
その黄金に輝く羽は私のところまで来た。その羽を両手で受け取る。温かい……心が安らぐ。しばらく私の手にあった黄金の羽だったけど、それがスゥと消えていった。
一体これはなんだったのだろう? そう思って像を見上げる。その時、シュリムの声がした。
「なんという……これはまさしく聖女選定の黄金の羽」
聖女選定? 意味が分からないし、分かりたくない。神様……私に何をさせようとしているの?
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ゾンビがいる終末世界を生き抜いた最強少女には異世界はぬるすぎる 鳥助 @torisuke0829
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