11月

やまこし

11月

 カレンダーをめくると、11月になった。小さく舌打ちをする。そして、その舌打ちに反応したかのように、ため息が出た。


 11月なんて好きじゃなかったのに、あなたが好きと言ったから、わたしも好きになってしまった。


 冬が苦手だ。心底苦手だ。仕事のために毎朝起きて、会社に向かうのがしんどくなって、あまりにも早く夜が来ることが嫌になって、家に帰ったら電気もつけずに座り込んで泣いちゃったりする。そんな冬の入り口は、私にとって11月で、どうしても好きになれなかった。

 それに、誕生日、夏フェス、海、プール、楽しい行事がたくさんある夏に比べて、楽しみにできることもない。大勢で鍋を囲むのも苦手だし、家でじっとしているのも苦手だ。かといって白い息を吐きながら散歩をするのも嫌だった。狭い家で暗い中、膝を抱えて冬が通り過ぎるのを待つ、そんなことを何度も繰り返した。


 2年前、夏頃にマッチングアプリで恋人ができた。その人はど素人の私でもわかるくらいイエベ秋の肌色とたたずまいをしていて、夏に初めて会った時から「深い赤色のマフラーが似合いそうだ」と思ったくらいだ。とにかく、秋そのものみたいな人だった。初めてあった日にはカフェに入り、お酒を飲まずに解散したが、その後すぐに居酒屋デートが決まった。4回目のデートの時に、相手から告白してきた。その頃には人々はたまに薄い長袖のシャツを着るようになっていた。


 その人と初めてセックスをしたとき、服を一枚一枚脱がすたびに「ああ、イエベ秋だ」と思った。その肌の色と手触りは、秋をはっきりと思い出させる。ベッドの足元にかかっている謎の細い布が、ちょうど深い赤だった。何度かていねいに折りたたんで、パーソナルカラー診断のように首に当てる。あらわになった胸に当てているところがなんだかおかしい。

「なにべだった?」

「あなたはイエベだ秋よ。どこから見ても、イエベ。初めて会った時から思ってた」

「そういうことを気にして生きている?」

「ううん。好きな服を着る。好きなメイクをする。自分が何なのかは知らない。知識として知っているだけなの」

「でも、いつも似合う服とお化粧だよね」

「ありがとう、でもね、あなたは本当に、イエベ秋。というか、秋そのものってかんじ」

その言葉を聞くと、その人は布を持っていた私の右手に頬ずりをした。

「うれしい。秋が好きなんだ。とくに11月が」

「どうして?」

「秋そのもの、という感じだから」


 その人の誕生日は1月だった。生まれ月で言ったら「冬そのもの」なのに、秋になりたかったそうだ。もうすぐ命の続かない季節がやってくると思うと、秋の季節に目に入る全てが愛おしく見えるらしい。こっくりとした色が目には心地よく、ふわふわとした素材のものは触っていると落ち着くそうだ。何から何まで理解ができなかったが、好きな人が見ているものは、できるだけ同じ視点で見たかった。だから、その人が好きだと言えば、なんだって好きに思えてきた。


 私は、秋を好きになった。

 11月を、好きになった。

 あなたが好きだと言ったから。


 相手が仕事の都合で遠くに引っ越すことになったのが、2年の記念日を迎える前のことだった。一瞬、人生を共に過ごす選択肢も脳裏に浮かんだが、それは本当に一瞬のことだった。今別れれば、選択肢は増えるよね、とカフェで泣きながら話した。お互いのアイスコーヒーには、涙が何粒も混ざった。


 本当は一緒に住みたかった。ご飯を食べてすぐに洗い物ができるタイプなのか知りたかった。トイレ掃除をどのくらいの頻度でしたがるのか知りたかった。セックスをするわけではない時にどのくらい時間をかけてお風呂に入るのか知りたかった。どんな食器が好きなのか知りたかった。でも、なにも叶わなかった。


 その人は、別れ際に言った。

 「11月を好きでいてね」


 人は、何かのことを簡単に嫌いになったりできない。ましてや、嫌いになろうとして嫌いになれることは一つもない。あなたが好きだと言った全てを、別れたからと言って嫌いになれたら、この世はもっともっと生きやすいと思う。


 カレンダーをめくったら、あなたのいない11月になった。一度だけ、少しだけ、鼓動が強くなった。ちょっとだけ喜んだ自分に舌打ちが出る。そしてその舌打ちに反応するかのように、ため息が出る。このため息はもう少しで、白くなる。


(了)

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11月 やまこし @yamako_shi

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