第7話(その3)
長崎の資材へ来て、主任から課長へ昇進し、柿岡は仕事に100%以上の力を注いできた。確かに京子と結婚して、二人の子に恵まれたが、柿岡の思いは常に仕事に向いていた。妻が育児ノイローゼ気味で、実家の母の干渉を嫌っても、柿岡はその場凌ぎで済ませてきた。
渡部には恩義がある。
だがなぜ自分が業務改革を担うのか、彼の意図が分からなかった。
「副所長は私に、業務改革に専念しろと仰るのでしょうか?」
と、柿岡は抑え気味に言う。
自分の自負は自負として、組織の方針には従わねばならない。そこまでの鍛錬はある。だがやっと課長になって半年、このまま力を発揮せずに……と思うと、憤懣やる方無い。
「実はなあ、非公式で東京の宮島君に、『明日香』建造の実態を調べさせていたんだ」
それは久しぶりに聞く同期の宮島司。彼は今、東京本社の計画課所属のはずだった。
「購買の基本は、優良な取引先、品質・数量・納期、それに価格だろ」
「はい、資材へ入って最初に取締役から教わった『購買の五原則』ですね」
「そう。それがね、今の内の重工長崎の評価は、5段階の『C』だと言うんだ」
「それが、宮島の評価ですか?」
「いや、アメリカのコンサル会社が下したものだ」
そこまで言われて柿岡は、何かで頭を叩かれたような、強烈な圧迫感を覚えていた。
「うちは、大型客船を造るレベルにはない」
と言う渡部の言葉に、柿岡は自分の抱く自負が打ち壊された。
帳合取引の見直しや、計画予算の達成など、それこそ心血を注いできた。だが重工が客船を建造するレベルにないとすれば、いったい柿岡の業務遂行は何なのか。
柿岡は反論した。
「しかし少なくとも『明日香』は建造しました」
と、食い下がる。
「柿岡君、考えてみたまえ。2万トンと10万トンでは、部品点数だけでも雲泥の差がある。そして『明日香』は系列会社の船、設計から調達まで、その連携があったからこそだ」
言葉を抑えて滔々と話をする渡部に、柿岡は返す言葉がない。
渡部はさらに続けた。
「例えば兵站の問題にしても、飽の浦倉庫は谷合に分散し、深堀は島を均して50万トンドックを造った。そのどこに、10万トン級客船の艤装品を置く余裕があると思う?」
いくら資材課長と言っても、柿岡にそこまでの認識はない。渡部の話を聞きながら、柿岡は自分の立つ足元が揺らぐような感覚を覚えた。
渡部の目に宿る異様な光に、柿岡は自分の肩にかかる重さを感じずにはいられない。だが、反論するだけの言葉も見つからない。
「では私は、何をすれば良いのでしょう」
と、柿岡は静かに問い返した。
それに渡部から宮島の名を聞いた時、かつて高校のラグビー選手権の試合で、自らノッコンをした時のことを思い出していた。
あの時、柿岡は顔から火が出るような思いに耐え、両足を踏ん張って、『負けて堪るか』と叫んだことを、まざまざと思い出したのだった。
(つづく)
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