無能と虐げられた私の結婚
紫野 葉雪
第1話
夜が明ける前の暗い暗い朝、
「凉籃
「お母様が……は、はい。あ、分かったわ。ありがとう」
伝言を終えた使用人は、凉藍と使用人長に一礼し、自分の持ち場に戻って行った。凉藍は使用人長の方を向き許可を求める。すると、予想通り「いってらっしゃいませ、凉藍
(……お母様の部屋にってことは、お父様にも
凉藍は内心で実妹の冷河や実父である
「わ、私です!凉籃です」
「そう、よく来たわね。入りなさい」
「はい、お母様」
凉藍は、由里の部屋のドアを恐る恐る開ける。すると由里は凉藍を見て優しく微笑む。……その笑みが凉藍には恐ろしくてたまらない。なぜなら、由里も凉藍に酷い扱いをしていた時があったから。12の時に、凉藍を無理矢理使用人と同じことをさせ使用人達に折檻命令したのも由里だ。凉藍が幼い時は由里は優しい母親だった。そんな母の性格の変わり具合にその時の凉藍が酷く困惑し、裏切られたと思い泣いたのは言うまでもない。だが、それにある転機が起きた。15になった凉藍の誕生日の夜、急に由里が凉藍の部屋を訪れて「今まで酷い扱いをしたこと申し訳なかったわ。貴女なら許してくれるわよね?」と謝ってきた。その謝罪を受け入れなくてはもっと怖いことをされると思った凉藍は受け入れた。すると、その後からは何事も無かったかのような生活になった。だが、凉藍は気づいていた。実母の謝罪は口だけだということに。その証拠に今も使用人による凉藍への折檻は続いているのだ。
そのせいで凉藍は人間が怖くなっていた。ある意味、どんな獰猛な獣よりも人の方が残酷で強欲で恐ろしいと言うことを凉藍は知った。人は信用してはならなく信用した瞬間、足元を救われてしまう…と。そんな凉藍は、部屋に入ってすぐにドアを閉めて由里に頭を下げて挨拶をする。
「あなたを呼んだのは他でもない…あなたの婚約者についてよ」
「……こんな私に、ですか?」
「ちょっと、自分を卑下しないようにと言ったじゃない!」
「……申し訳ございません、言葉がすぎました」
凉藍は使用人のように謝罪した。凉藍は殴られるかもしれないと身構えたが、それは来なかった。
(別に、自分のことなんだから怒らないで欲しいのだけど)
それに元はと言えば、由里が言ってきたことだったのだ。「お前みたいな無能で何も出来ない奴が婚約者なんて出来るはずがないわ」と。凉藍がそう言うようになったのも無理はない。だが、凉藍はそれを口に出すつもりは無い。それはもう過去のことであり、それを言ってしまうと自分が悪くなってしまうと凉藍は考え割り切っているから。由里はあたかも、凉藍の恋が実ったかのように言っているが凉藍には拒否権という物はない政略結婚である。
「……はぁ、じゃあ…あなたの婚約者について説明するわね」
「はい」
(どうせ、政略結婚で愛もないのでしょうし。もう人に頼ったり期待するつもりなんてないわ)
と自分ながらひねくれた性格だと考えながら、凉藍は何も言わずに由里の言葉を待つ。全くもって反応を示さない凉藍に痺れを切らしたのか由里が呆れたような様子で私に話しかける。
「…貴女、婚約者はどんな人か気にならないの?」
「いえ、そういったわけではございません」
「そう?じゃあ、言うわねー!貴女の婚約者はあの|雫(しずく)家の当主よ!」
「え、私が…あの?なぜなんでしょうか?」
凉藍が初めて困惑した様子を見せていると、由里が言いずらそうな表情をしながら説明をする。
「それはね?あの人が雫家の当主に賭けを仕掛けて負けてあの人が負けた時に自分で決めた代償がこの家の娘を1人だけを雫家当主の婚約者にすることだったの」
「なるほど、整理しますと…お父様が雫家当主に賭けの代償として私が雫家当主のところに嫁ぐことですね?」
すると由里は無言で頷いた。それを聞いた凉藍は、初めて父の軽率さに腹が立った。もし、自分がいなかったらどうなっていたのか。何故鳳凰家の当主であると言う立場にも関わらずそのような軽率な真似をしたのか。そして凉藍が少し落ち着きを取り戻した時人の心配より、まずは自分の心配をすべきだろうと言うことに気づいた。
(それにしても、厄介なことになったわね。どうしようかしら?)
それもそうだろう。今の雫家の当主、
「……では、私はこれで失礼します」
「…貴女、少しこっちに来てくれる?渡したいものがあるの」
「?分かりました」
凉藍が由里の元に来た時、由里の懐から出したものに酷く驚いた。
「お、お母様…それって!!」
「そうよ。貴女が持ってる鉄扇はボロボロでしょう?だから買ってあげたいなと思って」
由里は微笑みながら由里に鉄扇を差し出す。それは、凉藍が5歳の頃に街へ買い物に行った際に欲しがった物だ。黒を基調とした薄い桃色の桜の絵が美しく書かれており、シンプルかつ可愛らしい物だった。だがその時の凉藍には、鉄扇の扱い方が全く分かっていなかった為安い鉄扇を買って貰っていたのだ。それから凉藍は今の今まで1日も欠かさず練習をしていた。その甲斐あってか、今ではこの家で武術最強と謳われる部隊長にも勝てる程になった。
「お母様、ありがとうございます。大切にしますね」
「えぇ」
凉藍は鉄扇を受け取り、由里の部屋を後にし自室へと向かう。その時に凉藍は見逃さなかった。由里の愉悦に歪む顔を。
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