【重なる試練】

・・・・・ー

静かだ……ピタ……ピた……一定に落ちる水滴の音が耳に響きまた静かな空間へ戻る……。


腕は……?……足は……?

感覚が鈍く、自分の体がどうなっているか分からない。

暗闇に目が慣れてきた頃、見覚えのない場所に理解が追いつかない。


エルト:「ぇ……ぁ……ここ……どこだよ……?少し…寒いな……」


少しづつ戻る意識に自分が今どうなっているかを瞬時に感じ取り、危機感が襲う。


手首に繋がれた手錠、歩くことを許さない程ガッチリと閉められた足枷。


鎧は脱がされ、布着一枚で石壁に繋がれていた。


エルト:「はぁ……はぁ……はぁ……な、なんだよこれ!!おい!!誰かぁぁ!誰かいないのか!?」


大声で叫ぶエルト、声はよく響き、静けさに終わりを与える。

返事はないものの、グチュ……グチュと聞こえる何者かの足音に、エルトは助かるかもしれないと胸を高鳴らせるも……その期待は瞬時に裏切られた。

エルトの視界に映る刃物を持った大男……顔には布を被り、裸体には赤黒い液体が飛び散っていた。

大男が近づくにつれ、嗅覚を刺激する悪臭にエルトは吐き気を催(もよお)す。


エルト:「……」


大男を前に言葉は出ず、その迫力にエルトは死を覚悟する。

どこかも分からない場所で逃げ場はなく、隠れる事も不可能な状況に汗よりも先に涙が零れていた。


エルト:ーいやだ……死にたくない……俺が何したんだよ……死ぬ……殺される……ー


ボーゲルス:「ぅあ゛?……お……ぉ……おどごぉぉ゛゛……うる゛ざい゛……だまぁれ……」


エルトの口元を強く掴み、顔を近づける。

想像を屈する臭いに吐き気を抑える事は出来ず、エルトはそのまま吐いてしまった。


ボーゲルス:「ぅぁ?……くう゛……かぁあ゛?」


ズボンの中から何かしらの肉を取り出しエルトへと差し出すボーゲルス。

しかしエルトは首を横に振り、食べることを拒否した。


ボーゲルス:「いら……ないぃぃ゛……じゃあ……やらない゛……」


そう言うとゆっくりと牢屋から出ていき、またどこかへ行ってしまった。

その後突然聞こえる何者かの叫びに、エルトは涙が止まらなかった。


ーあ゛あ゛あ゛あ゛……いだいい゛ぃぃ゛やめてぇぇぇあ゛あ゛あ゛あ゛!!!ー


地獄……この空間に救いを求めることは不可能……その真実にエルトは絶望し、息する事を諦めたくなる程に

死を意識し始める……。


エルト:「ぐす……ぅぐ……俺が……何したって言うんだよ……助けて……誰か助けてくれよ……」


絶え間なく聞こえる叫びに、抑えたくても抑えられない耳にこの時以上に不快感を感じたことはないであろうエルトは、口を強く噛み締め、ただ過ぎていく時に

生きることを忘却していた……。


━━━━━━━━━━━。


強く聞こえる叫びに目を覚ますノルン。

ぼやける視界に映る暗い部屋に困惑しつつ、腕の痛みを微(かすか)かに感じる。


ノルン:ーここ……どこだろ……あれ、私……確かー

自分の目的を思い出したノルンは瞬時に意識を取り戻す。

武器庫に入った瞬間何者かに襲われ、意識を失った事。

そして現在(いま)自分がおかれている状況に焦りを感じていた。


ノルン:ーシオン……!シオンは……!?、ここは……もしかして……地下牢ー


痛みは感じるものの、首は固定されていないことを確認すると、辺りを見渡してこの場所が探し求めていた部屋だと知るノルン。

横をよく見るとシオンと、驚くことにミリスが意識を失って吊るされていた。


声を出そうとするが場所が場所だけに思うように声が出せないノルン。

近くは無いものの何者かの存在を幾つか感じる。

ー一人……ううん、三人……四人……別々の牢に居るみたい……一つだけ……動いてる大きな気配……ー


なんとか動こうとしたが足枷が固く、身動き一つとることができない。


ノルン:ーどうしよ……早くなんとかしないと……でも、動く度に鎖の音が……何かいる、さっきからするこの嫌な気配はなに?ここには何がいるの……ー


ふと耳を澄ますとミリスの横から小さく息が聞こえた。

その者の足下の床は血で染まり、臓器と思わしき物が散らばっていた。


ノルン:「!?!……ぅぐ……そ、そんな……なんて惨い事を……あんな小さな少女を……ー


今にも嘔吐しかけるノルン。

嗚咽を抑えつつ、少女に息がある事を不思議に思う。


ノルン:ーあれだけ抉られて……まだ息がある?、死なない程度にあんな事出来るものなの……!?、あの大きな気配の正体は何者……ーぅ……!!?ー


気づくといつの間にか間近に迫っていた大きな気配。

ノルンの視界にゆっくりと映る肥満な巨体に、ノルンは言葉を失う……。


ボーゲルス:「フゥ……フゥ……フゥ……」

鼻息を荒くさせ、ゆっくりとノルン達が吊るされている部屋へと入ってくる。

ボーゲルスはノルンが目覚めていることに気づくと、

ゆっくりと近ずき、ノルンの顔に自らの顔をこれでもかと近づけた。


ノルン:「ぅ……ぅぅ……嫌……やめて……」


ボーゲルス:「フング……フゴ……ぁああ゛゛!い゛い゛におい゛゛ぃぃ……おんなぁぁ゛……あ゛あ゛ぁ……」


ノルンの顔を舌で顎から舐めたくり、鼻息をかける。

ノルンは涙を流し、抵抗出来ないこの状況に恐怖していた。


ノルン:「ぐすっ……ぅぅ……たすけて……」


満足したのか、突然離れたボーゲルス。

横を向きシオンの元へと移動する。

まだ目覚めていないシオンをじっと見つめ、手を大きく振りかぶりシオンの頬を叩く。


シオン:「うぁ゛っっ……ぇ……?!ぁ、ぃ……嫌……誰!?……え……なにこれ、そんな……」


ノルン:「シオン……!」


シオン:「ノルン……!!……そ、それにミリスまで……」


ボーゲルス:「んがっ!フガッ!!あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"おぎだ!!おぎだぁぁ゛!!」


突然の出来事に理解が追いつかないシオン、ボーゲルスの大声にミリスも目を覚ます。


ミリス:「ど……どうなってるの……これ……なによこれ!!……なんの真似なの!!?……ヒッ……」


叫ぶミリスに血だらけの鉄鋸(てつのこ)を向け黙らせる。


ボーゲルス:「おまえら゛……ごう……ごうなりだいがぁ゛?ぁあ゛??」


そう言うと横に吊るされた少女の腹部を片手に持っていた刃物でぶっ刺した。


少女 :「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!いだい゛っ……いやぁぁぁ゛!!!!」


血が大量に吹き出しボーゲルスの顔や体に飛び散る。

興奮しているボーゲルスは声を荒らげて腹部に手を突っ込み、その手を抜いた後そのままその手で陰部(いんぶ)を触った。


ボーゲルス:「んあ゛……んあああ゛……!!んぎもぢぃぃぃなぁああ゛゛!!!」


目の前の出来事に嘔吐し、涙を流し、漏らしてしまうノルン達……。


この場所に救いが無いことを叫喚(きょうかん)する。


少女:「ぁ……ぁ゛……ゴロス……ころ……してやる……!?……あ゛あ゛あ゛あ゛!!!ああ゛っっ……いだぃ……い゛だいぃぃ゛……」


ノルン:「……ぃ……いや……死にたくない……こんな……こんな所で……嫌……」


ボーゲルス:「んあああ゛゛!!!んひひひひひひひ!!!」


━━━━━━━・・ー大臣室


一方ノルン達の窮地を知らず、大臣室を調べていたアルフォス。


どれだけ探そうとも大臣の痕跡は無く。

苛立ちを感じていた。


アルフォス:「説明つかねぇだろ……俺とシエルは絶対に大臣を見ていた……。それにだ、この部屋から感じる気配はなんだ……!?幻影……?いや、違う。クソっ!わかんねぇ……どこに消えたんだ、シエルは大丈夫なのか?……勝手にここから動く訳にも……ん?」


突然足元から微(かす)かに風を感じ、足元に視野を向ける。

大臣が使っているであろう机の下から物音がし、

その机をゆっくりと退かすアルフォス。

床が不自然に窪(くぼ)んでおり、恐る恐るその窪みに触れると。

床に空けられた大きな穴が現れ……そこには……


アルフォス:「おいおい……まじかよ……驚いたぜ、

よぉ〜大臣、ここでなーにしてんだ……?」


大臣:「んぐっ……んぐっっ!!」


手足を縛られ、口を塞がれていた大臣がそこにいた。

ナイフで縄を解き、大臣を解放する。


大臣:「き……貴様何者だ!!?そ、それに勝手に私の部屋に……!!ま、まぁよい……お陰で助かったからな。こ、今回だけは見逃してやろう!」


声を荒らげる大臣にダガーを向け、事情を話すよう脅すアルフォス。


アルフォス:「あ?お前助けて貰ってその言い方はなんだ?……ちっ、どういう事だ?事の説明をしてもらおうか?え?」


大臣:「ひっ……ひぃぃ……ま、まて!!私は奴に嵌(は)められたんだ!!ラ……"ラボラス"だよ!あいつだ!!」


アルフォス:「何?……あの錬金術師か」


大臣:「そ、そそそそうだ!あいつはこの私も、王の命までも狙っておったのだ!!は、早く奴を殺せ!!」


アルフォス:「ったく……改心したんじゃなかったのかよ!?……で?あいつはどこに?」


━━━━━━━━・・ー監視塔


街には特に異変は無く、住人達が静かに眠りについていた。


マキシス:「ったく……静かだな、まぁ何事もねぇのが一番だが……これじゃ体が訛(なま)っちまう。」


デイン:「はぁ……兄様、少し不吉な発言は辞めてくれないか?仲間を一人失っているんだ」


マキシス:「すまない、下劣だったな……今の発言は。

気をつけよう」


デイン:「はぁ……他の仲間が聞いていなくて良かった……ん?兄様、あれが見えるか?」


マキシス:「ん?……お、おいあそこ……燃えてないか!?」


デインの指さす方を見ると森の奥から火が上がり、

煙が大きく立っていた。


デイン:「シエル達に知らせなくては!!何か嫌な予感がする……!!」


シエルに伝えようとした瞬間、都合よく通信石が鳴る。


レイン:「(デイン!マキシス!緊急だ、武器庫の場所は分かるか?そこに来てくれ!シエルが待ってる!)」


デイン:「武器庫?森が燃えているのと関係あるか?」


レイン:「(森?……いや、ちょっと待ってくれ、……関係無いかもしれねぇけど……嫌な予感がする)」


シエル:「(デイン!森が燃えてるって!?……その方角はアイル達の村がある方かい……!?)」


シエルの声はどこか震えているようで、シエル自身も嫌な予感がしていた。


デイン:「……!?……そんな、あぁ、あの方角は村の辺りで間違いない。亜人(ペティーシャ)達が……」


シエル:「デイン……俺たちは踊らされているみたいだ、俺達が動き出すのを待っていたかのように事が起こりすぎてる。今、武器庫に来たけどノルンとシオンも姿がない……通信石も全く反応無しだ。……どうしたら」


汗が次々に零れ落ち、手が震えている。

敵が大臣かラボラスか……またはその双方が手を組んでいるのか……確証が掴めていない以上、この城から離れるのはロンディネルの危険がある。

そして行方の分からない仲間たちが今どうなっているのか……その不安がシエルの思考を邪魔する。


アルフォス:「(シエル!聞こえるか?!)」


アルフォスの声にハッと我に返る。


シエル:「どうした!アルフォス、なにか分かったかい!?」


アルフォス:「大臣は白だ!部屋の隠し穴の中に縛られてたのを見つけた。

今起きてる事全部ラボラスとかいう錬金術師の仕業だ!!あいつは亜人達の村を襲いロンディネル王に汚名を着せるつもりらしい!!」


シエル:「!?……そんな事してなんの意味が」


アルフォス:「よくわかんねぇが、横にいる大臣が言うにはこの国から王を追放してなにか起こすのが目的地らしい、まぁ……いい事じゃないのは確かだ」


デイン:「王が居なくなった国は大抵どこかの国に吸収される……恐らくそんな事をするのはデイモア皇帝くらいだ……。

ただでさえロンディネル王は他所の国から敵視されることの多い人だ、この国の魔法技術を利用したい国はごまんといるだろう。デイモア皇帝はそんな国を易々と他の国に渡すような奴じゃない……」


レイン:「でもあいつ、皇帝を恨んでるって……嘘には聞こえなかったぞ?」


シエル:「恨んでるのは本当だと思う……でも、"裏切った"とは限らない。奴の口から裏切ったとは一言も聞いてないからね……ただでさえ、皇帝を裏切る事なんて死を意味するんだ。奴にそこまでの覚悟はなかったとしたら、奴の目的にも合点(がてん)がいく」


デイン:「どうする……シエル」


深く考える。

自分達の任務は王を守り抜くこと。

大臣が白だとしても、あの少女がいる。

二人が村に強襲しているとしても確証がない……。

しかし、だからといって仲間を失うのは以ての外、、、

どちらを優先し、どちらを救うか……。


歯を食いしばり、頭を悩ませていると……。

マキシスが怒鳴りだす。


マキシス:「おい!!馬鹿野郎!!」


シエル:「!?」


レイン:「な、なんだ!?」


マキシス:「シエルお前に言ってる!、どうしたってんだ!仲間の命が危ねぇってか?、でも王は最優先ってのもわかる。

んで?知り合ったばっかの亜人(ペティーシャ)達も守りてぇって?んじゃ守りゃいいじゃねぇか!!今ここにいるのは何人だ?!ギルドの名だたるアサシンが五人もいる!五人だ!お前と共に戦ってる仲間は何のためにいるんだ?!応えろ!シエル!!」


シエル:「共に困難を乗り越える為……だよ」


マキシス:「あぁ、その通りだ。マスターに何度も言われたはずだ、仲間という存在は可能性を大きくするってな、じゃあ俺たちを信じろシエル!もう誰も死なねぇ!死なせねぇ!!何一人でビビってやがる!全部守ってやろうじゃねぇか!!そうだろ!俺達はお前の仲間だ!アサシンだ!!一人で背負ってんじゃねぇ!!」


マキシスの言葉に背中を押されたシエルは、先程までの考えを全て忘れ、ただ自分の思うがままに指示を出す。


シエル:「マキシス!アルフォス!……二人はなんとしてでもミリス達三人を見つけ出して救い出してほしい!それとロンロンの事も頼む!!デイン、レイン……!……」


二人に指示を出そうとすると、言葉を言う前に二人が返事をする。


レイン・デイン:「任せろ!シエル!!」


シエル:「うん……!」



シエルの脳裏にシスナの言葉が思い返される。


ー自分が正しいと思う道にすすめばいいー


シエル:ーその通りだったよ……シスナー


シエル:「マキシス……ありがとう。俺らしくなかったね……アハハ」


マキシス:「いいってことよ、お前を信じてるから言えたんだ」


シエル:「皆……俺達で遊んだこと…後悔させてやろう」


シエルは走り出し森へと向かった。


マキシス:「アルフォス、一度合流するぞ!」


アルフォス:「この城にある地下牢……そこを探さねぇと、怪しいのは武器庫だな……すぐに向かう!一人で動くのは危ない、俺が着くまで待っててくれ!」


マキシス:「わかったぜ!腕慣らしてまってらぁ!」


━━━━━━━━・・・・ロンブルク城門前……


エレボロ:「いや〜、やっぱでけぇなここよ〜……なぁ?そう思わねぇ〜か?、"ハディス"」


ハディス:「どうでもいい……ヨルム見つけるぞ……」


エレボロ:「へいへい〜、ったく……どこいっちまったんだよ〜捕まってるとかじゃねぇだろうな〜?」


ハディス:「視界に入る奴は全員殺す……!」


エレボロ:「おっほ〜こわいねぇ〜、まぁ、あの紅髪もいるだろうしよ?殺り合えたらいいな〜!エハハ!!」


シエル達に更なる試練が迫っていた……。


【地下牢からの脱出】へ続く……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る