第9話 手を尽くし

厨房の横にある広間では、製菓担当料理人のハイスとマルタンが難しい顔で向かい合って座っていた。

テーブルの上には、更紙が数枚広げられ、黒鉛の細い塊にきつく更紙を巻いた、簡易鉛筆を持ったマルタンが、何やら絵を描いている。


「栗をメインに、タルトでいくのか?」

「ああ、季節柄、栗は外せないだろ。今回の料理には、栗はポタージュでしか使わないらしいし、デザートのメインにするにはちょうどいい」


ハイスは、手元にある料理名の書かれた紙を指で突付いた。

料理長が書いた、二週間後の晩餐会の全メニューだ。

順番に出される料理名と、ざっとした味付け、主な材料が書き出されてある。



領主館では季節ごとに、隣接する領や、自領内の貴族を招いての晩餐会が行われる。

それとは別に、他領や王都からの来客があったり、領主が知人を招いたりすれば、その都度、昼餐会や晩餐会が行われることもあった。

その際には、その会の為の特別な料理を用意する。


まず決まるのは、料理長が中心となって考えるコース料理の内容だ。

それが、この紙に書かれているもの。

ハイスとマルタンを中心とした製菓担当料理人達は、その料理を見て、それに合わせたデザートを考えることになっている。

もちろん、領主や奥方からの要望があれば、それに応えなければならない。


今回はタルトにするようにと、今朝、奥方付きの侍女から伝えられた。

今回招く主賓は、去年の同時期に晩餐会に招いた貴族だ。

その時のメニュー記録には、イチジクのタルトが載っていることから、おそらく主賓の好きなデザートがタルトなのだろう。



「他に指定はないから、内容はお任せってことだな。う〜…震えるぜ」


マルタンが太い両腕で自分の身体を抱いて、わざとらしく震えてみせる。


領主奥方は、パンや焼き菓子がとても好きな女性だ。

晩餐会に限らず、普段の食事であっても、料理よりパンやデザートについての感想を溢すことが多い。

だからこそ、今回のように奥方からの要望が入れば、製菓担当料理人達の気合いと緊張感は増すというものだろう。


「チョコレートと合わせても良いけど、今年の秋はちょっと温かいし、ビターキャラメルと合わせてみようかと考えてるんだ。どう思う?」


ハイスが提案すれば、マルタンは更紙の上に覆いかぶさるようにして、絵を描き始める。

デザートの図案だ。

小柄でぽっちゃりした体型ながら、鉛筆の先から描かれる絵は、意外に可愛らしい。


「ビターキャラメルか、いいな。タルト台にビターキャラメルのムースを流し込むか?」

「いや、アーモンドクリームを薄く焼き込んでから、二層でいこう。栗はグラッセにして、クリームはあっさりさせたいな……」

「それだとアクセントは?」

「キャラメリゼしたナッツ……」


言って、二人は目を閉じた。

どうも脳内でイメージを膨らませているらしい。

同時に目を開けて、更紙を覗き込む。


「う〜ん……ちょっと重いんじゃないか? どこかに軽やかさが欲しいところだけど……」

「いっそクリームに酸味を効かせるとか?」

「いや、それだと……」


二人はガシガシと頭を掻いたり、唇を尖らせたりしながら、あーでもない、こーでもないとブツブツ言い合っている。




厨房の横の広間は、使用人達が休憩をしたり賄いを食べたりする場所だ。

当然、どの時間にも誰かがいるものだ。


厨房に続く扉近くの席で、遅い昼食を摂っていた、領主付き従僕の一人であるカイは、スプーンでスープをすすりながら苦笑する。


「晩餐会のきらめくデザートを、男二人でウンウン唸って考えてるとは、きっと客の誰も思わないよなぁ」

「まあ、そうだろうなぁ」


カイの二つ隣の席では、ひょろりと長い身体を小さく椅子の上に収めた、副料理長がいる。

同じように遅い昼食中だ。

こんがりと焼き直した古いパンを、そっとスープに浸し、スプーンの先で突付いてから、よく染みたところを掬って口に運ぶ。


美味い、と分かる顔でニンマリ笑い、具沢山のスープに再びスプーンを差し入れた。


「だけど、どんなむさ苦しい男が作ったって、美味いもんは美味い」

「そういうもん?」

「そういうもんさ。このスープだって、むさ苦しい男達が作ってるぜ? 美味いだろ?」


領主館の厨房には女料理人もいるが、その数は圧倒的に男より少ない。

歳より童顔のカイは、少年がいたずらを思いついたような表情で笑う。


「でも、かわいい女の子が作ってると思った方が、より美味く思えるけどな」

「はい、没収〜!」


途端に長い腕を伸ばして、副料理長がカイのスープ皿を取り上げた。


「ああ! 冗談だって! 美味い、美味いです、副料理長さま!」


使用人が普段食べる食事は、大体が具沢山のスープとパンである。

スープを取り上げられては、たまったものではない。




「よし! じゃあ取りあえずこの三パターンで試作してみるか」

「そうだな」


案がある程度固まったのか、ガタガタと椅子を鳴らして、ハイスとマルタンが共に立ち上がった。

更紙をまとめようとしたところで、爽やかな香りが鼻先に届いて、二人は厨房に続く扉の方を向いた。

近くに座っていた副料理長が、二人の視線に気付き、軽く親指で厨房を指す。


「オルガが柑橘ピール皮のシロップ煮作るって言ってたけど?」


ハイスとマルタンが顔を見合わせた。


「柑橘か!」

「あ〜、それ入れたいかも」

「タルト台か?」

「いや、いっそ刻んでムースの方に……」


案がまとまっていたはずの二人は、再び同時に椅子に腰を下ろし、更紙を広げ直した。



「……なあ、また始まったけど?」


呆れたように言ったカイの横で、副料理長は楽しそうに笑ってスープを飲み干す。


「贅を尽くすより、手を尽くす。……今回の晩餐会も、最高に美味いデザートが出来そうだなぁ」


空になった皿を持って立ち上がった副料理長は、満足気に息を吐くと、バシリとカイの肩を叩いた。

「いてぇ」というカイの声を置いて、颯爽と厨房へ戻って行く。


「負けてられねぇよな」


言った副料理長の顔は、職人の顔になっている。




《 手を尽くし/終 》

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