第五話 衝撃映像?

※排便・うんこビジュアル表現注意!


―――――――――――――――――――――――――――――


「じゃ、早速採用テストを始めようか。服を着替えて一階に来てくれたまえ」

 え? 採用試験あるんだ、と首をかしげる。お給料まで提示されたんだから、てっきり採用決定かと思ったのに。


 はいと返事をして、白雲さんが出て行ったあとで服を手早く着替えて、最低限のブラッシングだけを済ませて一階へと向かった。

 身だしなみをもっと整えるべきかと思ったけれど、なにしろ服が昨日のボロのままだし、待たせる方が失礼かなと思って足早にエレベーターに乗り込む。


 一階に到着。ドアの前には白雲さんが立っていて、案内されるままに診察室の反対側にある部屋へと入って行く。

 部屋の中は上座にデクスが一つ、下座にも四つのデスクが二つずつ向かい合わせに並んだ、いかにも事務所な部屋だった。机の上にはパソコンがひとつずつ置かれている。


「じゃ、ここに座って。早速始めようか」

 そう言って入口の反対側にある席に座らされる。白雲さんはパソコンの起動ボタンを押すと、そのまま上座のデスクに移動して腰掛け、私を見てニヤリと笑う。

「えっと……どうするんですか?」


「そのパソコンにある『east room』というフォルダを開けて、今日の日付になっているファイルを開いてみなさい」

 確かにデスクトップにそういう名のフォルダがぽつんとある。それを開くと中には日付だけが入った動画フォルダがずらり並んでいて、その一番初めに『2024.12/15』という名前のファイルがあった。

「これですね……カチカチっと」


 それをダブルクリックする。当然のように動画が開き、再生を始める。この動画に何か私をテストするようなものが入ってるのかな……って、あ、あれ?


「こ、これって……えーっと?」

 画面はほとんどが白かった。陶器で作られた色合いの白がアリジゴクのようなすり鉢状をしていて、下の方には穴と水が溜まっている……


 こ……これってトイレの便器のどアップじゃん!!


 このアングルの近さからして、便座の下側に付いて居るカメラなのかな……っていうかこんなところにカメラを仕込んでる、ってコトは……


 動画からいきなりドアが開く音がして、どすんという衝撃と共に画面が暗くなった。あええ? これ誰かが便器に座ったって事?


『やばい、やばい、やばい』

 画面から声がする。しかもそれ私の声じゃん! つ、つまりこれって……


 ぼとん


 予想通りの最悪の映像、たぶん私がさっき出したはずの巨大なカタマリが、画面の中央にデカデカと落下して来た。


 どどどどどどどどど……


「……!!!!?」


 BURIBURIBURIBURI……


『ナ~イア~ガァラァ~♪』


 ……



  ◇        ◇        ◇



「 な に 考 え て ん で す か あ ぁ ぁ ぁ ぁ っ ! ! 」


 イスを蹴っ飛ばすようにして立ち上がり、白雲さんを睨みつけてそう叫ぶ。これって私がついさっき出したウンコのどアップ盗撮シーンじゃないのっ! 一体なんてもんを見せてくれるんですかっ!


「ああ大丈夫、安心していいよ。そのカメラからの映像はそのパソコンでしか見られないし、誓って君しか見ていない。ネットにも繋がっていないから流出の心配もないよ」

「いや、そういう事じゃなくてですねぇ……これって盗撮、いやそれよりも、こんなモノを撮影するなんてッ」

 この男、まさかとは思ったけど排泄物性癖スカトロマニアなんじゃないの? このパソコンでしか見られないって言ってたけど、その気になればコイツも見られるわけだし……。


「私がさっき出したやつでしょうコレ! こんな汚いものを録画して、ナニをするつもりなんですかっ!」

 ばん、と机をたたいて抗議する。が、白雲はふふ、と薄い笑みを見差たまま、ゆっくりと立ち上がってこっちに一歩踏み出すと……


「それだ! それが間違ってるんだよ」

 私に指をぴっ! と指して、射貫くような眼光でそう返してきた。


「な、なにが……」

「君は今『汚いもの』と言ったね」

「あ、当り前じゃないですか……」

「それが間違っていると言ってるんだよ」


 ぐ、と息をのんで言葉を詰まらせる。確かにこいつはうんこ研究家。そしてその助手になろうというなら、こんな映像にも慣れなければいけないのかもしれないけど、それでも汚いものは汚いし……


「いいかい、食事というのは、摂取、消化、吸収、そして排泄を経てものだ。それは解かるね」

「え? は、はい、まぁ」


「じゃあ何故、人は食事を食べるとき、あれほどいろいろな事にこだわるのに、排泄の方からは目を背けるのかね?」

「……え!?」


「食べるときは栄養、見た目の美しさ、香り、何よりも味、カロリー、量。様々なこだわりを持って食事をとっている、そうだろう?」

 珍しく強い剣幕で語る白雲さんに「は、はぁ」としか返せなかった。確かに夕べのディナーなんかは、見た目も香りも味も、ものすごく手間のかかったものだった。あのシェフさんの手腕のたまものだろう。


「だが、それを咀嚼、胃で消化、胃液を胆汁で中和、小腸で栄養素を吸収、大腸で水分を吸収した『だけ』の自分の大便には、どうしてみんな目を向けないんだい?」

「そ、そう言われると……確かにそうです、けど」


「考えてもみたまえ。自分の身体に恩恵を与える食事だけ重んじて、排泄されるウンコを軽く見るのは、例えるなら自然の資源を自社の利益のためだけに伐採して、不要となった産業廃棄物を雑に扱う悪徳企業のようなものだ!」


 ずずん! と自分の中に納得の感情が落ち込む。確かに、そう言われれば反論の余地もない。


「大便と言うのは健康の最もわかりやすいパロメーターだ。その中には自分の体内の情報がぎっしりと詰まっている、それから目を背けているようでは、人は健康でいられるはずもないのだよ」


 ああ、ガチだ。この人は本当にウンコを健康の鍵と見ているんだ。私たちのような『汚い』や『臭い』だけの物として遠ざけず、体から出てきたそれに向き合うことで、真摯に人ひとりひとりの健康を考えているんだ。

 

 ――うんこで世界人類を幸せにするのさ――


 彼自身がさっき言ったセリフ。そんなバカげた理想を、自分だけじゃなく、世界の全ての人にまで叶えようとしてるんだ。


 ……この人は、本当にウンコで人々を救うヒーローなんだ――



「あ、あの……もう一度動画を見てもいいですか?」

 私のその言葉に、白雲さんは穏やかに笑って「どうぞ」と呟いて座りなおした。


 さっきは途中で目を切った動画。私の『たっぷりうんこ』の動画に、もう一度チャレンジする――


 すると不思議なことに、嫌悪感や不潔な感じはまったくしなかった。代わりに感じたのはその形や色ツヤ、硬さが出るたびに違ってきている事や、均等に気持ちよく出ていたと思っていた便の量が案外変化していたことが良くわかる。

 最初の大きなカタマリは真っ黒で、それでいて周囲はコーティングをされたかのようにツヤツヤだった。続いての流れる列車のような便は茶色から黄土色へと変化し、最後にいきんだ時に出た絞めの分は、まるで発泡スチロールを千切ったように軽いイメージがあった。


「あ、あの……いいですか?」

 不思議なもんだ。他人どころか私すら見たくないと思っていた私の排便を、専門家とはいえ他人に見て、感想を言ってほしいと思っているんだから。


 彼は笑顔で頷いて、私の机の横に並んで一緒に動画をリピートし、解説していく。


「どうだい、しっかり見ているといろんな事が分かるだろう。黒くて固いのは水分を吸収しすぎて長く体にとどまった、便秘の原因となる『栓』の部分だ。茶色い部分が普通の健康的な便で、最後の黄土色の水に浮くヤツはちょっと水分の吸収が足りてない。今回の様に一気出しするとき以外は、もう少し体に留めて水分を吸収してもいい。そうでないと下痢になるからね」


 その言葉からも態度からも、汚いイメージや異常な性的感情などカケラも感じなかった。まさにその道のエキスパートよろしく私のウンコを分析していく白雲さん。


「最初の栓の部分、表面がつややかだろう。これは夕べのディナーのサラダドレッシング、オリーブオイルが効いている証拠だ。分解されず大腸まで届くから、排便に際してローションの役目を果たしてくれる」


「お腹が空っぽになった感覚があっただろう? 事前のエアロビクスが効いているんだよ。腸内にとどまった宿便を、あの体操で削ぎ落としたんだ」


「朝、水を一気飲みした事で胃が下がり、朝日を浴びて体の機能が目を覚ました。だから体がスムーズにうんこを出したがったんだよ」


 昨日から今朝にかけての行動のひとつひとつ。その魔法のような行動の積み重ねが、今日の私のこの快便を生み出した元になったのだ。

 まさに私の身体は、この人物に自在に操られて、快感と健康へと導かれて行ったのだった。


「本当に……とんでもない人ですね白雲さんは、いろんな意味で」

「ははは、私のことは『うんこたろう』と呼んでくれたまえ」

「人が聞いたら悪口言ってるようにきこえるから嫌です!」

「なーに、私も君のことを『菊門ちゃん』と呼ぶから大丈夫」


 ……本当にとんでもない人だ、いろんな意味で。てかその呼び名は止めて。


「君の下宿先はあの部屋になるからね。毎日何を食べたか、そして何を出したかを細かくチェックして、どんどん健康になりたまえ。それが私の助手をする条件だ」

「は、はい……やってみます!」


 と、そこまで会話が進んだ時、出入り口のドアががちゃ、と開いて、一人の女性が入ってきた。あ、昨日のエアロビクスの先生だ!

「お、おはようございます! 夕べはお世話になりましたぁっ!」

「うふふ、聞いてたわよ。うんこたろうの助手就任おめでと。私も以前やってたけど、いろいろ人生観変わるわよ」


 え、この人もやってたんだ、白雲さんの助手を。


むつみ君は君の四代前のアシスタントだよ。ちなみに昨日私が一緒にいた女性陣も、全員が私の患者か元助手なんだ」

「え……じゃ、じゃあ、このフォルダにある他の動画って……まさか」

「当たり。私たちの排便動画よ」

 いやこの美人さん、笑顔でさらっととんでもない事言うなぁ。


「消したいとか思わないんですか?」

「ぜーんぜん。このおかげで私達、こんな美人になれたんだから♪」


 ふっふーん、と胸を張って自慢する睦さんとやら。いや、この人もとから美人でしょ絶対。


「あ、信じてないなー? えーっと、ちょい待ってね」

 そう言って自分のスマホをぽちぽちする睦さん。

「ハイこれ、二年前の私ね」


 示された画像を見て思わず目を見張った。

「え、ええええええええーっ!?」

 画面に映っていたのは、ふくよかとか、ふとましいとかのレベルを遥かに超越した肥満体の女性の姿だった。確かに目とか鼻とかのパーツはこのヒトだけど……たった二年で一体どうやって?


「うんこをコントロールすれば、ダイエットなんて容易いものさ」

 さらっと言う白雲さんに、睦さんも「イェイ」とVサインを返す。


「あなたも、ここで頑張ればきっと美人になれるわ。最初はいろいろとドン引きするでしょうけど、めげずに頑張ってね」


「え、私が、美人、に?」

 人生で縁の無いと思っていた単語。それが私に訪れる日は、本当に来るのだろうか。


 この『うんこたろう』の手にかかってなら、あるいは――

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