黄昏の語り、第二章、十七話
「17」
トマの胸、魔法で作られし運命囁くペンダントは変異。
黒い靄となり、トマの生き血を見る。
首傷から垂れた床の血溜まりに、黒い靄は寄り付き啜る。
トマの陰に隠れトマの血を啜って行く。
甘露である。美味である。極限霊薬など目ではない。
これほどの極上快楽を知ってしまえばもう止まれない。
が、目的ではない、故に残念ながら味見はここまで、、、さてやるか、、、
黒い靄は傷口からトマに入り込み姿を消した。
ユーリは気付かない。
落涙止まない中、自分の装備を漁り救命処置に入って行くので忙しい。
こうして運命囁く魔法のペンダントはトマに一体化、内部から彼を作り替え始めた。
ゆっくりとゆっくりと十年くらいかける様な遅い動き。
別に、トマがこのまま死んでもペンダントは構わないのだ。その時はアンデットに作り替え墓場を抜け出させ、脳が腐り落ちてユーリなど忘れたトマを、アンデットのデュラハンにでも作り直し戦場の位置を教えてあげればよいだけだ。彼はその時、記憶をなくし無垢な赤子のように私に懐くのだ。私はトマに改めて戦場を教え破壊の味を教え殺しの楽しみを教え虐殺の歓喜を教え略奪と人肉の狂気的美味を教え魔物として彼を完成させる。
――、ユーリなどと言う孤児に此奴はもったいない、此奴は私の物だ、――
魔法のペンダントはずいぶん前からそう決めていた。
その少し前、ユーリの魔族化を代償に開いた遺跡扉をくぐる者が居る。
人の魔族化を促す遺跡内部の制御室へ侵入を果たした盗賊の猫獣人、黒毛皮のエレーヌは首尾よく制御系魔導具の黄金杯を握る。そいつを転移魔法陣で運び都市ムフローネスのとある都市議員に渡し金を握った。
2000万タットの大金である。
議員は制御系の黄金杯を鑑定、急いで部下に預け、封印・梱包。後はムサンナブ国の中枢に飛行機械で届けるだけである。都市としては何としても危険すぎるこの遺跡を稼働停止にしたかった。故に、諸侯を出し抜き、国を巻き込み、盗賊をエレーヌで雇い今、ユーリを犠牲に作戦を成功させている。
ムサンナブ国政府としては、賛同している。
実は数年前、国は王様を中心に諸侯たちから誘われて魔族の戦力化実験に付き合ったのだが結果は大失敗。万全を期したのだが魔族化の際何時もの異常興奮を起こして大暴走。討伐隊と闘うは研究員を皆殺しにするわ高価な設備は破壊するわ軍事設備を飛び出し近くの集落で人の魂を食べまくって魔族に本格覚醒するわ錯乱して両親を殺し正気に戻ってから怯え切って使い物にならなくなるわ、、、碌な結果ではなかった。
実験体は貴族から選出され魔族化のメリット、つまり永遠の若さ、病と無縁な頑健さ、圧倒的な戦闘能力と知性の獲得を享受しようとした。
被験者たちは実験を経て順当に高性能を手にしていくのだが、魔族の運用制御自体に失敗する以上、国としてはいらないのが本音。
しかし、被験者には王族に連なる血統の公爵家嫡男まで居て、被験者貴族の人数は百名近い。
軽々に殺すわけ行かない貴族ばかり。
しかも、暴走は魔族化の際と、或いは戦闘中の異常興奮時のみで残りは理性的に国に従った。が、こんな、戦闘時に暴走する大戦力持っていても使い道がない、諸侯たちは魔物対策切り札が欲しいようだが、他国にバレれば非人道的な魔導兵器作成の人体実験を強行した事を咎められ、どれほど国際的に不利となるか知れたものではない。致し方が無くお人好しで有名な神殿長を抱き込み、王都神殿に魔族化貴族を秘密封印。
ムサンナブ国は魔物素材・魔法鉱石の輸出国。
上得意の各国に嫌われたら商売あがったり、結局その壁にぶち当たる。
たとえどれほど強くなっても強さを維持する国際経済を敵に回していては戦力が痩せてご破算。
故に商売の邪魔となる悪評の立ちやすい人権問題とは距離を取らねばならない。
つまり魔族の戦力化実験は下手すると始めた途端、他国の不信を纏めて買い経済が痩せる。関連して軍隊が痩せると言う失敗が確約されていたかもしれないのだ。
魔族の戦力化実験は苦労多くメリット無しで終わり、魔族暴走で破壊された軍隊と設備の大損害が赤字でそのまま残留。これに懲りたムサンナブ国は、国南東区の獣人自治都市ムフローネスによる遺跡の封印嘆願に同意した。其処から数年を経て作戦は錬られタイミングと生贄が待たれ、今日となり、魔導遺跡の秘密稼働停止作戦が起動していたのだった。その大きな流れの一欠けらに選ばれたトマとユーリは不幸であるが、これは国を維持する必要経費である。国にはトマより有能で貧乏な奴がいて、ユーリより可哀そうで才能がある孤児が沢山いる。それ以上に豊かで平和に暮らす善良な無数の人々がいる。国家はそんな国民を守る義務がある。
故にこの作戦に関わった者は誰も、二人に同情しない。
賞金の生きた元盗賊と差別される孤児が死んだからと言って誰が悲しむ?
誰も悲しまない。
あとは、魔族化ユーリを回収する密命を受けたエレーヌが封印魔道具か洗脳魔法でユーリを回収し、孤児院に叩き込む。孤児院は差別感情からユーリを苛め抜き、魔族の封印処置故に復讐できずユーリは都市に封殺される。トマに出会う前のように痩せこけて死んだユーリを焼いて灰と成し都市を流れる大河バロンモル河に流して荼毘に付す、、、これで、事件は終わり、、、めでたし、めでたしである。
が、計画へ一人納得しない者が出た。
猫獣人のエレーヌである。
現役盗賊の彼女は政府と言う物、国民の偽善と言う物、公共正義と言う物が大嫌いである。
ムサンナブ国も獣人都市のちんけない陰謀も諸侯の強欲も孤児の馬鹿餓鬼ユーリもどうでも良いが、盗賊仲間、トマを見捨てるのが気に喰わない。再会したら思ったより良い男に育ちエレーヌさんも見直した。殺しに躊躇が無い良い魔法剣士だった。が、鑑定魔法では役立たずと分かる。後半年で死ぬなら用が無い、そう切り捨てたはずが、今更、トマが、惜しくなる。
奴の放った催淫魔法、こいつは効いた。どの違法薬物より楽しかった。
あの瞬間初めて股が濡れ濡れだ。
会話も久しぶりに楽しかった。まるで餓鬼に戻れた気分。
ガキの頃私は無敵で最強だった。
トマに再会したらその事を思い出せて今でも笑える。
そして、胸が熱くなる。
肉体が反応すればその付属物に過ぎない脳も脳の付属品の心も動く、そして不覚にも愛を覚えた。
全くエレーヌ様も焼きが回ってしまった物である。
金は握れたのだから、仕事は途中で追加料金を提示されているのだからユーリ捕獲に転移魔法陣で飛び簡易拠点に帰還するのはやぶさかではない、岩山から平和な夜の村を暗視装置で確認すれば戦闘痕無し、ユーリは未だ村に潜伏中と分かる。長距離偵察魔道具を複数起動してやれば、案の定、冒険者組合支所の資料室で血だまりが出来ていく。
が、エレーヌ様が全力で駆け抜ければ間に合ってしまう程度の修羅場。
判断の分かれ道。
金か、男か、どっちが良いか?
エレーヌ様は躊躇なく財布を取り出し目をつぶる。
公金貨を素早く宙に投げて左手の甲に着地させ右手で塞ぐ。
目を開けて絵柄を見る為に右手を退けていく。
金貨の裏、額面価値表示。
ムサンナブ数字文字の一千万タット絵柄が出たら男より金をとる。
だが公金貨表。冒険者の国を示すドラゴンと闘う国守剣士の背中が見えるなら、どうするのか?
勿論エレーヌはどっちでも良い。
只ユーリ目指して一直線。其処に変化がない。
が、、、開拓民の為に冒険者を育て飛行戦艦でドラゴンと闘う国に会って、冒険者魔法剣士トマが怪我して生きてるなら、昔のよしみで腰の違法高等回復魔法薬を奢ってやるのもやぶさかではない。
そして見える絵柄は金に輝く聖女様、、、何だこりゃ?
良く見れば公金貨ではなくただのムサンナブ十万タット金貨、冷静なつもりが前のめり。
何をやっているのやら、苦笑を零し彼女は戦闘兵装で走りだす。
自分は盗賊、運も天も善なる神も味方しない。
なのに金貨に運命をゆだね男が惜しくて走りだす。
馬鹿な女になったエレーヌは苦笑する。
馬鹿だが悪い気分ではないので致し方がない。
黒毛皮のエレーヌが鋭く闇を見通し危険な岩山を音も無く高速で走り抜け都市ムフローネスを支える素材供給拠点ゼオラ風車村にたどり着く。何食わぬ顔で歩み、偽の身分証で狩人を偽り冒険者組合支所に侵入。夜とあり、事務員はいないが部外者を追い払う警報装置を躱し、隠密行動開始、資料室の前に短時間でたどり着く。
対魔族戦闘準備開始・五秒の装備確認終了。
2カウントで戦闘開始。
資料室内に睡眠魔法薬の隠密転移成功・隠蔽散布開始。
40秒カウント後突入。床に倒れたユーリの首に封印魔道具設置完了。
戦闘終了である。
エレーヌはマスクを脱いで大気確認、魔法薬の睡眠毒残留量を確認した。
「……大気、問題無し……」
次に人払い結界の構築、魔法効果は何となく資料室の用事を忘れ遠ざかって行くと言う物。
そんな、物忘れ魔法を起動。
「……冒険者組合支所に人払い成功、田舎は楽だな……」
エレーヌは首を鳴らしてから鼻歌歌い、トマの治療を開始。
彼女はトマの魔導砲撃師匠だが、戦闘魔法とはこう言う小技の方が相手の実力を潰し発揮させないのだ。正面戦闘しかできないトマが、如何に魔法使いとして未熟か判る瞬間でもある。ユーリが魔族として、飛行戦艦と闘える速度、命中率、攻撃力、防御力、攻撃連射性、魔法射程を持つとしても所詮戦闘素人。
エレーヌは対魔族戦術教本に従い戦闘力発揮させず戦闘不能にした。
彼女はトマと違い、国が目をつぶり、自治都市が緊急時に雇うほどの一流盗賊である。が、金稼ぎは下手、具体は、装備更新に目がないために金が新しい装備にどんどん抜けるのだ。
魔族に気付かれない隠密魔法、
魔族に効く睡眠魔法薬、、
魔族が気付けない隠密転移魔法、、、
対魔族戦術の詳細が乗る軍事機密書籍、、、、
今使った僅か四つの装備だけで眼が飛び出るほど高額なのは言うまでもない。
其処に瀕死のトマを救うレベルの違法高位回復魔法薬一つが加わる。
赤の六番と言われる危険でお高い魔法薬である。
訓練にも余念がない彼女は装備と合わさりハイ・スペックだが万年金欠である。そして今、トマに執着し始めた。有能だが仕事道具に金を過剰に掛け、男に嵌まる。何だかダメエリート女みたいな状態だが、エレーヌ様はご機嫌でトマの応急処置完了。
首のどでかい傷をぶすぶす縫い上げて血管も神経も早業で繋いだ。
仕上げに赤の六番をじゃぶじゃぶ使う。残りはエレーヌ様が飲み干した。
この魔法薬、違法なだけはあり、強すぎる多幸感と激しい快楽を生む麻薬系魔法薬であったりする。エレーヌ様は気分良くなりハイテンションでガハハハと笑い出した。そして使われたトマも激しい快楽に襲われ気絶中にチンコがデカく成る。
見ていたエレーヌ様が涙を流して爆笑している。
エレーヌ様の作業は続き組合支所の資料室から戦闘痕が消えて行く、証拠隠滅作業である。
死ぬ予定のユーリはただの山羊獣人、魔族ではない。故にここで戦闘は起きなかった事にしなければ矛盾が発生する。矛盾を突かれれば、そこに疑問を持つ者が調査に出かけ、危険な魔導遺跡が停止しただけで、生きてることが明るみに出るやもしれない。そうなれば今度こそ、ムサンナブ一国を越えて国際問題に本当に発展するやも知れない。その懸念払拭の為に、ここが戦闘現場であった証拠は消えてもらう必要がある。
エレーヌ様は短時間で完璧な仕事を熟し満足そうにうなずきユーリを担ぎ上げる。
トマは助けるが、この餓鬼は甘ったれな分だけ気に喰わない、孤児院で虐め殺されるのがお似合いである。故に鼻歌と共にエレーヌ様はユーリを担いで走り出そうとした。しかし、足を掴む馬鹿が邪魔だった。
「……寝てろ馬鹿」
「……その餓鬼置いてけ……」
「手前が庇うほど上等じゃねえ、餓鬼なんざほっとけ」
「……そうだな……」
「だったら足を放せ」
「……お前は仲間を見捨てた。俺は見捨てねえ……どうせユーリを殺すんだろ?」
「魔族だぞ?討伐に空軍が出る」
「……てめえに関係ない置いて行け」
「手前だってこの餓鬼殺そうとしただろうが、部屋見りゃ判んだよ」
「……魔物だと思ったんだ……」
「もっと質悪い、魔族だ馬鹿」
「……でも死んでない、仲間だ……」
エレーヌはトマを蹴り上げる。頑強な装甲ブーツがトマの腹に叩き込まれる。
「フラクス地方九号線の襲撃戦思い出せっ!てめえはあんとき使えない新兵山ほど押し付けられて略奪の上がりは全部大人に取られてッ!手前以外生き残りは出なかったッ!てめえだって大怪我で動けなくて本隊に捨てられたっ!私が来なかったらそのまま足が腐って捥げてただろうがっ!餓鬼庇えるくらい何時から上等になったこの雑魚がっ!」
トマは腹の装甲防具をぶち抜く蹴りで痺れ動けない。
「見ろっ!この餓鬼の装備!貴重な赤色魔法鉱石製防刃インナーを一撃で駄目にしてるっ!トマッ!お前が餓鬼に与えたんだろうが金の無駄だっ!孤児なんぞっ!魔族なんぞ糞だっ!捨てろっ!」
エレーヌは止まらないユーリを床に捨てトマの首を掴み持ち上げる。
「……良いか良く聞け……師匠として警告だ。手前は大剣が無い。主力兵装が無いんだ。その様で、私と言う盗賊にどうやって逆らうつもりだ冒険者?判ったら魔族の餓鬼が死ぬの見てろっ!」
トマの左腕が照準、エレーヌはトマの目を合わせトマの左腕の動きは見えていない、そこにトマは賭ける。エレーヌの腹を貫通型魔法弾が襲った。エレーヌの右手が動く、掌で吸収魔法陣構築を成功。貫通型魔法弾が吸収され倍化衝撃波としてトマに返還され、壁にたたきつけられた。勝利者がつかつかと歩む、声が降る。しかしだんだんと声から勢いが消える。
「……魔導砲撃だけじゃねえ、近接魔法戦のイロハ叩き込んだのも私だボケナス、魔族の餓鬼に大剣を折られて、殺されかけて、その前から投資しても装備駄目にする糞餓鬼なんざっ…………いい……もう……いいや……半年後……魔石異常肥大化か……将来の魔物さん……見逃してやる……」
エレーヌはトマへ近づき頭の髪を引っ掴み痛みに顔を顰めるトマの唇を奪い床に捨てた。
どうせ此奴は、あと、半年で死ぬ役立たず。
なのにキスへ動いた自分が許せなくてエレーヌは床を蹴って苛立ちトマとユーリを見逃してやった。夜に襲撃した凄腕盗賊は何故か報酬を捨て標的を見逃し去った。
残された冒険者トマは生き残り、相棒のユーリも生きて眠っている。
生き残れたが装備を失い、相棒は魔族化。
トマは衝撃波の回った体を起こしユーリを担ぎ、フラフラ歩む。
理不尽は初めてではない。
だから歩めるのだ。
借りた部屋に入り、ベッドにたどり着き、トマは血を吐く、ユーリの寝顔を覗き込みトマも眠りについた。
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第十七話投稿しました。よろしければ読んでくださると嬉しいです。
面白かったら、ホロー、星、ハートも、よろしくお願いします。
では皆様次回でも会いましょう
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