第3章

第1話:新任教師

 都内ではほとんどの学校が休校となっていた。

 俺が家に帰ってから数日が経ち、登校日となった。


 教室に行くといつものように雑談が繰り広げられており、それを耳にしながら俺は席に着いた。


「おはよう、蒼汰」

「よお、蒼汰」


 ケンとタクが挨拶してきた。


「例の災害だけど、大きかった割に死傷者が少なくて良かったな」


 ケンの言葉にタクが頷いていた。

 夜天衆との戦いは、災害として広まってる。被害はそこまで大きくなく、都市の復旧も比較的早く進んでいるという話だった。政府や対策室がうまく情報を操作したおかげで、真相が表に出ることはなかったらしい。


「まあな。俺たちの学校も休校になったけど、今は平常運転だしな」


 俺は軽く返事をしながら、教科書を机に並べるふりをして話を聞いていた。


「それにしてもさ、あの黒い雲みたいなの、何だったんだろうな? 見た瞬間、世界の終わりかと思ったぜ」


 タクが大げさなジェスチャーで話すと、ケンが苦笑いを浮かべた。


「あれ、地震とセットだったんだろ? なんかの気象現象とか噂されてるけど、ほんとのところは分からないよな」


 俺は内心で小さくため息をついた。

 あの「黒い雲」とやらは宗景の異能によるものだった。もちろん、そんな話をこいつらにするつもりはない。


「まあ、謎のままのほうがロマンがあるんじゃないか? UFOとか超常現象みたいな感じでさ」


 適当に話を合わせると、ケンとタクは笑いながら頷いた。


「それもそうだな。変に解明されるより、そのほうが面白いかもしれない」


 そんな会話をしていると、ケンが「そういえば」と思い出したように話し始めた。


「ウチの担任が零の災害で怪我押して入院中らしい」

「マジか。先生大丈夫かな?」

「今日、代わりの担任が来るみたいだよ」


 そんなこともあるか、と思っているとホームルームのチャイムが鳴った。

 クラスのみんなも、新しい担任が誰なのか話している。

 少しして教室の入り口が開かれて入ってきた。俺は、その人物を見て思わず声を上げそうになった。

 どうしてお前がここにいるんだよ⁉

 新しい担任は教壇に立ち、自己紹介をする。


「やあ、童たち。新しく担任となった御影寧々と申す」


 新しい担任は元夜天衆の御影寧々だった。

 教師だというのに、スーツではなくいつもの和装だ。

 俺と目が合い、ウィンクされる。

 そこで俺は霧島さんが話していたことを思いだし、小さく呟いた。


「これがその対策だって?」


 確かに、これなら学校がある日は俺や朝比奈が監視できるだろう。

 だからってこれはあんまりである。


 クラスのみんなは「和装ロリきたー!」と喜んでいるが、寧々の実年齢を聞いたら引くに決まっている。


「妾の自己紹介でもするかのう。妾の名は御影寧々。教える科目は現代文じゃ。特技はお菓子作りと、少しだけ……戦うことじゃ」


 教室中が一瞬静まり返り、その後、笑いが起きた。


「先生、面白いな!」

「戦うって、剣道とか?」


 みんなが盛り上がる中で、俺は冷や汗をかいていた。いやいや、この人の「戦う」は洒落にならないだろ。

 もっと擬態しろや!


「そうじゃな。剣道……いや、妾が得意なのはもう少し異なるが、機会があれば披露してやろうかのう」


 微妙に真実を含ませた言い方に、俺は頭を抱えそうになった。

 だが、クラスのみんなはそんなことには気づかず、むしろ寧々のキャラを面白がっている。


「さて、これから妾がこのクラスの担任として、お主らと共に過ごすこととなる。質問があれば、なんでも聞くがよいぞ」


 一人の男子生徒が手を挙げて質問した。


「先生って、和装が好きなんですか? 珍しいですね!」

「うむ。妾は和の文化を愛しておるからな。この衣装もまた、妾のアイデンティティじゃ」


 なんというか、堂々としているというか、この人らしい。

 その後もいくつか質問が飛び交い、寧々は上手く答えつつ、生徒たちの心を掴んでいた。

 ちょうどチャイムが鳴る。一限は現代文であり、寧々がこのまま続けるようだ。

 しかし、授業が始まると状況は一変した。


「では、これから現代文の授業を始めるぞ。テキストの○ページを開くのじゃ」


 その言葉に教科書を開いたクラスメイトたちは、しばらくして誰もが首を傾げた。


「先生、何を言ってるんですか?」

「妾が? 普通に教えておるつもりじゃが」


 寧々は全く気づいていない様子だったが、どうやら彼女の言葉遣いが一部の生徒にとって難解すぎるらしい。

 古風な話し方のせいで、生徒たちは内容を理解するのに一苦労していた。


「先生、もう少し簡単に説明してもらえませんか?」

「むむ、妾の言葉が通じぬとは。……ふむ、努力してみよう」


 苦笑いを浮かべる寧々を見て、俺は思わず吹き出してしまった。

 そのせいでみんなからの視線が突き刺さる。


「む? 蒼汰、どこかおかしかったか?」

「な、なんでもない」


 ヤバい。危うく知り合いだとバレるところだった。


「おいおい、蒼汰。なんで笑ってんだよ?」

「まさか、先生と知り合いだったりして?」


 ケンとタクがニヤニヤしながら話しかけてきた。

 周りのクラスメイトたちも興味津々でこちらを見ている。しまった、余計な反応をしてしまった。


「いや、別に……」

「いやいや、その反応怪しいぞ。蒼汰、何か隠してるだろ?」


 追及の目をかわすために、俺はなんとか誤魔化そうとする。

 てか察しがいいな、こいつら!


「たまたま面白かっただけだって。ほら、先生の言葉遣いがちょっと変じゃん?」

「ふむ、変とは何じゃ? 蒼汰よ、妾の言葉が何かおかしいか?」


 寧々がこちらを見て首を傾げる。その様子が妙に可愛らしく、クラスの男子たちから「先生マジでいいキャラしてるな!」と盛り上がる声が聞こえた。

 しかし、寧々は突然、俺にだけわかるようにニヤリと笑みを浮かべた。

 嫌な予感がしたが時すでに遅し。寧々は教壇から俺を指さした。


「実は妾、この黒崎蒼汰とは少々縁があるのじゃ」


 その一言で教室が騒然となった。



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