新たな使命
第10話 新しい出会い
霧が立ち込める深い森の中、篠宮颯太はぼんやりとした意識の中で冷たい地面に横たわっていた。頭は朦朧としており、体を動かそうとするも力が入らない。空腹と疲労が全身を支配し、何日も食べ物にありつけていないことを彼の体が叫んでいた。
「ここで死ぬのか……」
かすかな意識の中で、彼は自嘲するように思った。自らの信念である「命を救う」という誓いは、異世界で完全に否定され、命すら軽んじられて追放された結果がこれだった。
突然、遠くから低い唸り声が聞こえた。
「……なんだ?」
重い瞼をなんとか開けた彼の目に映ったのは、木々の間から現れる銀色の目を持つ影。
狼だ。
一匹、また一匹と暗闇の中から現れる魔獣――巨大な狼たちの群れだった。その瞳は鋭く光り、牙をむき出しにして颯太にじりじりと近づいてくる。
「……ここで食われるのか……」
全身を覆う疲労と絶望の中、颯太は冷や汗を流しながら立ち上がろうとした。しかし、足に力が入らない。狼たちが唸り声を上げながら円を描くように動き始めた。
「くそっ……こんな……ところで……!」
狼の一匹が勢いよく飛びかかる瞬間、颯太の中に何かが弾ける感覚があった。自らの体を守ろうとする本能が、彼の意識を超えた力を引き出したのだ。
「……病魔の呪い……」
その名を口にすると同時に、彼の体から暗い瘴気のようなものが広がった。狼たちはその場に倒れ込み、苦しげに喘ぎ始める。
咳き込み、涎を垂らし、ふらつきながら次々と崩れ落ちる魔獣たち。颯太が発動したのは、感染症――インフルエンザの症状を引き起こす力だった。
「……これが、俺の……呪い……」
周囲の魔獣が全滅したことを確認する間もなく、颯太は力尽き、意識を失った。
翌朝、颯太が目を覚ますと、周囲は静寂に包まれていた。気だるい体を引きずりながら体を起こすと、目に飛び込んできたのは、外傷もなく横たわる大量の魔獣の死体だった。
「外傷がない……?おかしいな……」
狼たちはすべて死んでいるが、血が流れた形跡もなく、噛み合いの傷一つない。それはまるで、ただ死神に命を奪われたような光景だった。
「おい、貴様」
突然響いた声に、颯太は振り向いた。そこには鋭い目をした男性――獣人のような耳と尾を持つ狼系の男が立っていた。彼の背丈は大柄で、力強い体躯をしており、片手には巨大な戦斧を持っている。その目には警戒と怒りが浮かんでいた。
「この死体の山は貴様の仕業か?」
颯太はその言葉に一瞬怯んだが、すぐに意識を取り戻し、静かに頷いた。
「……僕がやった。でも、誤解しないでくれ。彼らを救う手立てがなかったんだ」
男はじっと颯太を見つめた後、死体に近づいて観察した。死因を探るように死体を調べた彼は、やがて険しい表情で呟いた。
「……どれも外傷がない……。あまりに不自然だ」
彼は颯太に目を向ける。
「……貴様、何者だ?」
「医者だ」
「医者が病を広めるのか?」
その言葉に、颯太の中で何かがざわめいた。彼は一瞬口を閉じたが、意を決して口を開いた。
「……僕の能力は『病魔の呪い』。病気のメカニズムを知れば、同じ病気を敵に与えることができる……呪いだ」
男はその説明を聞いて眉をひそめた。
「呪いか……なるほど、貴様がこの異様な光景を作った張本人というわけだな」
彼の声には警戒が含まれていたが、それ以上の敵意はなかった。むしろ、興味を示しているようにも見えた。
「俺の名はレオン・ドゥルガー。ダルヴィス連邦の部隊長を務めている」
「ダルヴィス連邦?」
颯太の反応に、レオンは少しだけ笑みを浮かべた。
「この辺りの森は、我々連邦の領域だ。貴様のような者が迷い込んでくるのは珍しいことだが、ここでは魔法が全てという考え方は通じない」
レオンは颯太を見据え、続けた。
「ダルヴィス連邦は、人間至上主義のエルヴェンテリア王国とは違う。獣人やエルフ、ドワーフ――様々な種族が協力し合いながら、この国を支えている。だが、魔法では救えない命が多いのも事実だ」
颯太はレオンの説明に耳を傾けながら、自分がどんな場所に流れ着いたのかを理解し始めていた。
「俺の部隊には、怪我や病気で苦しむ者もいる。医者だというなら、力を貸してもらおうか」
颯太は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。
「……分かった。僕にできることなら力を尽くす」
レオンは満足げに頷き、颯太を部隊に連れて行くことを決めた。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。
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