第三章 愛されるもの⑦
「まあ、すごいわ、テオ。魔法を使えるなんて!」
初めて魔法を使ったとき、手放しで喜んでいた母の顔を思い出せなくなったのはいつのことだったか。
魔法の才能を見出されたテオドールは、若干五歳にして魔塔に預けられた。
それからは当然変わった環境に、ついて行くのに必死になった。
魔塔での生活は五歳のテオドールには厳しく、それでも実りある日々だった。
テオドールはマナを識別できる力をもとから備えていた。だから魔塔での日々は、テオドールにさらなる光を与えてくれた。
こんなに素敵な世界があったのかと。魔法を学ぶたびにテオドールは魔法にどっぷり浸かることになった。
そんなテオドールが才能を開花させたのは必然だったのかもしれない。
十二歳の時、テオドールはいつもよりもマナのきらめきを感じていた。
いまなら魔力が少なくて使えなかった魔法も使えるかもしれないと思い使用した魔法により、テオドールの才能は魔塔に所属するすべての魔法使いの知るところとなる。
これなら両親も自分のことをもっと褒めてくれるかもしれない。
魔塔に入ってからテオドールは年に一度だけ、公爵家に戻ることができた。
両親はテオドールの魔法をいつも手放しで喜んでくれて褒めてくれた。年に一回しか会えないのは寂しいけれど、両親が喜んでくれるのならと、テオドールはさらに魔法の勉強にのめり込んでいた。
その年も家に帰ったテオドールは、両親に魔法を披露した。前年よりも大きく多彩な魔法が使えるようになったテオドールに、両親は感動して涙を流してくれた。
そしてテオドールはずっと思い描いていたことを両親に伝えることにした。
「これで僕も魔法使いとして認められました。これからは一緒に暮らしてもいいですか?」
目を見開いた両親は互いに顔を見合わせると、すぐに首を振った。
「それは駄目よ。せっかく才能があるのだから、魔塔で魔法を学んだほうがいいわ」
五歳の頃からほとんどの時間を魔塔で過ごしてきた。
だけどテオドールはずっと両親の温もりを欲していた。
兄には当たり前に注がれているそれが、ただただ羨ましかったというのもある。
「テオなら、きっと大魔法使いにだってなれるわ。あなたは、私たちの誇りなんだかから」
両親はそう言って、その年も笑顔で見送ってくれた。
それからだろうか。両親に疑問を抱くようになったのは。
両親が兄に対して温かく接しているのをテオドールは知っていた。自分は年に一回しか会えないのに、兄はあの両親から毎日愛情を受け取っている。
だから次第に考えるようになった。
両親にとって必要なのは自分ではなく、自分の魔法の力だけなのではないだろうかと――。
魔塔にいる者は仲間であっても家族ではない。
テオドールは、家族というものがよくわからなかった。
◇◆◇
ベッドで眠っているレベッカの横で、テオドールは椅子に腰かけていた。
『……テオドール様にはわからないですよ。家族がいない人の、気持ちなんて……』
その言葉を耳にした瞬間、テオドールは酷い衝撃を覚えた。
物心がついた時から親のいないレベッカや、孤児院に置き去りにされたダビド。
彼女たちと違い自分には両親がいた。だけどテオドールはほとんど魔塔で過ごしていて、両親と過ごした時間は少なかった。
それが当たり前で、昔は家族の温もりを望んでいたけれど、月日のおかげで慣れることができた。
だからこそ、リップス子爵夫婦に利用されているかもしれないダビドのことが心配だった。
偽物の愛情を向けられたダビドが不憫で、自分の境遇を知ってもらいたくて伝えたことなのに――。
どうやらテオドールは間違えてしまったらしい。
《魔道具》が爆発した瞬間、すぐにテオドールは魔法を使ってレベッカとダビドを守った。おかげで、二人は意識を失ったものの怪我などはなく無事だった。
それから丸一日、レベッカはまだ眠っている。彼女を診てくれた医者曰く、衝撃で気を失っているだけだからすぐ目覚めるだろうということだ。
いつも笑いかけてくれる瞳や、なんでも話してくれる元気な口が閉じたままなのがテオドールを不安にさせてくる。
(申し訳ありません、レベッカさん)
あの時、もっと早くに《魔道具》の異常に気づくことができればよかった。
自分なら気づくことができたはずなのに。
眠っているレベッカの体が動く。
「……ん」
レベッカの茶色い瞳が、薄く開きベッド脇に座っているテオドールを捉えた。
「あ、テオドール様……私はいったい……。確か、魔道具が……っ、ダビド!」
勢いよく体を起こしたレベッカがここにいない少年の名前を呼んだ。
周囲を見渡してベッドから出ようとしているのを、テオドールは慌てて止める。
「レベッカさん。ダビドさんは無事です」
「……でも」
「安心してください。ダビドさんはもう目を覚ましています。意思疎通も問題なく、いまは少しずつですが取り調べを受けています」
「取り調べ?」
「はい。《魔道具》と、リップス子爵夫婦のことです」
テオドールの言葉を聞いた瞬間、またレベッカが動き出す。
「すぐに行かないと」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないですよ。ダビドは……テオドール様が言っていたことが本当なら信じていた養親から利用されていたんですよ。私が、傍にいてあげないと」
彼女の真剣な瞳に見つめられると、テオドールは彼女の行動を咎められなくなる。
それはなぜなのかと思ったけれど、もしかしたら彼女が最愛だからなのかもしれない。彼女と接していると、いままで感じたことのない感情が沸き起こることがあるから。
「それでは、僕と一緒に行きましょうか」
テオドールたちがいるのは、魔塔の隣にある病院だった。
レベッカの部屋は上階にあり、そのすぐ下の階にダビドが入院している部屋がある。
ダビドの部屋に着いた時、ちょうど中から人が出てくるところだった。
魔塔の調査員はテオドールに一礼すると、すぐに退散する。
レベッカが扉をノックすると、中から返事があった。
「ダビド!」
レベッカから遅れてテオドールも部屋の中に入る。
ダビドはベッドに寝た状態で上半身だけ起こしていたが、勢いよく近づいてきたかと思うといきなり抱き着いてきたレベッカに、戸惑っている様子だった。
「ダビド。私がいるからね!」
「……えっと、レベッカお姉ちゃん? どうしたの?」
「私は、ダビドの家族だから!」
「っ……そんなの知ってるし。てか、抱き着かないで恥ずかしい」
顔を赤らめながらも、ダビドはまんざらでもない様子だった。それを見たテオドールの胸がなぜか疼いた。
(……どうしたんでしょう)
レベッカの抱擁から解放されたダビドが、テオドールの姿に気づくとその目を鋭くする。
彼が目を覚ました後、すぐに見舞いに行ったとき、ダビドはまだテオドールに警戒する眼差しを向けてきた。だけど彼は調査を受け入れると応えてくれた。
リップス子爵家がどれだけ爆発する《魔道具》に関わっているのかはまだ調査段階だ。だけど、調査が終わったらダビドに伝えることになっている。その後に彼がどう判断するのかはまだわからない。
(それにしても、家族というのはこういうものを言うのでしょうか)
自分のことよりもダビドのことを心配するレベッカ。
レベッカの行動にやれやれとした態度をしながらも、心を許して笑うダビド。
その姿がなぜか光輝いて見える。
もしこれが家族というのなら、すこし羨ましいとテオドールは思った。
落ちこぼれ聖女の私が、わんこ系大魔法使いの最愛でした。 槙村まき @maki-shimotuki
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