第二章 孤児院の家族⑤
一週間後、レベッカはまた孤児院を訪問することになった。テオドールも一緒だ。
調査に同行するのは渋られたけれど、また孤児院に来ることは許してくれた。
「あ、魔法使い様だ!」
門を開けて庭に入ると、気づいた子供たちがわらわらとテオドールのもとに集まってくる。すっかり懐かれたようだけれど、テオドール自身はまだどうしたらいいのかわからなそうだ。
「レベッカお姉ちゃん!」
「おや、きてくれたんだね、レベッカ」
ソフィーとグレースもやってきたので、レベッカは差し入れのクッキーをグレースに渡す。すると、テオドールを取り囲んできた子供たちがこんどはこちらに集まってきた。
「クッキーだぁ!」
「おいしいやつ!」
「前もくれたよね? ありがとう、お姉ちゃん」
「はいはい。昼食がまだだからね、これはおやつの時間までお預けだよ」
グレースの言葉に、子供たちは不満の声を上げながらも、撤退していった。
「そうだ、レベッカ。クッキーのお礼に、今日は昼食を食べていかないかい?」
「昼食?」
「ああ。そこの魔法使い様も子供たちから好かれているみたいだし、みんなも喜ぶよ」
テオドールは静かに頷いている。これはきっとレベッカのしたいようにしてもいいということだろう。
食事の時間になり、数年ぶりに孤児院の食堂に入った。
今日の昼食は野菜たっぷりのスープのようで、美味しそうな香りにお腹がぐぅーと鳴る。
隣に並んで座っているテオドールが少し深刻そうな顔をしているのが気になったが、みんなで手を合わせてお祈りをすると食べ始めた。
聖女宮での食事は、ちょっとしたお喋りはあったものの、貴族令嬢が多かったからか比較的静かなものだった。テオドールの邸宅でも、テオドールがまともに食事をとらないからほとんど一人だった。
だからから、久しぶりに子供たちに囲まれて食べる食事は、賑やかで懐かしい気持ちがして、胸に込み上げるものがある。
(いつもよりも、食事が美味しい気がする)
近くの幼い子供の口許を口元を拭ったり、まだスプーンを上手く使えない子供にスプーンの持ちかたを教えたり、まるで十歳の時に戻ったかのようだった。
あのまま《聖女》にならずに、この孤児院で過ごしていたらこんな毎日が続いていたのだろうか。
これからもこのままこうしていたい――。
そんな考えが脳裏を過ぎった時、子供たちの騒がしい声が耳に届いた。
「あ、野菜残してるー!」
「魔法使い様って、野菜苦手なの?」
「わたしが食べてあげようか?」
「でも好き嫌いはしちゃ駄目だって、シスターが言ってたよ」
テオドールの皿を見て、子供たちが口々に声を上げる。
隣を見上げると、罰の悪そうな銀色の瞳と目が合った。
(そういえば、テオドール様は野菜が苦手なんだった)
孤児院では食事を残すと容赦なく雷が落ちた。孤児院は裕福ではなく、食材は希少なものだからだ。
変わりに食べた方がいいだろうか、そう考えていると、テオドールはスプーンを動かした。スプーンで野菜をすくうと、恐るおそるといった様子でそれを口に咥える。テオドールは目を瞑りながらも、野菜を飲み込んだ。
「ほら、食べられたでしょう? 僕は別に、食べようと思えば食べられるんですよ」
胸を張るように自信たっぷりに言うテオドールに、周囲の子供たちが「すごい」と手を叩いて喜んでいる。
そのテオドールの頭に幻の耳のようなものが見えた。まだ犬だと思っていた時のテオも、こうして自信満々な顔をしてレベッカを見てくることがあった。あの時は頭を撫でてあげるとテオは喜んでいたっけ。
そんなことを思い出していると、自然と手が動いていた。
「……え、レベッカさん。その、撫でるのは……」
テオドールの声で正気に戻った時には遅かった。
すでに彼の頭を撫でていて、テオドールが耳を赤くしている。
「す、すみません。その、犬の耳の幻が見えて、つい」
「……僕は狼ですけど、レベッカさんになら……いや、でも人前だから」
ボソボソ呟きながら、テオドールは残りの野菜を次々と口の中に入れて行った。
そのペースに、周囲の子供たちから歓声が沸き起こる。
食事を終えて、後片付けの手伝いまで済ませて、そろそろレベッカたちはお暇しようという時間になった時、グレースから声がかかった。
「来週、教会でバザーが開かれるのだけれど、よかったら来てくれないかね。魔法使い様も、よろしければ」
「バザー!」
レベッカは思わず目を輝かせる。
教会では数カ月に一回、バザーが開かれる。子供たちの手作りの品や、近所の人からの持ち寄りの品などが売りに出されて、その売り上げが教会の寄付金になる催しだ。
レベッカも孤児院にいた時は、いろいろな物を作った。最初の頃は歪だった裁縫の腕も徐々に良くなっていって、レベッカの手作りの品はわりと評判が良かったりもした。
神殿に行ってからも、またバザーに参加したいとよく思ったものだ。
(せっかくだから、何か作りたい)
ワクワクしながら、レベッカは隣にいるテオドールをうかがう。
「テオドール様、いいですか?」
「ええ、いいですよ。レベッカさんの楽しそうな顔を見られるのは、僕も嬉しいですから」
「ありがとうございます!」
グレースに来週も訪問する約束を取り付けると、レベッカたちは孤児院を後にした。
◇
まだ昼間だということもあり、噴水広場前は行き交う人で賑わっていた。
止めてある馬車に向かう途中、すれ違った少年の顔を見て、レベッカの足が止まる。
「――あれ?」
「レベッカさん、どうされました?」
一瞬見えた少年の顔に、見覚えがあったからだ。
黒髪にそばかすの残った顔。体はあの時よりも大きくなっているけれど、見間違いではないだろう。
思わず、その背中に呼びかける。
「ダビド!」
レベッカの呼びかけに、黒髪の少年が振り返った。その双眸が大きくなる。
「え、レベッカお姉ちゃん?」
「そうだよ。ダビド、元気にしてた?」
被っている帽子で顔を隠すように、ダビドは俯いた。
「……うん、元気だよ」
「よかった。私もね、やっと神殿を出られたんだ。いまは孤児院からの帰りだよ。ソフィーもグレース先生も、子供たちもみんな元気そうで、私も嬉しくなったんだ」
「……ふーん、そうなんだ。……あ、神殿から出られたってことは、《最愛》が見つかったのか?」
「うん。とても優しい人だよ」
ダビドはなぜかしきりに周囲を気にしている様子だった。
その恰好を見て、レベッカは首を傾げる。
ダビドは貴族の養子になったと聞いていた。だけど着ている服は平民の物で、貴族が着るような良質なものではない。それにどうして一人で街にいるのだろうか。
浮かんだ疑問は、口にするよりも前に消えてしまった。
ダビドの視線が、レベッカの後ろを向く。その瞳が見る見るうちに大きくなり、彼は少し焦ったような顔をして、「魔法使い」と呟いた。
そしてどこか鬼気迫ったかのような顔をしたかと思うと、止めるレベッカの声を聞くことなく踵を返して行ってしまったのだ。
「いまの子が、前に話していたダビドくんですか?」
「はい。……でも、どうしたんだろう」
ダビドの後ろ姿は、人混みに紛れて見えなくなってしまった。
理由がわからず困惑するレベッカの横で、テオドールが少し気難しそうな顔になった。
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