裏切りと崩壊

せっかくの月夜は、黒雲に覆い隠され、ポツポツと小雨が頬を伝った。

街灯もあまりない道な為、夜が深まっていくのをひしひしと感じる。

「おい!クソガキ、テメェはタバコすら満足に買えねぇのか?お前なんて作る予定なかったんだからせめて俺の従順な足くらいにはなれよ!ゴミが」

夜の静寂を殺しにかかるような父の雄叫びが街中を包み込む。

その様は飼い主に捨てられ、人間を憎む野犬のようであった。

そんな狂気を目の当たりにした杏夏は震えを抑えるように電柱にもたれ掛かっていた。

辺りが闇に包まれていることと、父親の位置からは電柱で杏夏の姿が見えないのも相まってまだ彼女の存在は父親にはバレていないようだ。

「ご、ごめんなさい。靴擦れしちゃって遅くなってしまいました」

「お前なあ。女みたいな言い訳するな。媚びることしか取り柄がないお前の母親が許されているのは弱者だからだ。まあ、そんなバカ女も息子に対しては攻撃的みたいだけどな」

父親は愉快そうに嘲笑うと、その刹那、物凄い勢いで拳を振り上げ僕の頬を殴った。

意識が吹っ飛びそうになりながら、何とか強烈かつ鈍い痛みに耐える。

「おい、明日頬の腫れについて何か言われたら歯を抜いたとでも言っとけよ」

僕の惨めな姿を目の当たりにした杏夏は恐怖が滲んだ泣き顔でこちらを見つめていた。

友の境遇を察したような、かと言って憐れむでもなく友情に満ちたその表情が僕の胸を切り裂く。

何で僕はこんな家に生まれてしまったのだろうか。

永遠に解けない呪縛に絶望しながら、ひたすら暴力を受け続ける。

当然、父親はこの時間帯は人通りがほぼないと言うを見越してやっているので、助けなんて誰も来ない。

「おい!生まれてきてすみません!あなたのおかげで出来損ないの僕でも生きられていますって言え!」

父親はおそらく残り少ないであろうタバコをふかしながら、革靴で僕の頭を踏みつけてきた。

父親はニヤニヤとしながら、僕に唾を吐いてくる。

「言え!早く言え!弱者遺伝子の出来損ないが!」

ポキッ!、そんな父親の剣幕に怯えてしまったのか、杏夏が小枝を誤って折ってしまい、こんな状況に似つかないポップな音色が辺りで響き渡った。

「おい!そこにいるのは誰だ!」

その音でやっと人影に気づいた父親が顔を青ざめさせながら、電柱に近づいていく。

その刹那、杏夏は一目散に逃げ去ってしまった。

「おい待て!クソガキ!」

彼女の後ろ姿にはもはや友への想いはないようだった。

僕はただただ呆然としていた。

自分の中の『正義』が溶けていくのを感じる。

超人のように思えた彼女も結局はただの一個人であり、自己保身を選んだ。

わかっているのに、わかっているのに僕は彼女に期待してしまっていたのだ。

正義も偶像も泡となり、虚無感だけが脳内で君臨した。

強い吐き気がしてくる。

「逃がさねぇぞ!…待て、待てクソガキいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

父親は奇声を上げながら、逃げる杏夏に向かって全力疾走で追い始めた。

小学生が怒り狂った成人男性から逃げられるわけない。

……おそらくこのままだと、杏夏は捕まってしまうだろう。

自分の悪行を知ってしまった杏夏に父親が何をするかなんて想像するまでもない。

「…」

僕は足元に落ちていた大きくて鋭利な石を拾う。

それを父親へ向かって思い切り投げつけた。

「外しちゃった」

当たるまで何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返した。

音で気づいたのか父親が振り向いてくる。

……その直後、砂利まみれだった石が父の後頭部に直撃した。

コンっと心地よい音が静寂を切り裂く。

僕は頭を抑えるようにして蹲っている父親の元へ駆け寄った。

「やめろ!……や、やめてくれ。親子だろ?俺はお前を愛してるんだから」

「…」

「な、なあ。嘘だろ?今のは手が滑ったんだよな?そういうことにするから……こ、これ以上はやめてくれ」

「…」

「俺がいなかったらお前はいなかったし、誰が育てたと思っている!!」

僕は確実に杏夏を追えないようにする為にもう一度石を投げ放った。

……かくして、僕の中の正義は壊れ、呪縛を受け入れながら生きていくことになったのであった。


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