中編(1)


、俺は死ななかった。落ちた時に下を見て落ちなかったせいか、途中で木に1回引っかかってから落ちたらしい。


何よりも最悪なことは、目を覚ますと精神状態が正常に戻ってしまったことだった。


今までは地獄にいても「それが普通だ」「そこに居なければならない」と認識していたから、ひとたび「それが異常だ」と分かってしまえばもはやもう一度学校に行くなんて選択肢はなかった。


ブラック企業に長年務めている人の精神状態と同じだと医者は言っていた。



妹は泣きながら怒ってきた。いじめのことはもうバレてしまったらしい。


「なんで相談してくれなかったんだよ…なんで、なんでぇ…」


それは俺に対する怒りと言うよりかは、自分自身への憎しみを孕んだ怒気であった。


リハビリ期間を含めて、退院は1ヶ月半後、ちょうど夏休みが終わる頃と同じくらいの時期なった。


できることならばずっと病院にいたかったが、当然そんなことは出来ない。


妹は3日に1回会いに来てくれた。


「…あの人たち(両親)はね、なんか最近疲れきってるんだ。だから、お見舞いに来ないのもきっとなにか理由があるんだ。」


「…おい、やっぱり、私とネズミーランドへ遊びに行くぞ。恥ずかしいって言っても連れてくかr…え?いいの?ほんとに?無理してない?」


ことある事に妹は励ましてくれたし、他愛ない会話もしてくれた。それが何よりも嬉しかった。本当に瀬奈はよく出来た妹だと思う。


そんな瀬奈だが、5、6回に1回くらいだろうか。非常に不機嫌な雰囲気を纏いながら病室へ入ってくることがあった。


俺のせいで瀬奈にストレスをかけてしまっているんじゃないかと心配したが、


「…は?純平のことでこんな不機嫌になるわけないだろ。私はいつだって純平と一緒にいると気分が落ち着く。私がここに来てるのも『私が来たいから』来てるだけだから。勘違いしないで。」


…一瞬平成のツンデレかと思ったがこれ「ツン」の部分ないな。


じゃあなぜ不機嫌なのかと聞くと、妹は苦虫を噛み潰したような顔で


「……純平は知らなくていいよ。大丈夫。」


と言った。妹の目は俺の事を仲間はずれにしようとしたクラスのヤツらみたいな気持ち悪い目ではなく、優しい目をしていた。


だから、きっと俺のためになにかしてくれたんだろうな、というのは雰囲気で感じていたし、それ以上追求するのは野暮だと思った。


多分、妹の存在が無ければ俺はこの病室でどんな手法を使ってでも自殺していただろう。だから、色んなことを含めて、妹が帰る時には必ず


「ありがとう。」


と感謝の言葉を伝えている。


妹は、少しはにかみながら


「…おう。兄貴のこと心配すんのは、妹として当然だろ?」


と、いつも返してくれる。




だからだろうか。もう1回、あのクズ共に立ち向かってみたいと思えたのは。


妹が何かしら頑張っているんだ。俺にもできることをやろう。そう思えた。




1ヶ月半という期間は、俺にとっては過ぎるのが非常に早かった。


俺が以前証拠に撮ったいじめの証拠となる映像は、あいつら《クラスメート》にスマホを壊されるついでに全て消されていた。


だから、新たな証拠を集めるべく、なけなしの貯金していたお年玉を使って、中古で2万円弱のスマホを買い、俺は学校へ向かった。


登校中、足が震えた。学校に近づくにつれて口内は急速に渇き、背中から気持ち悪い汗が大量に吹き出した。


それでも、「こんなとこで負けていいのか、俺。」と、なんとか自分に言い聞かし、学校に着く。



――少し話を逸らすが、当然のように飛び降りのことはもみ消されていた。


妹によると、マスコミも数社取材に来たらしいが、「精神病を患った生徒の勝手な行動」として処理された、らしい。


あの外野からワイワイ騒ぐのが好きなマスゴミがそんなあっさり引き下がるかと疑問に思ったが、まあ金なり権力なり黙らせる方法はいくらでもあるのだろう。




俺は心のどこかで期待していたのかもしれない。


「自殺未遂までしたんだから、少しは遠慮していじめも軽くなるのではないか」と。


結果から言えば、いじめはより一層過激になった。この学校のクズ共はそんなまともな倫理観なんて持ち合わせていなかった。いや、持っているはずもなかった、か。これに関しては期待した俺が悪い。


「おめーが飛び降りたせいでよ!!学校のみんなに迷惑かかってんのわかんねーのかよ!!」


「アンタが居ないせいでうちらの稼ぎ減ったんですケド。P探すのも最近大変なんだよ?何勝手に居なくなろうとしてんの?」


「お前なんかのせいで俺が万が一退職になっていたらどうするつもりだったんだ!!答えろよ!このカスが!!!」


まあ殴る蹴るは今まで同様、というか酷くなったし、教師も混ざり始めた。


――ああ、こんな地獄に俺はいたのか。


今まで受けてきた仕打ちを思い返し、俺はイライラしながら授業をさぼり、図書室へ避難する。あんなクズ教師の授業なんて死んでも受けたくないからだ。それに授業中でも関係なく髪の毛とか引っ張られるしな。


俺が何をしたって言うんだよ。


こんな状況にした元凶である志保。信じてくれなかった両親。言い分も聞かず殴って、俺を加害者に仕立てあげた志保の両親。暴力、カツアゲ、陰口、ありとあらゆるいじめをするクラスメート。いじめを隠蔽するのでは飽き足らず、自ら率先していじめてくる教師。


そんな奴らに恨みを抱きながら、図書室へと歩みを進める。


「…くそっ、くそっ、くそっ!!!」


悪態をつきながら図書室の扉を開ける。





そうして、物語は始まる。


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やーっと序盤に戻ってきました。お待たせ。

ここまで書いてて思ったけどヒロインいらないよな、これ。瀬奈(妹)がヒロインじゃん。


でもさ、俺ヒロイン書きたいんよ。「芸術家みたいな不思議な雰囲気を纏った、お姉さんキャラの同級生」。イメージとしては物○シリーズの臥煙伊○湖みたいな人。


だから次話からやっとヒロイン登場です。

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