俺堕天使、現代風異世界でダンジョン攻略RTAに手を出す。

紫陽_凛

第3話 【アースガルズ】のダンジョン

 話は飛んで―― 

『ヤッホー! こんばんは!「いつものアクア」でっす! 今日は裏庭のー、小ダンジョンをRTAしようとおもいまーす! 初見さんいらっしゃーい! いっそがしくて反応できないかもだけど見ていってね~』

 「ダンジョン配信」にいそしむ陽気な女の声が響き渡る月夜。そんなのどかな平行世界【アースガルズ】の夜に、れは降ってきた。


『入り口がね、とても狭いんだけどー、ここは手持ちのスキル《爆破》でドンっとやっちゃって~――』

 「いつものアクア」こと綾波あやなみアクアは、ふと空を見上げた。

『あり?』

 くまなき月を、空をにわかに覆う漆黒の叢雲むらくも。走る青白い閃光。そして。

『えっえっ何、なに? なに!?』

 そこから迸り出る、ほの青い落下物。

『な――』


 星よりく、稲妻より速く、音速さえ超えて。

 その青い流星は、裏山のほうへ流れ落ちていった。


ッドーン!!


 配信用マイクが拾うほどの轟音を見逃す「いつものアクア」ではない。


『ちょっとタンマタンマ! RTAどころの騒ぎじゃないよ! じいちゃんの裏山めっちゃ燃えてる! ごめん、消火しなきゃだから、裏庭RTAはまた今度で!』

 視聴者の文句流れる画面を閉じて、アクアは立ち上がった。

「やっばいやっばいやっばいよ~!」


 綾波アクア、十七歳。生物学上は女。髪も肌もちゃんとすれば可愛らしい女の子なのに、手入れを怠っているから、高校では喪女扱い。しかし家に帰って外装モジュールを被れば、このラクリ地域どころか、世界中の人気者だ。

「裏山の採取用ダンジョン壊れてなきゃ良いけど……っていうかよりによって満月の夜とか! 下手したら新ダンジョン湧くかもじゃん、やっば」

 携帯端末フォーンを片手に走るアクアの目の前には青い炎が広がっている。アクアは冷や汗を掻きながら裏山への道を急いだ。


 アクアの祖父は国が定めるダンジョン――実家裏山の【資材ダンジョン】から鉄を採取するダンジョン攻略者だったが、腰を痛めてからこっち資材を取ってこられなくなってしまった。国有【資材ダンジョン】は放置されたまま、誰にも攻略されることなく眠っていた。父はセントラル・クォーツに本社を持つトラセント工業の社員だから、いちいちダンジョンに潜っている余裕もないし、本人にもそのつもりは毛頭無いらしい。母親を亡くしたアクアと父は、お互いの事を考えてわかれて暮らすことを選択し、アクアは祖父母の実家に、そして父は賃貸マンションに腰を落ち着けていた。だから、――実家の山の火を消しに走れるのは、本当の本当に十七歳のアクアしかいないのだ。


――なんて、そんな綾波家の事情はともかくとして、山の【資材ダンジョン】の安否である。


「だあああ、あたしに、転移スキルが、あれば、いいんだけどっ」

 神はこの世界には干渉しない。だから、神に祈ることをアクアは知らない。割り振られたスキルと能力値、その当たり外れがこの【アースガルズ】の世界を左右する。神は存在するけれど、権能を割り振るシステムとしてしか機能しない。むろんそのの配分が本当の「均等」ならば、こんなことにはなっていないのだが。

「あたしはどっちかってと、物理、特化、だから、なぁっ!」

 息切れで途切れる台詞の間にも、青い炎は燃えている。

「くそう。【探索】! くまなく照らし出せ!」

 レベルの低い探索スキルを駆使すると、アクアの目の前に透過した山の斜面が見て取れた。炎はダンジョンの手前側で燃えており、その入り口には到達していないとみえる。

「よかった、ダンジョンは塞がってな――なんだあれ!?」

 炎の真ん中に、黒い影が見える。三対の翼、六翼のシルエット。

「化け物……いや、ちがう。なにこれ……天使? でも黒……ていうか燃えてない!? なにあれ!?」

 余計なものが空から降ってきた。アクアはそのままきびすを返して何も見なかったことにしようかと思った。思ったが――。


「お、おい! 誰かいるのか!?」

 低い男の声が、アクアを呼び止めた。

「頼む、助けてくれ!」

 そりゃそうだ。燃えてるんだから助けてほしいに決まってるじゃないか。アクアは手持ちのスキルの中にそれらしいものがないことをよく分かっていたから、励ますように声をかけることしかできなかった。

「大丈夫ですか!? しっかりしてください! 今、放水隊を呼びますから――」

 それでも間に合うか――などとアクアが考えているときだった。

!」


「えっ、そっち?」

 燃えてる方じゃなくて!?

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