六人の仲間の話3
困ったなあ、とアルマは独り珍しく、そんなことを思っていた。
こんな風になるつもりはなかった。何がって、自分の人生が、だ。
ふらふらと、適当に生きてきた。家すらない。身内もない。根無し草で、いつ野垂れ死んだっておかしくなかった。魔物ばかり殺してきた、ただの、一介の剣士だ。
勇者だなんて持ち上げられるつもりなかった。
気づけば仲間が増えていた。こんなに大切な存在が、たくさんできるなんて思ってなかった。
旅がこんなにも楽しいものになるなんて、まさか思ってもみなかった。
困ったなあ、とアルマはまた思う。死ぬ寸前に思い返すことがこんなことだなんて、自分は本当に、リーダーなんてものには向いていない。
自分はただ、仲間に支えられたから、ここまで来れただけ――なんて、月並みな言葉かもしれないが。学のないアルマだからこれ以上の言葉を知らない。
とにかく自分一人だったら、ここまで生きていられなかった。とっくにその辺で死体を晒していたに違いない。
だから、もういいのだ。仲間は皆死んだだろう。
祈りの文句は知らない。アルマは信心深くもない。しかしせめて、聖書くらいは読んでおけばよかったかな、と思う。死ぬ瞬間のことくらいは学んでおけたかもしれないのに。死人にかける言葉だって――と思いかけて、アルマは余計に悲しくなった。
ああ、皆死んだのだ。
(だったら俺もここで死んだって、なんの問題もない)
幼いウリララには、本当に可哀想なことをした。……彼女のドラゴンが、なんとかして守ってくれていたらいいが。二人揃った彼女たちは、本当に強いから。
ゾーイには謝っても謝りきれない。クレメンスと幸せになれるはずだったのに、こんなとこにまで来てしまった。のろけ、次はちゃんと聞くよ。
イータは、次に会ったらやっぱり叱ってやる。彼は彼の身内のためにも、海に帰るべきだった。でもさ、付いてきてくれたの、嬉しかったよ。
クレメンスは、次こそ会ったらケツを蹴飛ばして、絶対にゾーイと結婚させてやる。俺、結婚式ってやつ、一度出てみたかったんだ。
案外運のいいアスランだけは、うっかり生き延びてたりするかもな。後年は俺達の武勇伝なんか歌ってさ。下手でも許すよ。長生きしてくれればね。
(…………違う)
皆、死んだ。分かっている。あの化物の軍勢を前に、誰が生き残れる?
そうだ、落ち着け。馬鹿みたいな夢想にぼけっと浸っている場合じゃない。
なぜ自分たちはここにきた? なぜ、縁もない、『月の獅子公』なんて正体不明の怪物を殺しにきたのか?
答えは簡単。
仕事だ。
――帝国の辺境にある『死者の丘』の、『五芒の神殿』に住み着いている『月の獅子公』を殺してくれという依頼が、帝国からあった。
そしてアルマ達はそれを受けた。依頼というより、大々的に下された勅命で、確かに断れないものだった。
だが、まあ、そんな些事はどうでもいい。
これはアルマの、いつもの仕事だ。手順はシンプル。依頼を受ける。魔物を殺す。以上。
それで仲間が死ぬこともある。失敗することもある。自分が、死ぬこともある。今回は、その最悪を引いただけだ。因果も因縁も物語もない、ここにはアルマと、討伐対象がいる。それだけだ。
だから、考えるな。
感傷に浸っている場合ではない。
アルマは口に溜まった血を吐いた。血が変な色をしているように見えたが、事実そんな色をしているのか、頭か目が駄目になったのかは分からない。
『月の獅子公』と呼ばれた伝説の怪物も、甲高く掠れた声をあげて、何かを吐いた。胃液だろうか。
血で汚れた金の毛皮、アルマに断たれた尾の断面から覗く肉、折れた爪。『五芒の神殿』の主――正体不明の怪物も、こうしてみれば、ただの魔物に過ぎない。
「……お前も、災難だよな。不気味な、伝説上の化物ってだけで、権威付けに利用されて……大した意味もなく、殺せって言われて。それで、俺達に襲われて……。お前を殺したところで、それが本当に、帝国の権威になるのかも微妙なところだしな」
アルマは知らない。
『月の獅子公』の討伐において最も重要だったのは、『勇者アルマ』とその五人の仲間が生み出す、劇的な物語であった。
歴史の浅い帝国が求めたのは、神話の如く、人心を惹き付ける物語。王の命に従い、旅出つ勇者アルマ一行――彼らが勝利して帰還すれば、大々的にそれを称え、生きた英雄として利用する。勝利し壊滅すれば、潔く猛々しい強者達の最期を宣伝する。敗北して全滅すれば、哀れな悲劇の礎として歌でも作らせていただろう。いずれであっても、彼らは帝国の象徴として祭り上げられる予定だった。
彼らは、惜しまれるには丁度よい六人であった。亡くなれば惜しまれるが、どうあっても必要な存在ではない。
まず根無し草である剣士アルマと、謎多き異邦人の娘ゾーイには、死を嘆くような身内もいない。イータは一族の王の子であったが、彼は「自分の行動の責任は、全て自分にある」という許可を族から得ていた。クレメンスとアスランは貴族であったが、クレメンスはあくまでも三男であり、アスランはすでに一線から退いた身だ。
彼らは、心打つ物語のなかでの死を、許容される六人だった。
アルマは、そんな思惑など知らない。
ただの一介の剣士に過ぎない彼が考えるのはいつだって、自分たちのことばかりである。
「これで、最後、だな……」
アルマはのろのろと剣を構える、獅子公も緩慢な動きで身を屈める。
これまでの経験からアルマは察する。
――よくて相打ち、悪くて犬死だ。ああ、どっちにしろ怒られる。
だって、約束をしたのだ。
ちゃんと帰るって約束した。泣くのも我慢して約束した。なのに、帰れそうにない。
ああでも、俺の帰りたいところなんて、なくなったんだっけ。
……感傷に浸るな、なんて気を取り直した傍からこれだ。アルマは最後の一打ちのあと目を細める。
やっぱり自分は、リーダーなんて柄じゃない。
わたしとあなたの七十五日 ばち公 @bachiko
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