11. 優秀な苦労人
壁面から顔を覗かせる蒼光石のおかげで、魔窟の中は仄かに明るい。十分な光量とは言えないが、ランタンが必要かと言えば微妙なところだ。
ランタンを使うか、使わないか。どちらを選んでも一長一短である。火の明かりは魔窟内で目立つので、魔物に気づかれやすい。一方で、爆発茸は発見しやすくなる。アシュレイたちは燃料費の節約もあって、ランタンを灯さずに進んだ。
出だしに少々不安を感じたものの、始まってしまえば探索は順調だった。さすがのラッドたちも探索中に無駄口を叩くような真似はしない。となれば、メリアも怒りを爆発させる理由はなく、むしろ優秀な斥候役として活躍した。
斥候型の影装を持つメリアは、アシュレイよりも索敵範囲に優れている。敵より先に相手の接近に気づけるので、常にこちらが優位に立ち回れるのだ。
さらに、専門職だけあって爆発茸の発見が早くて的確。これが地味に重要だった。おかげで戦闘地点の不利を避けられる。敵の接近を察知したとき、周囲に爆発茸が多いようなら、一旦引き返して安全な場所で戦えば良い。
というように、メリアは戦闘前に有利な状況を作る能力に優れている。斥候の役割としては当然なのだが、一切不安を感じさせない仕事ぶりにはアシュレイも感心していた。
戦闘面に関しては攻撃型影装を持つルドたちと比べると一段落ちる。とはいえ、足を引っ張るほど駄目ということもない。モウスと同じ弓使いで、遠距離から仲間の支援をすることで戦闘にも貢献するスタイルだ。もともとの班員だけあってラッドたちとの息は合っている。応用力も高く、アシュレイを含めた連携にも柔軟に対応できるようだ。
数戦もすると、効率的な戦い方も定まってきた。“爆発茸の洞窟”の魔物の索敵能力はメリアに比べると数段低いらしい。真っ直ぐな通路でも暗がりに潜んでいればなかなか気づかれない。ある程度近づいたところで、メリアの弓とアシュレイの投げナイフで奇襲。敵が慌てているところに、近接攻撃組が突撃して一気に攻める。五匹くらいの群れならば、そのまま押し切って終わりだ。
小規模な戦闘を繰り返し、アシュレイたちは傷を負うことなく、第一目標地点の近くまで到達した。メリアが影装を具現化し、周囲に敵がいないことを確かめてから小休止に入る。
「この先が目的地の広間よ。魔物は結構いそうな感じね。正確な数は、もう少し近づかないとわからないけど」
魔窟の広めのスペースには魔物が集まる傾向にある。危険はあるが、ディガーにとっては稼ぐチャンスだ。また、そういう場所には採掘資源が湧き出しやすい。リスクに見合うリターンがあるならば、挑む価値は充分にある。
「浅層に出る魔物は三種類だったか?」
「そうだよ。リザルスとスモークラット、あとケイブスパイダーだね」
「全部、見たな」
ラッドの言葉通り、出現する魔物はいずれも戦闘済。どれも魔窟の危険度評価相応で、大して強くもない。これまでと同じく五体程度ならば瞬殺できるだろう。
リザルスは爬虫類タイプの魔物だ。大きさはゴウルと同じくらいで、アシュレイよりもさらに小柄。普段はトカゲのように地を這って移動するが、戦いになると上体を持ち上げて二足歩行で襲ってくる。攻撃手段は自前の爪だが、上位種になると武器を使ってくることもあるらしい。三種の中では一番危険だが、戦いやすい相手でもある。
スモークラットは、少し大きめの
ケイブスパイダーも妨害能力を持つタイプの魔物だ。人の頭ほどある大型の蜘蛛で、鋭い牙と粘着性のある網状の蜘蛛糸を武器とする。特に後者が厄介で、絡め取られると動きを阻害され、運動能力が著しく低下するのだ。上手く避けたとしても、地面に張り付いて残る。うっかり踏めば足を取られるので、これもまた厄介だ。
「どういう方針で戦うつもりかしら?」
「できれば鼠から倒したいよね」
メリアの問いにアシュレイは自分の考えを告げた。敵の数が多くとも、真っ向勝負なら戦える自力はあると思っている。
「ラッドの防御能力なら蜘蛛の牙は怖くないよね。上手く引きつけてもらえれば、僕らは自由に動ける。リザルスを優先して倒せばいけると思うよ」
「おう、任せろ! 俺には〈挑発の叫び〉があるからな!」
やれるよね、という意味合いを込めて視線を送ると、ラッドが誇らしげに頷いた。
〈挑発の叫び〉は【騎士の重装】に付随する力だ。効果は自らを囮とすること。叫び声を上げ、敵対する魔物たちの注意を引きつける。もともと備わっていた力ではなく、この数日の探索で開花した。宿した影装が体に馴染めば、魔物と同様、人間も様々な特殊能力を得ることができるのだ。
「それでいいんじゃないか?」
「俺もいけると思う」
アシュレイの示した方針にルドとマルクが賛同する。ウーノは無言だが、ゆっくりと頷いた。得たばかりの能力を使いたいラッドからも異論は出ない。
全員の視線が残る一人、メリアに集まった。そんな状況でも彼女は怯むことなく疑問を口にする。
「スモークラットがたくさんいた場合、どうするの?」
「ああ、うん。そうだね……」
真っ当な指摘だ。ラッドたちはあまりアシュレイの意見に反対することがないので、チームとしての意思決定はスムーズなのだが、考え漏れがあった場合には困る。疑問を呈してくれるのはありがたいなと思いながら、対策を考えた。
「他の二種類の数によるかな。リザルスと蜘蛛の数が少ないなら、そっちを優先して仕留めよう。鼠しかいないなら、視界が塞がれても怖くはないし」
スモークラットは煙を吐く以外には普通の鼠と大差ない。単体では脅威にはならないので、他を排除してしまえばどうにでもなる相手だ。
「合わせて五体以下なら、メリア以外で倒す。それよりも多ければ、一旦退こう。通路まで追いかけてくるなら退きながら倒すのも手だね。まあ、それは状況次第かな」
「なるほどね。悪くないと思うわ」
少し考えて納得したのか、メリアが頷く。そして、ニッコリと笑いかけた。
「アシュレイ君がいると助かるわ。ラッドたちとは大違いね。ねぇ、うちの子にならない?」
「あはは……いや、僕には僕のチームがあるから」
「そう……残念ね……」
本気を滲ませる呟きだ。アシュレイは何となく、メリアの状況を察した。
ラッドたちは良くも悪くも自由奔放だ。悪い人間じゃないのは確かだが、性格によっては振り回されることになる。アシュレイが合流するまで、メリアの負担が大きかったのだろう。アシュレイにはアシュレイの目的があるので“無敵モグラ団”に移籍することはできないが、できる限り力になってあげようと思うのだった。
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