燃えよ、紙 last days part.2
憑弥山イタク
燃えよ、紙
終焉まで、残すところ5時間。
あと5時間で、俺の稼いできた全ての金が、塵も同然と化す。紙幣は風に靡く落葉と同列になり、硬貨は爪先で蹴られる小石に等しくなる。
否、既に現時刻、金はその価値を無くし、貧富の差は限り無くゼロに近付いた。
つい数日前まで、金は金として、それ以上でもそれ以下でもない存在として確立していた。俺にしてみれば、金で買えないモノは決して無く、金というものはこの世に於ける絶対的且つ圧倒的な力である。金が無ければ命を繋げず、金が無ければ何とも戦えず、金が無ければ何もできない。
金とは、実在する物質の中に於いて、最も神に近い存在である。人が神へ縋るに等しく、人は金に執着する。神が恩恵を与えるに等しく、金は人へ恩恵を与える。そして神が人を殺すように、金は容易く人を殺す。
最も神に近い筈の金だが、前述の通り既に価値を無くした。即ち、この世から神が消え、神を見捨てた愚かな人間のみが残ってしまった。
そしてこの俺も、たった今から、神を捨てる。
銀行に預けず、自宅の倉庫で保管していた大量の現金は、積み木のように重ねている。遠目から見れば巨大な木箱に見えるのだろう。尤も木箱にしては価値がありすぎるが。
さて、この数十億の紙幣を前にして、俺はこれから何をするのか。その答えは、俺が右手に握るライターが教えてくれる。まさか、特注のオイルライターがこんな形で使われるとは、注文当時の俺は思いもしなかった。
ライターを点火する。
そしてライターで、積み上げた紙幣に着火した。
小さな炎が、1万円札を1枚、また1枚と焼いていき、金を焦がす度に大きくなる。金を喰らうことで尚強く、尚激しく燃え盛る炎は、金を得て驕り昂る人間によく似ている。変わりゆく炎の形に目を細めながら、俺は軽く鼻で笑った。
俺がこれまでの人生で積み上げてきた信頼と実績。目で見えない信頼と実績を可視化させるように、自然と金も積もっていった。言わばこの金は俺の人生であり、俺の価値。しかし、もう必要は無い。もう俺は、金も、信頼も、実績も、何も要らない。
金はこの世に於いて、最も神に近い存在である。とは言え神にはなれない、ただの紙である。
御神体を崇める信仰者は、御神体がただの木であるとは思わない。神を模した銅像に頭を垂れる者達は、神を模してもただの銅だとは思わない。然り、この世にある全ての金は、目を凝らせばただの紙切れ。硬化であればただの鉄塊も同然。
俺は無神論者だ。しかし金が無ければこの世界を生きられない。そして今、金には価値が無い。即ち、俺は今になって漸く、無神論を行動で示せる。
神の居ない世界ならば、神に近い存在も不要である。
神に近いものがあれば、殺してみたかった。
燃え盛る炎は、俺の価値を示していた金を煤へと変え、文字通り吹けば飛ぶようなものへと変える。金の燃える様は、それはそれは滑稽で、気付けば俺は笑みを浮かべていた。金で価値が可視化される世界を否定した気分がして、酷く気持ちが良い。
人生最後の日に、人生最高の快感を得た。
俺の他にも、人生最後の日を彩る者が居るのだろうが……きっと、この俺に勝る快感を得たものは、何処を探してもいないだろう。
終焉まで、残すところ4時間と数十分。
もし余裕があれば、俺の住む家も、俺の所有するモノも、全てを殺してみようか。
どうせ迎える終焉ならば、せめて、己の望む終焉にしたい。それは俺だけではないはずだろう?
燃えよ、紙 last days part.2 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama
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