乙女ゲーの王子様は人の顔がわからない、ただし黒髪喪女の俺を除いて。

涙目とも

第1話:金稼ぎの方法は問わない

田舎のブラウンシチューが恋しい。そう思った数こそあまり無いが、故郷の何かしらに思いを馳せたことは、今この食堂にいる全ての手足の指を足しても足りぬほど。


「はぐ、もむ、はふ」


塩漬け干し肉が入ったせいか、かなり味濃いめのスープと、自分の髪色に似た硬い黒パンを貪りながら、俺は己自身の現状に嘆いていた。


異世界に女として転生してから早16年、生まれて初めて発したのは産声では無く女神への恨みの呪詞だった。


何を隠そうこの俺、勇者転生に省かれ、転移先で持つはずだった才能を根こそぎ奪われ、挙げ句の果てに身分が低く社会的地位の末席である平民の女として生まれた。


(どうだクソ女神。俺はここまで這い上がってきたぞ)


平民の身分でありながら勉学を重ね、高等学校を卒業して王宮の侍女の席に座ることができた。


送り出してくれた両親にはとても感謝している。税で苦しいはずの我が家から逃げた俺を、家族と認めてくれている。これは期待に応えなければならない、がっぽがっぽと金を稼ぎ、仕送りをしよう、あの地区一番の金持ちにしてやろう。




———と、思った矢先のことである。




俺が通っていた高等学校から一通の手紙が届いた。


(奨学金ってこんなに高いのか!!!???)


当たり前のことだが、平民用に学校は無い。前世の寺子屋、こちらの世界で言うところの教会学童こそあれど、千の位の足し算を最終に設定している。


これでは高給取りにはなれないと思った俺は、暖炉の灰を使って必死に勉強し、見事平民推薦枠を勝ち取り、学校寮や奨学金で暮らしていた。


無論、節制生活を送り総額は最小限に、余った金も速やかにお返ししたが、それでも生涯をかけて払い続けなくてはいけない金額が両肩にのしかかった。抗議したが聞く耳も持たず、平民から毟れるだけ金を毟ろうと言う魂胆だろう。


それで俺は下女用の食堂でタダ飯を食っているわけだ。


「ふいー、最近は食事というより作業だな」


さて、話は続き俺は最近割りの良い副業を始めた。


福利厚生無し、交通費無し、給料爆高い。


人を社会的に殺すだけでボーナス、影の尖兵として敵情を知り、報告するだけの簡単な仕事。


そう、お察しの通り暗部である。


俺の第一能力プライマリは『感情察知アイデンティティ』。人の感情を察知し、肌に刺さる棘として感知する、奇襲知らず、潜伏知らずのまさに影を生きるためにあるような能力だ。そのせいでたびたび目立つと怨恨や嫉妬の視線が刺さり、精神的苦痛に悩まされることはあるが、最近は割り切っている。


「今日の指令はなんだろなぁ」


食器の下に隠れている小さなメモ紙を手の内で開き、中身を読む。






「—————は?」


『お前は今日から第二王子の側仕えだ』


第二王子ってあれだよな、人知らずの。


何回か見たことはあるが、なぜか毎回こちらを見ている感情に気が付き振り向くと殿下だった、みたいな。


「何かあるのかねぇ」


俺の能力は周囲にいる人に向けられる感情も察知できる。我ながら護衛として優秀だから、こういう機会が来ることはわかっていた。ただなぜ3人の王子の中で、王位継承最下位の第二王子のなのだろうか。


「……………ま、別に良いか」


欠伸をするフリをしながら、口前まで運んだ紙切れを胃の中に流し込む。


金が稼げればどうでも良い、それに………




あの人のやつは、あまり嫌な視線じゃ無い。

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