第25話 秋の日はつるべ落とし
もう夏は過ぎた。次第に涼しい時間が増え、寒さすら感じるようになる。
秋の日はつるべ落とし。
先ほどまで明るかったのに、あっという間に暗闇が近づいてくる。
まだ、夕飯時だというのに。
「ふふ、お久しぶりかな。小鳥遊童子さん。」
「――なぜわたくしの名前を」
「だって全なる私は全能――ではないけど。全知ではあるから」
「――あなたは」
「全なる私は多鍵永剥。世界を混乱に陥れた罪びととして今は全能を失った堕ちたただの人。だよ。」
車いすに座った少女がそこにいる。
地面まで届こうかと言う長い髪に、みすぼらしいボロ布をまとった、それでもなお美しい少女がそこにいる。
そして彼女の後ろに、一人、お嬢様のような金髪ドリルのツインテールに似つかわしくない、メイド服を着ている女がいた。
どこかで見たことのある人だった。
「あなたは――」
「……今の
名は、
かつてシン日本を滅ぼすべく暗躍していたアンチ・マキナ団の女。
全能の人……多鍵さんを利用としてなんか逆にやられてトランプに封印されていた人。今メイドさんになっていたんだ。
あの人は、後ろから見ていたからよく知らないが――
少なくとも、全能大戦を戦い、全能を嫌うその一人ではなかったか。
それが、今となっては――
「……そっとしていて、下さいな」
こちらを、じっと見ている。
それは、慈愛を込めたまなざし。
だが、どこか、足が震えている。
彼女が車いすを引いて、多鍵永剥がこちらに近づいてくる。
「何をしに来たのですか?」
「単に、夜の散歩をしてたら偶然、会っただけだよ。」
……本当だろうか。
「最近涼しくなってきたしね。」
それはそうだけど。
「ふふ、少し、話を聞かせてくれない、かな?」
「何の……ですか?」
「貴方の、悩んでる事。その解決方法を、教えてあげてもいいよ?」
わたくしの、悩んでいる事。
その、答え。
「全能であるという事は、全知でもあるという事。知らない事、知りたくない事、その全てが手に入れられるの。すごいと思わない?」
「わたくしの悩みの答えも、でしょうか」
「うん。なんなら貴方の過ごしてきた過去から未来まで、貴方の望む夢をかなえる生き方、全ての答えを教えてもいいけれども。」
「それは……別にいらないですわ」
「そう。じゃあ、ちょっと思いだす手伝いをしてあげる。教えてくれる?」
……まあ、その位なら。
ちょっと、誰かに話したい気分でしたし。
「わたくしの中に……魔物がいるんです」
「魔物。」
「ステータスをリセットしたら、知らないスキルを覚えていて。まるで既に覚えていたスキルを覚え直すかのように、すぐに覚えられて。……この力は、どこから来たんでしょうか」
「どこから来たか……まあ、色々考えられるよね。他の人の記憶を混ぜられたとか、前世がそうだったとか。」
「それを解く鍵は……過去にあるとおもうんです」
「うん過去ね。どんな過去?」
わたくしの知らない力がある。いつ覚えたの?
それは、多分、かすかにしか覚えていない記憶の中にある。
忘れてしまった記憶の中に――
「まあ、多鍵さんからしたらよく聞いたことある話だと思うんですけど、わたくし、別の世界からきました」
「うん、良くある話だね。全なる私を倒しに来る人って、そういう特別な人が多いから」
「……まあ、こっちの世界に来たのは5歳の頃だから、全然覚えておりませんけれども」
「うんうん。それで?」
「あまり、覚えてないのですけれども、暗い、部屋の中に閉じ込められていたと思います。
悪い人に、体をいじくられて、まるで、胸が空っぽになったような気がしていて。
このままだと、わたくし、死ぬなっておもっていたのです。怖くて、辛くて、胸が張り裂けそうで……
……そこに、壁をぶち壊して、助けてくれたのが――華維さんでした」
わたくしの、原初の思い出。
追い求めて来た全て。
そして、未来を示す人。
「……そして?」
「まあそこからは大したことはありません。シン日本に来て、児童養護施設でシスターさんに育ててもらって……それだけです」
そう、語り終えた。
ただの思い出話で、短すぎて、何もヒントは隠れていないような気がするけど。
「うーん、ありきたりだね。」
「……そうですか」
わたくしの原点をそう言い切られてしまうと、困るのですけれども。
まあ、長生きしていろんな話を聞いてる人だとそういう事になるのかもしれない。
「この辺りは、わたくしも思い出が微かで。華維さんに聞いても知らないって言っておりまして。だから、多分何か忘れてしまったものがあるとしたらこの辺りで……」
「じゃあ、その話を聞いてちょっと気になった事、いくつか言ってあげよっか。」
「……はい」
彼女はかわいらしく笑いながら、でもその表情を崩さず、言い始める。
「一つ。あなたの中には魔物の才能が眠っている。それを仕込んだのはいつ? どこで? 誰が? どんな? なぜ?」
「そう……ですね、それが一番の」
「でも、これはどうでもいい所」
急に無表情になり、そう切り捨てた。
「――え?」
「元からそういう才能があった。異世界転移した時に手に入れた、そういうチートスキルという事でも説明がつく。」
「……でも、知らないうちに覚えていたスキルとか……」
「それは、元からそのスキルをすぐ覚えられる才能があったとか、なかったけど思い出したとか、それでもいい。だから、大事なのはそこじゃない。大事なのはあなたが目をそらし続けている所。」
彼女ははっきりと、言った。
「あなたはスズキケイに助けられてから、突然、異世界からシン日本にワープしている。なぜ?」
――。
「それは……華維さんが……」
「スズキケイがシン日本の存在を知ったのはごく最近。だから、彼ではない。じゃあ、誰が?」
「……シン日本から、外交官が来て連れてきて」
「それなら、スズキケイに外交官が接触をしていたはず」
だれが? どうやって?
なぜわたくしは、シン日本にいる?
「でも、シスターさんは、異世界から転移者をよく保護してあげるって……」
「そう、よくある事。でも、シン日本は島国で、外から隔離されていて、容易に来ることはできない。」
時系列の事は考えないようにしていた。元々全能大戦の当りは時系列が無茶苦茶と聞いていたから。
おそらく華維さんが覚えてないのは、昔過ぎたからだと思っていた。
それじゃあ、わたくしが助けられたのは大昔。でも、わたくしは20かそこらしか生きていない。
「誰かが何かの目的で、このシン日本に人を送り込んでいる。どうやって?」
頭の中が、真っ白になる。
急に、考えがまとまらなくなる。
何か、嫌なことに気づいてしまいそうな。そんな気がして。
わたくしの失った記憶は華維さんに助けられる前にあったと思っていたけれども。
本当は――その先?
「……ありがとうございます。少しだけ前に進んだ気がします」
話を切り上げようとする。
今すぐにでも、ここから逃げ出したくて。
結局のところわたくしは。
たどりつきそうな真実から、目をそらし続けたかった。
「貴重な話ありがとうございます。でも、わたくしの過去は、自分の手で見つけ出します。申し訳ありませんが――」
「
……。
?
「5歳のころこの世界に召喚。
【組織】に心臓を奪われ、魔物の力を移植する実験体にさせられようとしていた。
だが、スズキケイに助けられ、その心臓を治してもらう。
その後――共に協力して国家を転覆するべく暗躍する【組織】を追うべくスズキケイの相棒になる。
元々わがままな性格だったが、過酷な環境下でそれを押しとどめていた。
そこをある少女、セナ・ウィラとであい仲良くなり、少しずつ本来の自分を出せるようになっていた。
そして長き戦いの末【組織】を打倒し、セナ・ウィラと共に小さな喫茶店を開いている――」
それは知らない人間の物語。いや、設定の様な。
でも、華維さんが出て来た。
「答えはね。
紗城華維に助けられたその瞬間を切り取り、
鷹柁萌の【コピー人間】。
それが、貴方。」
そう。
彼女は。
答えだけを端的に述べた。
――鷹柁、萌。
「誰?」
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