第24話 平穏
全てがめんどくさくなり、しばらくソファーで横になっていた。
「キー」
夕暮れ過ぎ。次第に太陽は落ち始めている。
リビングの天井を、トライホークが飛んでいる。
災害級倒してまあまあ感謝されつつも、色んな始末書やらの面倒な手続きを乗り越えようやく訪れた平穏である。
何も面白くなかったので細かい所は割愛。しばらく休みたくもなるものだ。
ホークは一通り手当を行ったものの、長年積み重ねて来た古傷に加え、違法増設された強力なスキルと強力なデメリットを抱えていた。
もはや原型をとどめておらず、存在を維持できていたのが奇跡だったともいえよう。
呪いの塊と化してもおかしくなかった。それでも名前をとどめていたのは、ホークの強靭さゆえか。
それすらも失っていた場合、俺はホークをホークだと気づけていただろうか……
そしてもはや、俺が覚えていた時の姿に戻すことは不可能だと思われた。
という訳で一旦ステータスを全リセットすることで解決した。
強さもリセットされたが、そんなもの後付けでどうにかなる。生きてさえいればどうにでもなる。
そして軽くレベルを上げて100にはした。これでシン日本の中では余裕で戦えるであろう。
大事なのは、かつての友と再会し、再び共に生きる事が出来るということである。
「キー」
「おーよしよし」
ちゃんと声を出せるようにもなった。
意志を受け取れぬほどささくれだっていた心も穏やかになった。
再びミニオンとして契約し、また一緒に空を飛べるようになったのだ。
「キー?」
ぼさっとだらけている俺の前で、何かを催促するかのように翼をばさばさと羽ばたかせる。働けと?
「しばらくゆっくりしてようぜ、お前も疲れただろう」
「キー」
肩に降り立ち、体を寄せてくる。
背をなでると三つの頭のうち、一つはリラックスした様子をみて、一つは恥ずかしそうにそっぽを向き、一つは嬉しそうに催促をしてくる。
トライホークは鷹……じゃなくてホークと言われる動物……魔物の一種であり、凶暴で人を襲う事もあるがその分人との関係を築くと忠実と言われる。
要は人を怖がらない訳だ。
その結果、主に依存し離れなくなり、主以外の人間には凶暴になる。
ホークも変わらない。俺から離れていた時どれだけの悲しみを背負っていたことか。
その挙句に災害になり果ててしまったというのは、その本能に従ったゆえだろう。
だがもうそれも全て終わった。あとはもうその本能は俺と共にいる事だけに使えばいい。
このまま、ずっと……
「何で学校にこないんですかー!!!」
その時ステラちゃんが扉をバーンと開いて入ってきた。
「キー!」
翼を広げて威嚇する。
「大丈夫だ、敵じゃねえ」
「キー」
「私は突然現れた話の通じない怪物かなにかですかー!?」
久しぶりのステラちゃんだ。騒がしい子だ。好ましさすら感じる。
まるで日常の象徴が帰ってきたような……
「まあいいじゃん、ちょっとくらい」
「だからって何日来てないんですかー!!! 忙しかったのは知ってますけどいつまでお休み気分なんですか!?!?!?」
「……何日?」
「一週間ですよ一週間!!! 本当に日常を過ごす気があるんですか!?!?!? 日常は何もせず休んでいる事じゃないんですよ!!! 果たすべき義務はあるんですよ!!!」
とは言ってもなあ。一仕事終えた後だし。
もう、何回人生が終わるほどの年月を過ごしたことか。
そろそろ休んでもいいじゃないかと何度思った事か。
「……なんというかなあ、疲れたんだよ」
「疲れた、ですか」
「災害級のあとしまつで色々やった反動ってのもあるが……その分報酬ももらったし、しばらく働かなくていいからお休みをだな」
「学校は仕事じゃないですよ」
「満足したんだよ、もう」
「満足……?」
「キー」
ステラちゃんも童子さんも、皆、一通り強くなるのを見た。
桜ともホークとも再会できた。他のメンバーもそのうち出会える日が来るのだろうか……あと柾と円。あと誰かいたような……まあいいや。
あとは惰性だ。皆が強くなっていくのを眺めながら、いろんな人と再会しながら、色んな事件に巻き込まれながら、日常を過ごせばいい。
「あとはゆっくり、ゆっくり皆を少しずつ鍛えてあげて気長に強くなるのを見守ってあげれば……それも、時間かかるしな」
「いややる事終わった風な雰囲気だしてますけど、学校は明日も明後日もありますからね??? 日常は終わらないんですよ」
ド正論だ。
「そうか、そうかもな……」
「まあ今日は仕方ないですけど、明日こそ学校に……」
「キー」
「はいはい、分かりましたよっと」
これからも、日常を進む。
再び、日常が破壊される、その日まで。
「ん?」
スマートフォンが揺れる。
電話だ。
「マサキか……あちらから電話かけてくるとは珍しいな」
『分かったわよ』
「何が?」
***
なんなのでしょう。
わたくしの奥にある、この力は。
戦いの中で覚えた――いや、思い出したこのスキル。
糸を操り、糸を張り、糸を紡ぐ……
このスキルは、相当な応用まで進んでいる。まるで、もう既に研削を繰り返した石のように。
知らないけれども、知っている力。
一度スキル発現した結果、わたくしは分かるようになってしまった。
まるで、忘れていたものを思い出すかのように――
まるで、違う誰かの通った後を進んでいるかのように。
「わたくしの中にいるのは――誰なのですか?」
「教えてあげよっか?」
「え?」
振り返る。
「あなたは……」
そこにいたのは、車いすに乗った一人の少女。
それはそれはとても美しく美麗さすら感じる――あの時の少女。
「全なる私はね。もう全能ではないけれども。」
彼女は言う。
「全知では、あるかもしれないよ?」
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