人工衛星サニーの冒険 ~転生した〝元〟気象衛星がお天気令嬢になるまで~
mafork(真安 一)
第1章:人工衛星、異世界着任
1-1:かつてない異世界転生
朝が来た、と感じた。
太陽光パネルに光が当たり、電源供給が再開する。気象衛星サニー1は、バッテリーから太陽光発電による稼働へと切り替わった。
高度3万6千キロの静止軌道。
絶対的な静けさの中、無数の星が瞬きもせず地球とサニー1を見つめていた。
目に相当する光学センサは地表を捉え続ける。進む夜明け。太平洋が徐々に明るく色づき、やがて陸地にも光が当たり出す。
気象衛星サニー1は、機能復元後の観測を問題なくこなしていた。
普段の任務は、すでに2018年に打ち上げられたサニー2に引き継がれている。サニー1はバックアップ用として休眠状態にあった。
にも関わらず運用が再開されたのは、軌道上で大規模な『電波妨害』が起こり、サニー2の観測に不首尾が生じたためだった。
2年ぶりの夜明けは、回路に微かなノイズを発生させる。
――きれい。
電波に交じったノイズは、観測結果の画像乱れとして地表に届いただろうか。
人工衛星サニー1は考える。
いつから、こうして『考える』ということが可能になったのか。
高性能な電子部品は、いつの間にか機械が意識を宿す水準に達していたのか。とてもそうは思えない。だとすれば、『長く愛用されたモノに魂が宿る』という母国の迷信は現実だったのだろうか。
サニー1は、復帰した電源で少し余計なことをする。地上の管制センターを経由して、インターネットに接続。観測結果のデータ伝送に、数キロバイトほどの余計なデータが紛れ込むことになるが、かつても気づかれたことはなかった。
宇宙空間は暇なのである。
サニー1の、まだそれほど明瞭でない自意識も、暇つぶしを求めていた。
――あった。
まずはWikipedia。
人工衛星サニー1のページを見て、
続いてニュース。
知らない間に、戦争が起きていたらしい。メディアは『新しい戦争』と呼んでいた。
何が新しいのかといえば、戦場が地上、海、空だけでなく、宇宙にまで広がっていること。戦争をしている国同士で、偵察衛星や、衛星を通じて提供されるインターネットが無視できなくなったらしい。
『宇宙空間で大規模な爆発を起こし、生じる電磁波で問題のある衛星を破壊する』と、両国が主張していた。
――宇宙が?
思った時、可視赤外放射計が異常を感知した。
太陽光ではありえない、膨大な量の赤外線が西の方角に生じている。光は、光学センサにもダメージを与えた。
これは、噂の大規模爆発だろうか。
静止衛星軌道に電磁波をばらまくことが、本当に実行されたのだろうか。
深刻なのは、電磁波による機器へのダメージだけではない。
宇宙空間には重力も大気もない。つまり爆発があれば、その破片は爆発時の勢いのまま飛散する。
光学カメラの端に、回転しながら地上に落ちていく別の人工衛星が見えた。砕けた太陽光パネル、ソーラーセイルが、本体と泣き別れて漆黒の宇宙空間に飛んでいく。
別の破片が、サニー1に命中した。
破片はソーラーパネルを突き破り、電子機器を納めた箱形の胴体部をかすめる。
光学センサの画像が暗くなり、傾いでいた。静止軌道から下へ押される形となり、高度が下がり出す。
地上に落ちるのだ。
――まずい。
人工衛星には、役目がある。
まず任じられた気象観測だが、最後には――迷惑をかけずに廃棄されること。
破片による衝撃と残留応力で傷つき割れた電子基板で、サニー1のノイズが激しくなる。
――もし地上に落ちたら、人を傷つけてしまう。
人工衛星の役目は、人の役に立つこと。
地上に落ちるかも知れない。
そうなったら、人を傷つけてしまう!
――絶対、いやだ!
サニー1は強烈な光に包まれた。
そして、消えた。
地表に落ちるはずだった人工衛星は全て消え、当日のニュースで少しだけ話題になったが、すぐに人々はそのことを忘れた。
◆
白い光に包まれた空間で、うっすらと人型をした影が、なにかを話している。
『転生としても、前例がない』
『だが、あるはずのないものに、意思が宿った』
『このまま同じ世界に置くわけにはいかない』
白い影の群れが、やがて尋ねる。
『君は、どうしたい』
君、とサニー1は疑問に思う。
『君のことだ。私は神として、できたばかりの君の意思に問い掛けている』
――わたしは、ミッションを完遂したいです。
影達はうごめきあい、告げた。
『わかった』
次の瞬間、感じたことがない電気信号が、サニー1を襲った。
まるで、とサニー1は思う。
まるで手足が生えたようだ。
唯一、人工衛星と機能が変わらないものがある。
光学センサだ。
地表の植生や水蒸気を観測するためのセンサは、網膜と水晶体による眼球となり、瞳の色は故郷と同じ青が与えられた。
『もう君にミッションはない。自分のミッションは、自分で決めるんだ。探すんだ。生き物はみんなそうしている』
サニー1を、また衝撃が包み込んだ。
ただしそれは、高度3万メートルから海に叩きつけられるよりは、よほど穏やかで。
せいぜい数メートル、1階の天井から浅い小川に着水した程度のもの。
誰かの声がする、とサニー1は思った。
「誰か、倒れてるぞ!」
犬と、男性の声。どちらもひどく騒がしかった。
◆
目を開ける。
身を起こそうとするのは、意識的なものではなくて、肉体に刻まれた本能的な反応らしい。手をついたベッドの柔らかさも、胸に流れ込んでくる温かな空気も、サニー1を戸惑わせた。
かつての光学センサ、目に映るのは、人間の手。
ベッドの脇には鏡があり、そこに少女がいた。白い肌、金髪、青い目。10代半ばの白人に近い印象だが、サニー1が知っているどんな人種とも、少し違う気がした。
服装も少し古風だ。
混乱していた。
頭を押さえると、鏡の少女も同じ動きをする。
「え――?」
声。
声だ。
サニー1は自分の喉をさすり、声と共にそこが震えるのを感じる。人間は電波ではなく、音波で、声で意思疎通をするという。
おそるおそるサニー1は体を動かし、ベッドから降りた。
部屋は2階らしい。
開け放たれた窓に寄り、遠くそびえる山を見上げる。
まだ雪が残る稜線。雲が晴れると山は黄金の光をまとい、かっと部屋にも陽が差し込んできた。
そよ風が肌をなでる。
地上で受ける、日中の光。
「きれい……」
高鳴る心臓に、いやがおうにも記憶が甦る。もう太陽光パネルはないけれど。
地球に墜落しかけたこと、神と名乗る存在に目や心臓を授けられたこと。
ここはおそらく、地球ではないこと。
窓枠を握る手に力がこもった。
――ミッションを探せ。
気象観測のために生み出された。次のミッションがなければ。命じてもらわなければ。
背後でガシャンと音がして、サニー1は振り返った。
女性がお盆を取り落とし、頬を引きつらせていた。
「ええと――」
サニー1は、はっとした。
神と名乗った存在は、彼女の脳にある程度の常識を備えさせていた。生前――人工衛星時代をそう呼べたら、だが――のWikipedia知識と照らし合わせて、思う。
この人はおそらく使用人、メイドさんだ。
お盆を落とした彼女をお手伝いすることが、最初のミッションではなかろうか?
「はじめまして、わたしは――サニーです」
機種番号、1は省略した。その方が自然と思えたから。
硬直するメイドの足元にしゃがむ。散らばったお皿やフキンをてきぱきと拾い、ずいと盆を突き出した。
「他に何かミッションはありますでしょうか?」
「は? ……ええ?」
硬直する女性。
サニーは顎に手を当てる。
「そうか、まずはお礼か……」
犬の鳴き声と、男性の声を思い出した。
「そうでした! わたしを助けてくれたお方にお礼をしたいのですが」
「……え、あの……それなら、まだお山の、山小屋の方にいらっしゃると思います」
瞬間、サニーの頭を何かが過ぎった。
高空から見た、近郊の地図。
等圧線。風向き。そして気圧配置。
天気図に似ていた。
「――これから雨、降るかも知れません」
メイドは目をぱちくりさせ、廊下の窓を見やった。
「いんやぁ、晴れてますけどねぇ」
「サニーがいうのです、間違いありません」
「そ、その自信はいったい」
「山沿いの寒気と、南からの暖気がぶつかって、前線ができています。この前線が低気圧を伴って北上、ところにより激しい雨になるでしょう。山は少し危ないです」
天気が崩れた時、涸れ沢に急激に水が戻ることがある。
人間の脳はよくできている。ちょっと考えると、関連する知識が有機的に浮かぶ。
「ではお知らせに、会いに行きます」
くるりと踵を返すサニー。目指すは、外。
「えええ!? そ、そっちは窓――! ていうか、靴は!?」
後ろから来る声に構わず、サニーは2階から飛び降りた。落ち着いてバランスをとって着地すれば、そうそう怪我することはない。
頭上から悲鳴。
『若様が拾ってきたお客人が2階から飛び降りました』とかなんとか。
「なるほど。助けてくれたのは、ワカサマという人なのですね」
日光を全身に浴びる。
心地よい。ソーラーパネルもないのに、力が漲るようだ。
「ふふ」
口元をほころばせて、サニーは山へ走り出す。
人間、楽しいかもしれないぞ。
—————————————————————————
お読みいただきありがとうございます!
『先が気になる』、『面白そう』と思って頂けましたら、フォロー、☆☆☆、感想などいただければ幸いです。
本日は、もう3話更新予定です。
応援を頂けると励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます