フクシュウ狂ヒ

あがつま ゆい

第1話 オレを逮捕してくれ

「頼む、オレを逮捕して少年院に入れてくれ!」


 午後3時半。これから学生が帰宅するであろう時間帯に、下校途中と思われる男子高校生が警察署へとやって来た。

 逮捕され、少年院に入りたい。そんなおかしな願望を持ちながら。


「ふーむ……『真田加まだか 瀬史琉せしる』君ねぇ。瀬史琉せしる君、逮捕されたいってどういう意味かな?」


 冬服を着込んだ警察官が「逮捕されたい」という願望を持った青年と話をする。

 青年は今すぐ国民的アイドルになれそうな美貌びぼうの持ち主だったが、その端正な顔立ちが台無しになるようなゲドゲドの顔をしながら語りだした。




「オレは、中学校にいた頃……いじめをやってました」


 瀬史琉せしるの罪の告白が始まる。まずは3年生の10月の話だ。




◇◇◇



 クラスの男子生徒がわめきながら教室を出ようとする。

 だが出入り口にはスタンガンを持った瀬史琉せしるの恋人である大愛だいあや、彼女と瀬史琉せしる部下サイドキックスが立ちはだかり、それをさせない。


「トイレ行かせてくれよ!」

「しょうがねえだろ『黒鵜くろう限定のトイレ禁止令』が公布されたんだから! オレはそれに従ってるだけさ、文句があるなら公布した奴に言えよな。学校が終わるまで我慢しろよ」

「まだ2時限目が終わったばかりだろ! そんなの無理……」


 もちろん公布元は瀬史琉せしるであるが、彼は責任回避のために当たり前のように嘘をつく。黒鵜くろうの肛門はもう限界を超えていた。いくら我慢しなくてはいけない、と分かってはいるが本能はそれを配慮しない。自分ではこらえているはずなのに漏れだした。




 ブリブリブリブリュブリュリュブリュドブァ




 下着のトランクスに尻穴から出た何か生温かくて柔らかい物体。それが自重でトランクスの股をすり抜け、制服のズボンを通り抜けて上履きの上にドサっと降って来た。同時にクラス内に黒鵜くろうを中心とした不快な異臭が漏れだした。


「ギャハハハハハ!! オイ黒鵜くろう! 何だお前『妖怪クソ漏らし』だったのか!? 中学生にもなって『おもらし』なんて恥ずかしくないのかよ!?」

「テメェのせいじゃねえか!」

「うるせえな瀬史琉せしるに近づくんじゃねーよ『妖怪クソ漏らし』が!」


 大愛だいあはスタンガンを黒鵜くろう相手に使った。




 この「相手を教室内で脱糞させた」いじめを皮切りに、彼が犯した罪の自白は1時間も続いた。

 1時間持つほど多彩な内容にして、かつその全てが悪辣あくらつ極まる内容だった。



◇◇◇




 全ての罪を白状した後、瀬史琉せしるは「人類最後の希望」と言わんばかりに縋りつくように警察官に頼み込んだ。


「こんなオレって悪人ですよね!? 逮捕されてもおかしくないですよね!? だから逮捕してくれ! もうアイツが追ってこれない場所は少年院の中ぐらいしか無いんですよ!

 だから頼む! オレを逮捕してくれ! 逮捕して少年院に入れてくれ! お願いします……お願いします……」


 彼は大粒の涙をボロボロとこぼしながら警察官にそう訴えた。


「分かった分かった。確か瀬史琉せしる君とか言ったな? 自首、って事で良いかな?」


 彼は泣きながらコクリ、とうなづいた。




 警察に「いじめをやっていた」という罪の裏付けをとるために拘留こうりゅうという形で警察にその身柄を1日だけ預けられた瀬史琉せしる、その顔には大きな、そう「実に大きな安堵」があった。

 当然、警察に自首して罪を白状する人間にとって、普通の感情ではない。

 全ての罪を洗いざらい吐いた後、彼は警官に今後の自分はどうなるか? を尋ねた。


「……で、どれくらいの判決になりそうですか? 警察だからある程度の予測とかできますよね?」


 少年院送りを望んだ彼の「願い」は粉々に砕かれる。


「!? 無罪だと!? そんな! オレはいじめをやったんだぞ!? それも3年間もだ! それが無罪だって!? あり得ないですよそれ!」

「実を言うと被害者と連絡がついて、彼と話をしたんだが「いじめられたことは一切ない」って言って、君の言ってる事は全部否定したんだよ。

 だからいじめられた相手がいじめを認めずに否定している以上、君を罪に問うことは出来ないんだ」




 連絡がついた被害者から事情を聞いた結果「いじめは無かった」と本人がかたくなにいじめられた事を否定したため、無罪が妥当だろう。という判断だった。

「被害者」がいない以上は事件が起きようもないし、ましてや裁かれようがない。彼のリクエストである「少年院送り」は夢のまた夢だ。


「確か瀬史琉せしる君と言ったね? 誰かに追われてるような気がするんだけど何かあったんですか?」

「……いじめた相手が仕返しにやって来てるんだ。アイツに何言っても聞きやしない! もうどこかに逃げるしかないけどもう考えられる場所が少年院ぐらいしかないんだよ! だから逮捕してくれよ! 頼むから……あああああ!!」


 瀬史琉せしるは狂乱しかけながら再び大粒の涙をボロボロと流しながら訴える。だが警察も法の下でしか動けないし、動いてはいけない。

 彼の願いを聞いてリクエスト通りに少年院送りにできるものは誰もいなかった。




 瀬史琉せしるが犯した罪、正確には彼とその恋人、加えて彼らの父親が犯した罪は「人権を踏みにじる」なんていう言葉でも「あまりにも」ぬるすぎるものだった。

「集団レイプされて産まれた、誰が本当の父親なのかも分からない子供」であるクラスメートを3年間いじめ抜いた結果、相手が復讐の鬼と化しその罪の代償を払っている途中だった。


 彼はそいつから逃げ出したかった。だが相手は法律、特に少年法でガッチリと守られている上に、自分たちに復讐するためなら何もかもを差し出す覚悟を決めており、止める術が一切なかった。

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