飯!メシ!めし!
鴻上ヒロ
第1話:ソーライス
ソーライス。平皿に平たく盛り付けたライスに、ただソースをかけるだけの飯。ソースは中濃じゃなく、ましてやお好み焼きソースやとんかつソース、焼きそばソースでもない。
ウスターソース。
ただ、それだけの飯。
はじめて知ったのは、姉さんの養父さんの話から。昔、阪急百貨店の大食堂でライスを頼み、卓上のウスターソースをかけて食べるのが流行ったらしい。
そもそも、阪急百貨店食堂ではライスカリーにウスターソースをだばだばとかけて食べる人が多かった。これは、関西人あるあるだろう。カレーにウスターソースは鉄板であり、香り付け程度にかけてもよし、ダバダバかけてもよし。
関西人にとって、ウスターソースは身近な友人のような存在だ。カレーは国民食だ。
そのライスカリーにウスターソースをかける文化から派生してソーライスが生まれたのだというのは、後に調べてから知ったことである。『美味しんぼ』にソーライスのエピソードがあるのも、後で知った。
だいたい、飯を食うのにそんな知識など無用である。飯は絵画やクラシックと違い、文化背景を知らずとも万人が平等に楽しめるところが素晴らしいのであって、阪急食堂から生まれただの、昭和恐慌の煽りを受けてライスカリーから派生しただの書いたところで仕方がないのだ。
僕にとってのソーライスは、養父さんとの思い出の味であり、貧乏の味である。
養父さんの、「騙されたと思って食ってみ」と、ソーライスを食べさせてくれたときのニタニタとした顔が、今も脳裏に張り付いている。その顔をたまに思い出しては、「ソーライスが食いたい」という気分にさせられるのだ。
一人暮らしをしていた頃は、よく食べていた。米はあるけど金がないということが多く、野草を採取して生活していたのだが、仕事が忙しくなると野草を採取している暇などない。
ウスターソースには野菜のうまみが溶け出しているから、実質野菜なのではないかと空腹故の意味のわからない思考に至り、よく食べていた。
味は、少なくとも、美味とは言えないだろう。
ただ、ウマイのだ。
ツヤツヤとした白米に、冒涜なまでにかかったウスターソース。シャバシャバとした液体状のソースをかけたために、米の下にソースが溜まる。その溜まったところに、まだソースをまとっていないままのピュアな白米を混ぜ込み、色がまばらになったところを口に放り込む。
その瞬間に感じるスパイシーさと、数々の旨味、米の甘さ。「あれ? ソースって、こんなに色々な味がしたんだ」と、ウスターソースを改めて評価したい気持ちに駆られる。
かけるのは、カゴメソース。あるいは、オリバーソース。理由は関西人だからだ。それ以外には要らない。スパイスの配合バランス? 野菜のうまみが強い? そんなもの知ったことか。
一番馴染みのあるウスターソースで食うのが、一番ウマイんだ。仮に僕が関東の人間なら、恐らくブルドッグと書いたことだろう。
今でも、たまに食いたくなり、食う。同居人には気でも狂ったのかというような怪訝な目で見られている気がするが、気にせず貪り食う。
飯なんて、そんなもんでいい。
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