1話「アニマンガー学院入学……!?」

 高層こうそうビルが軒並のきなみ建ち、入り乱れる人海が交通していく都市。大阪駅付近だからか行き交う人も雪崩のようだ。

 賑やかで騒がしいが決して無法地帯ではなく、平和そのものだ。



 人々の流れに沿って歩く短身痩躯たんしんそうくの青年。短い銀髪、身軽なTシャツ、そして首をおおうマフラーは両端がフワフワ浮いていた。理屈は聞かないでくれ。


 ともかく今まで親の元、師匠の元で暮らしていたが、ようやく一人立ちすべき上京してきた。

 師匠に言われるままに入学する事になったが、心配性か不安に駆られていた。が、同時に新しいイベントへの期待感もまたあった。


 オレも……、師匠のような偉大な『創作士クリエイター』になるんだぞ!!

 この入学を第一歩として、天の高みまで翔け抜けるんだぞ!!


 引き締めるように真剣な目を見せた。キリッ!



「エレナッ!!」


 トタタタ走ってくる音が聞こえて、叫ぶ声が飛んでくる。

 反射的に振り向くと、ドンと衝撃を受けて尻餅をついてしまう。いてて……。


「ったぁ~~」


 なんと目の前でオレと同様に尻餅をついている女性がいた。

 額が広く見える桃色の髪の毛のベリーショートにポニーテール。いくつかバッジを付けたTシャツにデニムという軽快なファッション。スタイルも良く、胸が目立つように大きい。

 思わずドキッとする。


「あんた誰ッ!!」

「オ……オレは城路ジョウジナッセだぞ」


 ムッとしている感じの巨乳美女にそう返す。するとパッと明るくなってすぐさま立ち上がる。それに続くようにオレもゆっくり立ち上がる。

 なんか嬉しそうに頬を赤く染めてニッコニコしているのが気になる。


「ナッセちゃんねー。あたしは桃園ももぞのエレナ! よろ……」


 唐突に横からズビシッと額にチョップを入れられるエレナ。はう!

 なんと横槍を入れたのは黒髪の姫カットで制服を着込んだ麗しい美女だった。こちらを見るなり、しばし硬直して端麗な顔の白い頬にピンクが差してきた。ポッ!


 見つめ合っていると、心が落ち着くような愛おしさを感じる……。



 彼女はハッと気を取り直して、恥じらいがちに目を背けて「あ、す、すみませんでした。エレナは一人で突っ走りやすいので……」と頭をペコペコ下げてくる。


「いや……、そちらこそ」


 するとエレナが不満げに頬をぷくーと膨らませていく。


「ジャマミ~! 運命の出会いを邪魔しないでよッ!」

「ヤマミ! ヤ・マ・ミ!! ったく初対面の男にそれはないでしょう」


 うわぁ……、いかにも生徒会長っぽいキャラだなぞ。

 相当な美人だけど、とっつきにくいっていうか高嶺たかねはなっていうか……。

 なんかこちらを見るなり頬を赤く染めてる気がする。


 気のせいだったのか素っ気なくフイッとエレナに振り返る。


「待ち合わせでスミレさんが待ってるから、寄り道厳禁!」

「えぇ~~!」


 生徒会長さんは、こちらにペコリと会釈えしゃくする。エレナは「また会おうねー!! 運命の人ー!」っと元気よくバイバイと手を振る。


 そう言われカアッと顔が火照ほてってしまう。

 ドキドキと胸の高鳴りが止まらない。美女に絡まれる事など珍しいので慣れない。

 生徒会長さんもかなり美人だし、もし好意を持たれたら幸せだろうなぞ。


 ……ってしょっぱなから浮き足立ってどーすんだ! オレェ!!



 するとどこからかしずくしたたり落ちる音がした瞬間、地面を黒い円が瞬間的に拡大。あっという間に景色全てを別の世界に入れ替わった。

 混濁こんだくした黒い空。廃墟はいきょのようにヒビ割れ汚れた建造物。あれほどあふれ返ってた人々が一人残らず忽然こつぜんと消えた。



 いくつか、殺意を感じて気を引き締める。


「『刻印エンチャント』発動!!」


 右の手の甲に五芒星を思わせる、円で囲む星型マークの『刻印エンチャント』が青白く淡い光を放って浮かび上がる。

 それだけでも、染み渡るように全身に力が漲る。見た目こそ不変だが、まるで筋肉質の大男になっていく気分がした。



 地面から這い出る複数の黒い影は徐々に形を定め、異形の怪物になった。

 それぞれゼリーの饅頭まんじゅうのような形状で、一つ目。されど牙を剥く大口がクパァと開けられ、恐怖をそそらせる。

「ぐるあああああああ!!!」

 獰猛どうもう咆哮ほうこうつんざく。


 ゲームで例えると黒い円はエンカウントみたいなもので、出くわした怪物は雑魚のスライムってとこかぞ。


 ぐるる、唸り声と共にスライムはよだれを垂れ流す。こちらを包囲していたスライムはグルグルと周回し始めた。

 高速回転に達したスライムの円陣に対して、腰を低くして構える。


 獰猛に牙を剥いて、スライムどもは絶えず四方八方からビュンビュン飛び交ってくるが、

「よっ! ふっ! たっ!」

 軽やかに身をひるがえし続け、これらを全てかわしきる。


 常人なら回避は難しいだろうが、『刻印エンチャント』発動中は身体能力が飛躍的にアップする。

 筋肉はもちろん、動体視力も思考能力も含まれる。それにより周囲の動きがゆっくり見えるようになる。

 その代わりエネルギーを消耗し続けるが、大した問題じゃない。


 やや強めのスライム種だが、まだ楽勝だ。さっさと片付けるぞ!!


 ふところから、短めの杖を取り出す。銀色で先端には赤い宝石が嵌め込まれている。まるで刃の無い柄のようにも見える形状だ。


 手の甲の『星』印が輝くと、杖の先端の宝石に吸収されるように星型をした光礫ひかりつぶてが集合、長身の剣へとかたどった。


「行くぞ!! 星光の剣スターライトセイバーッ!!」


 戦意を漲らせて、光の剣を振るう。

 切っ先から砂のような光礫ひかりつぶてを撒き散らし、曲線の軌跡を描いてスライムを上下に裂く。

「ぎっ」

 裂かれたスライムはボシュンと霧散むさんして掻き消えた。


「おおおおッ!!!」

 たたみ掛けるように、俊敏しゅんびんに剣を振るい幾重いくえの軌跡を描きながら次々とスライムを斬り裂いていった。

 ボボボボシュン、それらは虚空へ霧散していった。


 視界のすみで、一匹が素早く遠くへと逃げ去ろうとするのが見えた。いや……、



「きゃ~~~~ッ!!!」


 誰とも知らぬ女性を食わんと、スライムが牙剥き出しの口を開けて飛び掛かる所だった。


 そうはさせないッ!!


 感情を昂ぶらせ、そのスライムを鋭く見据えた。

 それに呼応するように、大きな星マークを囲む円に小さな星型が一つ生まれる。

 まるで惑星を伴う太陽系のような紋様もんようなんだぞ。

「ふっ!」

 目にも留まらぬ俊足しゅんそくで数十メートルもの距離を詰め、短くした光の刃で通り過ぎるように斬り裂いた。

 最後のスライムは散り散りと霧散むさん


 鋭い視線を落ち着かせるように「ふう」と、一息をつく。

 灯っていた『刻印エンチャント』は薄っすらと消えていった。



「もう大丈夫だ!! 全部片付けたぞ!」


 安心してか、へたり込む女。

 金髪のおかっぱ。大きい胸の膨らみが目立つ橙色だいだいいろのワンピースで年頃の女子だ。高校生もしくは自分と同年代かぞ?


 ドキッ! そんな可愛い顔で見つめられると、不覚にも心が……!



「あ、ありがとう…………」

「怪我はないようだし、大丈夫だなぞ。立てるか?」

「ち、ちょっと腰が……」


 まだ震えている。よく見れば女の手元近くの地面に片手斧が転がっていた。応戦しようとしてたがビビって取り落としのだろう。実戦経験はない……?


 とりあえず手を貸して女を立ち上がらせた。柔らかくて温かい……。



「い、今の……なんなの!? あのスライム新種じゃなかった……?」

「う、うん。新種増えてるなぞ」

「やっぱかぁ…………」


 このエンカウント現象は世界のどこにでも発生するものらしい。


 師匠の元から離れ、上京するまでにも何度か遭遇そうぐうした。バスや電車に乗ってる時も、ホテルに泊まってる時も、一人暮らしのマンション探しの時も、度々起きていた。

 今回が初めて人を巻き込んだが、基本的に自分だけエンカウントしていた。



「……最近、行方不明増えてるっぽいし何が起きてるのかなぞ?」

「やっぱり知らない?」

「こっちが聞きたいくらいだぞ」


 前々から突然神隠しに遭う人がいて、それは少なくない数だった。

 代わりに新種のモンスターがどんどん出てくるけど、その因果関係は不明だ。


「やっぱりエンカウントのせいで行方不明多いんじゃないの?」

「いや『創作士クリエイター』じゃないとエンカウント起きないし、それと関係ない人の行方不明の説明もつかないぞ」

「あ、そっか……」


 途端とたんに周りの殺伐さつばつした風景は収縮して黒い円が点へと引っ込むと消えた。



 周りはいつもの通りの喧騒けんそうで満ちた都会に戻っていた。人々は何事もなかったかのように入り乱れて交通し続けていた。

 まるでエンカウントすると、その間だけ時間が止まっているかのように見える。


 これについて、まだ理屈が分からない事も多い。



「さ、帰った方がいいぞ。女の子を巻き込みたくない」

「えー! これから学院通うのに~~!」

 泣きっ面の彼女に思わず見開く。


 まさか……、同じ入学生……だとぞ!? いや、同じ学院とは限らないはず……!?



 喧騒けんそう続く道路を通り、曲がり、しばらく歩んでいた足を止める。同時に彼女も足を止めた。

 建ち並ぶビルの中の一つの小さなビルを見上げ、日差しをまぶしがるように目を細めた。



「……ここがアニマンガー学院かぞ!?」


「うん! あたしは小野寺オノデラリョーコ。同じ入学生同士よろしくね」

 にっこり笑顔で、オレの手を両手で包容するようにして握手に持ち込んだ。その不意にドキッと胸が高鳴った。


 じ、女子から握らっ……!?



 眩しいリョーコの笑顔と、暖かくて柔らかい握手に、女性への免疫がないオレは早くもテンパったのだぞ……。


「あたしね! 鈍重で役立たずの烙印らくいんを押された『戦士ファイター』を、斧女子として世界に普及ふきゅうさせたいの!」

 目を輝かせて夢を語る彼女リョーコに、オレはわずかに見開く。

 しばしして微笑む。


 高い夢を目指す者同士として、オレも燃えてきたぞ……。


「あなたは?」

「オレは城路ジョウジナッセ!! 『剣士セイバー』として、師匠である魔女クッキーのような、世界に誇れる創作士クリエイターになりたいんだぞ!!」


 共に目を輝かせ、同じく自分の掲げる『大きな夢』を追うものとして共感した。


 ガッチリと二人の握手に力が篭った!!



 さぁ、これから輝ける理想を、夢を、未来を、オレ達は叶えていくんだ!!




 二〇〇九年四月一日──。大阪アニマンガー学院入学当日──。

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