【第一部】オレはワクワクできるファンタジー世界へ行きたい! ナッセの奇想天外な大冒険!

ターバン

1章 アニマンガー学院入学期編

プロローグ!

 見慣れた工場では機器とコンベアが稼働し、振動音が響いてくる。

 同じ作業服を着た無個性の社員が各々の役割を背負って、黙々と作業を続けていた。


「お前はクビだ! 来月から来なくていい」

「え……!?」


 冷たく突き放すような仏頂面の上司。そして周りの冷淡な社員。……ねぎらいの言葉すらない。

 この事を数少ない友達に携帯で愚痴ったらバカにされてブロックされた。見捨てられたようだ……。

 血の気を引き、視界が遠のいていくように錯覚した。



 重い足取りでトボトボ夜道を歩く。惨めすぎて涙が溢れる。

 友達はおろか恋人も仕事もないないの尽くし。もはや将来に明るい夢を見い出せない……。


 その瞬間、視界の横から白光ライトが飛び込む────……。


 ドゴンッ!!




 気付いたら、真っ暗闇の世界で一人突っ立っていた。

 足元を見れば、方眼線が地平線にまで敷き詰められた透明な床……。


 この世とは思えない奇妙な場所だ。


「ここは……?」

量子りょうし世界せかいだよ。時間や空間による制限がかからない特異な世界。キミには初めてかな?》


 脳に響く声に、キョロキョロ見渡すと、暗闇の空を流れ星が一つ弧を描いて、こちらへ急旋回して飛び込んでくる。

 パッと視界に眩しく溢れ、思わず目を瞑る。


 徐々に目を開いていくと、目の前に神々しく光輪を纏う銀の鍵が浮いていた。


「この鍵は……?」


 ってか、異世界転生の定番なら女神様じゃないのかぞ?



《おいおい、失礼だなぁ》

「えっ!? 心読まれた!?」

《ふっふっふ、キミと縁があって繋がったのさ。喜べー、異世界転生どころか、もっと凄い事できるぞー?》


 ……ってかコイツ、神様? 心読めるとか嫌だなぁ。

 でももういいよ。散々な目にあって、それどころじゃないし……。



《紹介が遅れたね。私は『運命うんめいかぎ』。どんな運命も変えられる可能性を持った神器さ。キミはどんな運命を望みたい?》


 そう言われて、沈んだ気持ちのままうつむいてしばし考える。


 現実、さっきまで単調な仕事ばかりの夢のない勤務を続けていて辞めさせられた。更に追い討ちと数少ない友達に見捨てられた。

 正直言ってこの夢が覚めても、お先真っ暗だ…………。


《夢じゃないってば! ……信じてないなぁ》


 これまで妄想してきたファンタジー世界が脳裏を走る。

 癒される瑞々みずみずしい自然。各地で様々な風習や文化を持つ町。心を許せる頼れる仲間。そして自分に好意を持ってくれる可愛い美少女ヒロイン……。

 それは退屈で夢のない空虚な日常に打ちひしがれる事なく、子供の頃のようなワクワク感が持てるような夢のある異世界。


 もし実現できるなら────────……!

 グッと込み上げるわずかな気力。鍵を見据え、口を開く。


 また裏切られるかもしれない。けど────!



「オ、オレはワクワクできるような異世界へ行きたい! できるか!?」

《イエーッス! 了解したー》


 軽っ!?

 言うが早いか、鍵はオレの胸元に先っぽを挿し込んできた。まるで水面に触れたかのように波紋が広がり、深く埋めてくる。そしてガチャリとなにか開く音がした。


 すると唐突に暗転し、気付けば床に巨大な時計が現れていた。針の代わりに鍵が一本と、放射状に囲むように等間隔で並ぶ時字インデックスまで現れていた。

 そんな奇妙な光景に、思わず言葉を失う。


「な、なに……これ……!?」


 やがて鍵はチッチッチと反時計回りに刻み始め、それは次第に加速していく。すると時字インデックス螺旋らせん階段のように下へと続き、鍵もぐるぐると追いかけていく。それにともない周りの風景が下から上へと流れてゆく。



 ……それ以降、これまでやってきた思い出が走馬灯のように流れていく。

 途方もない数の並行世界パラレルワールドを高飛びして、生死を繰り返しながら『異世界へ行ける可能性のある世界』を目指し続けていた。


「繰り返す。オレは何度でも跳躍ジャンプを繰り返す……ぞ!」



 幾度もなく色んな事を体験し続けて望む世界を目指し続けてきた。

 その都度、どうしようもない敵が現れて絶体絶命の危機に陥った時、彼女が現れた。


「はいはい! そこまーでッ!!」


 女の声に振り向くと、残骸の上で人影がマントを揺らしていた。

 頭上にデフォルメのウニウニ尖った髪の毛。民族衣装のような模様を混ぜた漆黒のワンピース。両足には漆黒のオーバーソックス。そして十代とも思える童顔に自信満々の笑み。


「はろぉ──! 私はウニ魔女クッキー!!」


 魔女クッキーは片手を上空へかざし、周囲に光の波紋があちこち浮かぶ。その波紋それぞれからしずくがクッキーの片手へと集まるように吸い寄せられていく。

 ビリビリ、と大気が震え重々しい威圧感がズンと広がった。


「なに……これ……?」


 キン、と赤く輝くウニの宝玉が彼女の掌で浮いていた。

 そいつは三大奥義の一つらしく、想像を絶する破壊力で難なく強敵を葬り去った。

 神々しい光景を背景に、こちらへ向き直ってクッキーは柔らかく笑む。


「改めて自己紹介するわ。私はウニ魔女クッキー。あなたを弟子にしてあげる!」


 これが憧れる事になる師匠クッキーとの初めての出会いだったぞ…………。

 なぜか飛ぶたびに、そこの並行世界パラレルワールドで家庭教師として修行をさせられた。



 そして、オレにも運命の人が現れた。

 放課後、夕空が暖色のグラデーションに染まっている。

 それを眺めながら帰っていると、夕日をバックに一人の女生徒が立っていた。足元から長く伸びた影がこちらの足元に届いている。


「……え? 誰ぞ??」


 もじもじ恥ずかしがる姫カットロング女生徒。チラッと上目遣いでこちらを見る。

 しかし学生特有の未成熟そうな仕草しぐさ可愛い。うっかり見惚みほれそうだぞ。


城路ジョウジくん。わ、私……夕夏ユウカヤマミですっ!」

「あ……、うん」


 立ち並ぶビルの向こうへ沈もうとする夕日。空は紫に濃くなり、やがては漆黒へと染まろうとしている。

 そんな中、二人の影が道路で長く伸びていた。

 目の前に現れた内気な女生徒。ややうつむき気味に口を結び、視線がチラッと上目遣いでこちらへ向けている。

 切り揃えた姫カットロングの黒髪が美しく波打つように風に揺れる。


 思わず惚けるほどに、綺麗な女性だった……。

 意外と積極的な人で並行世界パラレルワールドを渡る時にも、不思議な力でついてきてた。



 それ以降も幾度なく並行世界パラレルワールドを飛び続けていった。だがその代償は軽くなかった。

 とある並行世界パラレルワールドで、オレはそれを知ってしまった。

 荒廃した世界で、とある世界崩壊を食い止めた直後……。


 ドクン!


 途端に自分の何かが胎動する。

 黒い何かが暴れるように溢れてくるのが分かる。まるでオレが引き裂かれそうだ。


「うぐぅッ!!」


 ドクンッ! ドクッドクッドクッ!!


 周囲の大地が地響きを起こしながら隆起していく。ピリピリ大気が震え始める。そして、オレから凄まじい黒い波動が放射状に吹き荒れていく。

 ……なにか衝撃的な出来事だったが、それに助けられてオレはに変わり果てず無事に死ねた。



 ────────万華鏡のように移ろいゆく風景の量子世界りょうしせかい


 ゆっくり目を覚ますと、自分の胸にある黒いコアが黒煙を漏らし続けている。

 心もひどく荒んでて黒いモヤが覆ってる。

 気付けば、師匠クッキーが目の前にいた。その側で『運命の鍵』がおろおろする。鍵も下から黒ずんできている。


「ク、クッキー……?」

「じっとしてて」


 オレは直立状態で浮かされているようだった。


「……黙っててごめんね」


 クッキーは悲しそうな顔をしていた。

 オレの終末は止められない。どうしようもない末期状態……。


「記憶を消すわ。そして次の世界は新しいあなたとして生きてもらう」


 優しく微笑む師匠クッキーの人差し指がオレの額に触れる。

 気休めにしかならないけど、これしか方法はなかったように窺える。だから甘んじて受け入れる事にした。


「おやすみ」

「うん。おやすみ……」


 母に宥められて眠る子のように、ゆっくり闇の中へ目を閉じていく。




 ハッと目が覚めた。

 上半身を起こして見渡すと、マンションの一室が見渡せる。

 契約したばかりで初々しい雰囲気が漂っている。


「なんかすげー長くて重い夢だった気がするぞ……」


 後頭部をかき、ベッドから足を降ろす。

 起きた時に一気に薄れた夢の記憶は、徐々じょじょに残滓を残す事もなく消えてゆく────……。


「今日は……学院へ行くんだったな」


 通学の為に、遠い地元から来阪らいはんしたし、気持ちを切り替えなきゃ!



 それが、あの時から始まったオレの『物語ストーリー』だぞ……。

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