第53話 戦闘(5) 




イマエールは森の奥に向かって夢中で逃げたし始めた。


ミルが狙撃したのか矢が相次いで2本も飛んいったが、残念なこと、1本は外れ、もう1台は木に当たってしまった。


ウズクマルタカはまだ連中の相手をしていた。 だったら、私しかいない。


「逃がすか!」


私はイマエールの後を追いかけて森に飛び込んだ。 森の中はめちゃくちゃに生えて伸びている木々や茂みがたくさん生い茂っていた。 たしかに森の中は走るのに適した場所ではなかった。 木の根はまるでトラップのようにあちこちの地面の上に突き出ており、その地面を覆っている腐った葉っぱは踏み間違えると滑りやすかった。


しかし、イマエールと私は必死に、追いつ追われつ走り続けた。 枝にかすられた頬がズキズキと痛んだが、スピードを落とさなかった。


こちらも、もう弱いだけの日本の高校生ではなかった。 コバフ村にいた時から毎日朝夕で村の周辺を回りながら鍛えた体力のおかげで、私は走り続きながらイマエールを追いかけることができた。


激しい逃走であえぎながら、イマエールが大声で叫んだ。


「いったいどうして、こんなに命がけで戦ってるんだ、てめえは!貴様も!あの警備隊の女も!他所から来た異邦人が何でだ! なんで王国なんかのために必死なんだよ!全部クッソバカ野郎だ!」


「なんであれ、てめえなんかは!てめえのような外道は!死んでも分かるわけがねぇ!」


私も負けず言い返した。あいつには何も負けたくなかった。口けんかさえも。


「王国?そんなもん知るか! 私が戦う理由はな! てめえが触れてはいけないものに触れたからだ!

私が一番守りたい…守らなければいけないのに! それに触れたお前は!」


メイと瀬戸先生、そしてサヤの顔が次々と脳裏に浮かんだ。


「お前だけは許せない! 絶対に!」


木をかき分け、地面を蹴り、岩を踏んで跳躍した。


着地したところに茂っている巨大な古木を回ると、そこにイムマエールは立っていた。


ークァアアア


彼の前に立ちはだかっていたのは、隅田川を思わせるほど広い川だった。 広いだけでなく、轟音を立てているその川の流れは非常に強くて、また速かった。 ここを泳いで渡るのは自殺行為だということが一目でわかった。


イマエールは逃走を諦め、私の方を振り返った。


「おい、ホウジさんよ。」


こちらに振り向いたインマエールの瞳はじっと沈んでいた。今までとは全く違う、低く鈍い声で、イマエールは歯を食いしばって言った。


「最後のチャンスだ、私を行かせてくれ。 死にたくなければ。」


「ふざけるな。おまえは今までおまえが犯した罪を償わなければならない!」


「罪…だと…」


私の怒鳴り声に、インマエールはこれまでのように嘲笑ったり鼻で笑ったりするのではなかった。むしろそうだと思ったかのように腰の裏から二本のダガーを取り出し、逆手に握りしめた。一方の手は首を覆うようにあごの下に置き、もう一方の手は俺に向ける。まるで、ボクシング選手のベーシックガードのような姿勢だ。


「このしれものが! 王国がおまえらにいつまで優しくしてくれると思う!王国という国は、バレンブルク辺境伯は、必要が尽きればいつでも、てめえらを始末するだろう。 あのオークに聞いてみろ。王国が自分たちをどう扱ったか! てめえが私に勝てば、な!」


インマエールは前に差し出した手のダガーで延々と私の前の空間を切り裂いた。まるでボクシングのジャブのように短くて素早く振り回すと、確かにバットみたいに長い武器では相手にしにくい。さすが、戦いの経験というのは無視できるものではなかった。相手のペースに巻き込まれないように私もバットを目の前に構え、やつの牽制に立ち向かって距離を保った。


「貴様が王国を好きだろうが嫌いだろうが私の知ったこっちゃない!だが、他人を、自分より弱い人間を苦しめ、売り渡すてめえみたいなげす野郎は絶対に許さない!」


今度はあごの近くで待機していたダガーが大きく振り回されて、私の急所を狙ってきた。速い!バットの先でなんとか打ち飛ばしたのは、まったくのまぐれだった。下手するとやられるところだった!


「何が悪いんだ! どうせ王国と帝国がいがみ合ってるこの修羅場で、おまえらも俺らも、皆、みじんこのようなもんだ! ドラゴンの争いの最中に踏まれて死ぬ野良犬なんだよ! そんなにむなしく死ぬ世の中なら! その中で強い者が弱い者を食うのが何が悪いんだ!」


うんざりする弱肉強食の理屈。まさかこの世界まで来てまで、あれを聞くとは思わなかった。いや、こんな世界だからこそ堂々と展開できる理屈か。 私たちの世界ではあんな事言ってたら中二病扱いされるだろう。


「私はこの世界のことをまだよく知らないんだけど、一つだけははっきりわかる。間違ってる! おまえのその価値観は、完全に間違っているんだ!」



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