第36話 初任務 (1)
「うぅ...... 頭痛いよ。」
「そんなにワインを飲んだから、頭が痛くなるのも当然だろう。」
「ワイン?私ジュースしか飲んでないよ?」
歓迎会の翌日、朝遅く後片付けをしているうちに気づいたことだが、この世界のジュースはジュースというよりむしろほぼワインのようなものだった。一緒に片付けを手伝ってくれた瀬戸先生が付け加えた。
「瓶の中で発酵が進んでしまったからですよ。」
殺菌技術も密封技術もなく、ただ果汁を適当に瓶に入れただけなので、保管状態や期間によって発酵が勝手に進んでしまったジュース一部は素敵なワインになっていた。もちろん、腐っていなければだけどね。
その中にはとても素晴らしい酢になったのもあった。 そういうボトルは料理に使えると瀬戸先生が言って、別に集めておいた。
「うぅ… 法次が私にお酒を飲ませたんだよ。助けて、 お母さん…」
「おばさんにその言葉が聞かれたら、私は生きたまま屋根に吊られるよ。ふざけないで、あんたも早く手伝えよ。」
「頭痛い……ミルちゃんは?」
沙也はごそごそ自分とミルが覆っていた毛布を(私が覆ってあげた物だ)片付けながら見回した。
「そりゃもうとっくに出て行ったよ。 ミルは別に何ともなく見えたけど?」
「うぅ……」
今朝、朝練を終えて官舎に帰って来たら、ジヌとミルはすでに出勤の準備がととのっていた。急いでついて行こうとした私を止めてジヌは私に『ギルド』に直接向かえと言い残した。
【ギルドはもう少し遅くオープンするから、ゆっくり出てもいいよ。代わりに、この乱雑の片付けを手伝ってくれない?】
ギルド長にはあらかじめホウジのことを言っておくから、とジヌは私がすることを知らせてくれた。 まずは…
ㄹㄹㄹㄹㄹㄹㄹ
「まずは何もしないこと。」
それがギルド長から私に下された最初の指示だった。
「ホウジだと言ったか。 君もギルドに登録されてる身だから分かると思うが、ここはあらゆる連中が集まる所である。 その分、荒い奴も必死になっている人間も多い。
単に力で圧するだけじゃなく、時には押して、時には引っ張ったりしながら扱わねば手に負えない。」
「では、何もするなとおっしゃったのは?」
ジヌがギルド長を通じて伝えてくれたのはバレンブルク市の紋章が刻まれた警備隊専用のレザーメイルだった。そのスロートタブのボタンをかけながら私は尋ねた。
「君はこのギルドが都市の管轄下でちゃんと保護されていることを示している証なんだ。 ほら、ここで見てみろ。」
ビルの3階にあるギルド長室の窓から見下ろすと、そこにはドアが開くことだけを待ちながらうろつく人群れがいた。一様に薄汚い格好でみすぼらしい姿をしていたが、何をしてても暮らしていかなければならないという切迫感だけがそれぞれの目と表情に溢れていた。
「あの人たちはちょうど昨日と今日バレンブルクに入ったばかりの人たちだ。外門で身分が確かな人だけ通してくれたのにそれでもあの人数だ。彼らに力が足りないと思うか?それとも刃を恐れると思うかい?」
「……あの外見から見ると、そうではなさそうですね。」
「そう。彼らが一番恐れるのは、そういう物理的な力ではない。この街からまた追い出されるかも知れないという心理的な不安だ。
だから、ギルドが警備隊の保護下にあるっとはっきりしておけば、あの、君の言う通り、乱暴に見えるあの男たちすらおとなしい羊になるのだ。 問題を起こせば即刻追放だということを知っているから。」
レザーメイルに刻まれた紋章を見下ろした。
今はこの紋章が私のバットよりずっと強いということを実感した。 このメイルを着る私もそしてそんな私が常駐しているギルドも、ちゃんと都市の保護を受けているという意味だから。
[私がバットを持ったどころで、あの下に並んでいる人たちの中でいったい何人を相手できるだろう。]
特に私の二倍くらいの広い肩を熊かイノシシかわからない獣の毛皮のマントで包んだあの茶髪の男。あんな人は、あえて相手にする気にもなれない、っていうか想像もしたくない。
何人かが問題ではなく、あの男一人すら手に負えないと思ったら、本当にチョ総官の言葉通りに今まで私が自分を過大評価していたような気がした。
【君一人が戦力を語るほどの、いわゆるヒーローにでもなるんだと思っているのか、この愚か者が】
昨夜、彼が残した言葉が耳元に残っていた。 もしかしたら彼は、私自身よりも私のことをよく知っているのかもしれない。
「さあ、そろそろドアを開く時間だな。よろしく頼むよ。 ホウジ。」
「はい、ギルド長」
ドアが開き、オープンサインが外に掲げられると同時に、人々はどっと押し寄せてきた。そして1時間も経たないうちに、私はギルド長の言葉の意味を実感することができた。
「おい!俺が先だ!」
「バカ言うな! 私が先に申請書を出したんだよ!」
「何だと?ぶっ殺すぞ、てめぇ!」
ギルドの外でドアが開かれることだけを待ちわびていた男たちは、すでに我慢の限界に達していた。ほんの少しの火種さえあれば、すぐにでも燃え上がる万全の準備が整っていた状態。 ちょっとでも癪に障ると、それが隣の人であろうとギルドの職員であろうと、ぶっつける勢いだった。
「おい!お嬢さん!どうして私の登録を受けられないといんだ!」
「ですから、申し上げた通り、きちんと手記作成されたギルド加入申請書を提出させていただけないと…」
「今、俺のことを連邦民だと馬鹿にしているのか! 連邦民が王国文字など知ってるわけねぇだろう、この野郎! 何度も同じこと言わせたら殺す… おい、どこを見てん… あ。」
あ、さっき3階から見えたいただ茶髪の男だ。
すぐにでも刺してしまいそうな勢いでギルド職員に怒っていた男は、職員がちらりと眺める視線の先にいる私を、正確には私のレザーメイルを見て、ゆっくりと頭を下げた。巨大な野牛やヒグマみたいに怒りに満ちいて上がっていた肩が萎んで垂れ下がる姿から、私は目を離せなかった。
「どうか、その…申請書というやらを書くのを手伝ってくれ…… くれませんか?」
「見ての通り、忙しいんです。今どれくらい待機列が並んでると思いますか!」
一瞬で立場が逆転された…いや、忘れていた本来の立場を自覚してしまった男は、空っぽの申請用紙だけ手にしたまま退くしかなかった。 そうやってぼとぼと歩いてきた男と、私は目が合ってしまった。
「しまった! 見つめすぎたかな?」
見なければよかったのかもしれない。慌てて他のところに目を逸らしたが、一瞬映った男の悲しい瞳がずっと目に焼き付いていた。
「あの…」
何か話しかけようとした男は、すぐにまた頭を下げて私の前を通り過ぎた。
くそっ!私はこんな状況が大嫌いなんだよ!
「そこ、ちょっと待ってよ!」
「……どうしたんだ…ですか。」
わー、近くで見るともっと大きい。
頭一つは高いところから筋肉の塊が見下ろしてくるその迫力に、私は一瞬息が詰まった。 しかし私に呼ばれた男は、また別の意味で戸惑ったようだった。
「いや、あの… さっきはあのお嬢さんを脅かそうとしたわけじゃなくて…いや、その、なんていうか、私がちょっと腹が立ってつい…」
どうやら男は自分が大声を出したせいで警備隊員(私のことだ)に呼ばれたと思っているようだった。洞窟の中で響いてるようなその声は、落ち込んでながらも私の鼓膜を鳴らし続けた。
「ねえ、おっさん。それでなくてもあんなに声が物凄いんだから、こそこそ言っても全部聞こえてるんですよ。」
「す、すまん。」
「ちょっとこっちに来てよ。」
「い、いや。だからといって、私が捕まるほど悪いことをしたわけじゃ…」
「ああ、いいからこっち来なさいって。このおっさん、もう。」
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