第30話 その言葉は (3)
「ふむ、そうなんですか。日本人の方だったんですね。これは失礼しました。
私もてっきりそちらの方々が韓国人だと思ってつい…」
自分を「イム・ジンウ」と名乗のった彼は、なんと、意外にも韓国の人だった。 がっかりしなかったと言ったらそれは嘘だろう。しかし日本人ではないとしても、この世界に転移して初めて出会った元の世界の人であることに変わりはない。
「わ…私、ほ、本当にありがとうございます! 助けてもらって! そしてここでこうして会えてうれしい… いや、まず私、私は…」
「あぁ、ちょっと待ってください。そんなに早口だと私が全部聞き取れません。」
慌ててめちゃくちゃに話し続ける私の言葉をジンウは手を上げて落ち着かせた。幸いに彼は日本語が話せたが、そこまで上出来ではないようだった。
王国語は日本語に聞こえるこの世界で、なぜ韓国語と日本語は通じないのだろう。
「しばらく、ちょっとだけ考えさせてください。」
私を落ち着かせたジンウは、手をあごに当ててしばらく考えぬいていた。 彼にとってもこの状況があまりにも予想外で整理が必要なように見えた。
ジンウは一見、慎重で真面目そうな顔をしていた。考えてみればコバフのオルソンと似ているかんじだけど、濃い目つきのせいかジンウの方がもうちょっと強い印象だった。
まず、ポンチョのように羽織った濃い緑色のローブの上でもすぐ分かるほど丈夫だった。 背も高かったが、それより肩幅が広くてよく鍛えられた感じがするしっかりした体つきだった。
「法次、大丈夫?」
「足原君、とりあえず早く手当からしましょう。」
いつの間にか近づいてきた沙也と瀬戸先生が、チラとジンウのことを気にしながら、私にヒーリングを施した。わき腹を殴られたこと以外は大きな傷がなかったけどズキズキとした痛みがヒーリング特有の温かさと共に消えていくのが感じられた。
慎重に腰をあちこちかがめてみた。やっぱりすっきりしている。
視線を感じてジンウの方を見ると、彼は瀬戸先生のヒーリングを不思議そうに見つめていた。何か聞きたいことがあるけど我慢しているような顔をしている。
「ところで、あのお方は……?」
「日本の…方なの…?」
「いいえ、先生。 韓国人だとおっしゃいました。」
「韓国人!?」
沙也の目が光った。
そういえば、しばらく忘れていたんだけど、アイドルファンであるあいつはK-POPだけでなくドラマも隈なく視聴してたっけ。
多分簡単な韓国語もできたのかな。
「あの…」
「うん?ああ、お連れの方のようですね。 お怪我はありませんか?」
「はい。私は双美沙也と申します。
短い韓国語だったが、沙也のお礼にジンウは驚いたようだったけどすぐ穏やかに笑った。
「どういたしまして、双美さん。大丈夫そうで何よりです。私はイム・ジンウと申します、発音しやすいようにジヌと呼んでください。」
「私は瀬戸日奈と申します。 この子たちの先生を務めています。 助けてくださって私からも感謝いたします。」
「瀬戸先生ですね。よろしくお願いします。」
ジヌはしばらく言葉を止めて考えた後、また話を続けた。
「さっき、ホウジ君を治したあれは、もしかして魔法なんでしょうか? 」
「魔法というか、何て言えばいいのか私もよくわからないんです。 この世界に入ってきてからできた力ですので。」
「なるほど、治癒…一応魔法としておきましょう。 治癒魔法は私も初めて見ましたね。」
意外とジヌの顔は大したことを見ているようではなかった。まるで、レストランのメニューを見て、『ここでスパゲッティも売っているんですね』というような言い方だった。
「それは、他の魔法は見たことがあるということですか?」
「ええ、この都市でも......」
「
その時、私たちの後ろから…いや、正確には上の方からある女性の声が聞こえてきた。深い山奥の泉のように清く、澄んで、そしてとても冷たくて一度聞いたら忘れられないような美しい声だった。
そしてジヌと同じように、彼女の言葉は韓国語だった。
「
「ああ、
私たちが振り向いた先には、一人の女性がちょうど着地した姿勢から体を起こしていた。
いったいどこから飛び降りたんだろう? まさかあのビルの上から? 少なくとも3階以上はなりそうだけど?
その女性は、乱れた前髪を手でざっとかきあげた。 黒檀のようなつややかで長いストレートの髪が踊るようにひらひらと肩の上にそっと舞い降りる姿を私は見とれていた。
「うわぁ。」
ポンチョのような
たが、武装は違った。
片手にはショートボウが、腰には矢筒があった。 さっきごろつきたちを狙撃したのは、ほかならぬこの女性のようだった。 弓を持たない手には手袋と
年は沙也や私と同じくらいかな。いつか牧場で見た競走馬を思い起こさせるほど、すらりとして、しっかりとしで、バランスもよく取られてい体型だった。
そして何よりも…
「綺麗……」
沙也は思わず歓声を出したが、私は声すら出せなかった。本当に同じ人類なのか疑いたくなるような清らかで上品な美貌。
弓を持って飛び回る絶世の美少女とは、まるでファンタジー小説に出てきそうなエルフが現れたらこんな感じなのだろうか。
残念ながら耳は人並みだったけどな。
「妹のミルです。なぜだかここまで一緒に流れてしまったんです。」
「皆さんのお話しはあの上までも大体聞こえました。日本人の方々のようですね。私はミルです。どうぞよろしくお願いいたします。」
ジヌよりずっときれいな日本語だった。 韓国人は元々みんな日本語が上手なのかな?
私たちが何か答える前に、ミルは素早く言葉を続けた。
「とりあえず、もう少しきちんとした場所でお話を続けましょう。お互いに言いたいことが多いと思います。 交換する情報もあるでしょうし。 私も皆さんに会えて嬉しいですが、ここは会話にふさわしい場所ではなさそうです。」
ミルの言葉に、私たちは皆顔を見合わせた。
その言葉の通り、数分前まで誘拐、殴り合い、そして殺害の危機まであった場所に長くいたくはなかった。それに時間が経つにつれて少しずつ沈んでいく夕焼けすら、この場所では血の色を思い出させた。
「そうですね、行き先が別にないのでしたらとりあえず、私たちの住処に一緒に行きましょう。そこなら落ち着いて話が出来そうです。」
私たちはミル、そしてジヌと向き合った。
「まず、皆さんお風呂に入る必要がありそうですね。」
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