第29話 その言葉は (2)
後ろから瀬戸先生がせっぱつまって引き止める叫びが聞こえた。だが、私にはこれ以上の手が思いつかなかった。
もし気を失っても、せめてバットだけは奪われないように両手でぎゅっと握りしめた。
歯を食いしばって、地面を蹴っ飛ばそうとする瞬間だった。
- ポキッ!
まるで巨大なコルクを引き抜くような音が空き地に響き渡った。まるで巨大なコルクを引き抜くような音が空き地に響き渡った。 同時に、ダガーを持っていた短い金髪の与太者が胸を包み込んで後ろに飛ばされた。
「え?」
奴はまるで目に見えない馬にでも蹴られたように倒れ、起き上がれなくなった。
続いて…
- ポキッ!
今度はナイフを持っていた巨漢が、ハンマーで頭を打たれたかのように突然よろめきながら前に倒れた。地面の上に横になったでかい体は何度かうごめいてすぐ動きを止めた。
「矢?」
巨漢の横には一本の矢が転がっていた。 そうだ。『ごろごろしていた。』
刺さったんじゃなくて?
その矢の形は非常に変わっていた。
長い矢体と尾羽は私が知っている矢と違わなかったが、尖った矢じりがあるべきところにあるのは、つぶれたキノコのような形の小さい鉄の塊だっだ。
さっきの金髪も今の巨漢もこの矢に打たれて倒れたようだった。
「あの矢は…」
矢の形を見て、イマエールは『チッ』と舌打ちした。 あれが何だか知ってるようだ。
「うっ!」
「くあっ!」
与太者たちは慌てふためいて周りを見回した。だが、一人、そしてまた一人、悲鳴を上げて倒れていった。 そしてそのたびに地面を転がる矢の数が増えていった。どうやらこっちを狙ってはないようで私は用心深く立ち上がった。
先ほど角材で私を殴った酔っ払いが、建物の屋上を睨みつけぶるぶる震えていた。しかし、矢は全く違う方向から飛んできて、奴の手に命中した。見っともない悲鳴をあげながら男は角材を落とした。
その隙を逃さず、私は奴の背中をフルスイングで叩きつけた。ウジッ、と骨が折れるような音を立てて男は叫びすら出られずに地面を這った。 さっきの奇襲に対するリベンジじゃないと言えば嘘になるだろう。私は聖人ではない。
頭を殴らなかったのは最低限の手加減だった。こんなくずのせいに殺人者になりたくもなかったし。
さっきまで勢い乗っていたごろつきどもは、訳の分からないの狙撃に怯えて、後ずさりしていた。
- ダダダッ
私たちが来た路地の方から黒い人影が一人こちらに飛び出してきた。それは
私たちを通り過ぎてごろつきたちに突進する彼の動きは力強くて、そして速かった。彼が手に持ったのはおよそ大人の腕の長さくらいの……………シャベル?
「シャベルだと?」
彼の武器を見た瞬間、私は思わず笑ってしまいそうだった。しかしシャベルの刃に乗って流れる不気味な殺気に私は口をつぐむしかなかった。
男は一番近くにいた奴の方に向かって猪突猛進でシャベルを振り回した。 鋭い閃光が空中で走った。
「っくぁぁぁぁ!」
一撃を受けた奴はまるで剣で切られたように太ももから大量の血を噴き出しながら悲鳴を上げた。すでに地面には多くの奴らが倒れ転がっていたが、流血を見た奴らは格が違う動揺を起こした。
「ウアアア!」
「ど、どけ!うわっ!」
ごろつきたちは武器さえ投げ捨てたまま、一斉に逃げ出した。 しかし、私たちを囲めるために誘い込んだ狭い路地は、今やむしろ奴らの逃走を妨げていた。
濃い緑色の服の男が持ったシャベルが空中を切り裂くたびに奴らは倒れた。今回は横殴りされたのか、先のように血を散らすことはなかったが、代わりに鈍い音が鳴るたびに、一人づつ頭や肩を掴んで倒れていった。その中には男を奇襲しようとする勇敢な奴もいたが、さっぱり飛んできた矢が容赦なくそれを倒した。
残り少ない連中だけが、かろうじて路地裏に逃げた。連中のボスのように見えたイマエールはすでに姿を消した後だった。
緑ローブの男はシャベルを両手で広げて握り,用心深く奴らの逃走を後ろから睨みつけた。ごろつきだちが一斉に逃げた空き地には気を失ってる連中だけが転んでいた。大きく息を吐いたのか、男の背中が一回大きく上下に揺れた。
ゆっくり体を起こした男は空中に腕を振り回した。シャベルの奥に溜まっていた血が空中に飛散した。그その姿がまるで時代劇で見た侍に似ていると、私は感じた。 男がこちらに体を向けた。だんだん近づくと、ようやくヘルメットの下にみえる彼の顔がはっきりしてきた。
心臓がバクっとする。
首の後ろが突っ張ってきた。
「日本人?」
この異世界にも黒髪で黒目の人はいくらでもいた。
コバフ村のマイヤーさんも黒髪で黒い目だったし、先ほど我々をここに引きずってきたイマエールもそうだった。しかし、元の世界の白人の中にも黒髪黒目があり、彼らはそのような感じであった。
そして今、私の目の前に立っている男の姿は、明らかに我々と同じ人種であることが分かった。
「あ…あ…」
喉が詰まって言葉が出なかった。
何か月振りに会える、我々以外のう一人の日本人なのだ。少なくともこの見知らぬ世界に私たちだけではないという事実に、私は胸騒ぐ感情を持て余すことができなかった。
死にあたる危機を逃れてホッとした上に、異世界でやっと私たちと同じ立場の同胞に会えたという喜びが重ねて、戦いの間ずっと我慢していた涙が溢れだした。すぐ私の頬がびしょ濡れになったが、それを拭くことさえ考えられなかった。
「うっ…うっ、くっ……」
お礼を言わなきゃいけないのに。
言葉が出ない。
詰まった喉からは無意味なつぶやきだけが出てくる。何かと声を掛けようとした男も、私の頬に流れ落ちる涙を見て言葉を飲み込んだ。 何と言えばいいのか分からない表情で困っていた。
やっと呼吸を整え、必死に言葉を選んで、かろうじて話を切り出そう…
「あ、あの…ありが…」
…とした瞬間、男も声をかけた。
「
その言葉は、日本語ではなかった。
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