第27話 イマエール (2)
バレンブルクは確かにコバフと比較するのができないほど大きな都市ではあった。
コバフ村だったら一周できるほどの距離を歩いてきたようなのに、まだ教会らしい建物は目に付かなかった。
「イマエールさんじゃなかったら、教会を探すのに大変苦労するところでした。」
「だから私が先に声をかけたんです。バレンブルクに来た人が最初に行くところなんか決まってますからね。 ギルドか、教会か、それともトイレか、ハハハ。」
話を聞いてみると、かわいらしい印象とは裏腹に、イマエールはかなり口が荒かった。
冗談のレベルがギリギリで、沙也と瀬戸先生はほとんど口を開かなった。それでイマエールの会話相手は主に私だった。
「ところで、バレンブルクに来る人がそんなに多いんですか?」
「最近になってぐんと増えましたね。 特に帝国との関係が物騒になってからには国境からくる流民が多くなりました。
ご存知のように、バレンブルク州は辺境伯領でここ、バレンブルク市が州都だから、やはりここに来る数が一番多いでしょう。」
「そうなんですか。コバフ村にいた時は全く知りませんでした。」
「知らない方がむしろ幸いです。 思われる以上に流民の旅路は険しいそうですよ。 ここに来る途中でモンスターに追われることは日常茶飯事だし。」
『そりゃついてる家族も多くて荷物もたくさん持っているから、機動性は落ちてるし武装は貧弱だし、いい獲物ですから。』とイムマエールは付け加えた。
「さらに悪いことに、その流民たちが自らモンスターになってしまうのです。意志が弱い人や生活が苦しい人が誘惑に陥ると盗賊の群れとなったりもしますよ。」
「あぁ…」
私はバレンブルクに来る前、強盗団と戦ったことを思い出した。もしかしたら、彼らも一時は流民だったのかもしれない。貧弱な武装と防具、それに比べ極めて凄まじかった彼らの顔を思い出す。
私は忘れたい気持ちで頭を振った。
「?」
「な、何でもありません。」
「とにかく、そんな危険を乗り越えてここまでたどり着いた流民たちも頑張ったんですけど、ここも暮らしが辛いのは同じです。
それで何ヶ何月前だったかな? ギルドもその時に初めて作られたんです、市から。流民が雑用でも冒険でも、何でもいいから自分の手で暮らせるようにするための策です」
「ああ、それでそこにそんなに…」
「それ、見ましたか? あらゆる依頼がいっぱい付いてるじゃないですか。見失った子犬探しからにして、モンスターや盗賊の討伐まで、星の数ほどの依頼があるんですよ。
まあ、流民たちはやることが見つかっていいし、市は市民たちがやりたがらないことを任せられるからいい。 まさに一石二鳥ってことですわね。」
インマエールはケラケラ笑しながら、迷いなく角を曲がって路地に入り込んだ。
路地だと?
話をしながら歩く最中、いつの間にか私たちは暗い路地裏に入っていた。古臭い建物が乱雑に並んでいる間に狭くて曲がりくねった道が続いていた。
『王冠のドラゴン』’を出た時までは大通り沿いだったのに、いつのまにか二人が通り過ぎにくいほど狭くて汚らわしい小道になっていた。
こっちへ向かってくる人ー酔っ払ったのかよろめいていたーを避けて片方の壁に身を寄せなけるしかなかった。壁に真っ黒くなってるシミは何だったのか知ることもできず、知りたくもなかったが、とにかくひどい悪臭を放っていた。
沙也は顔をしかめ、鼻と口を覆った。
「この道で確かですか?」
「ちょっと道が暗いですよね? ご心配なく。私といれば大丈夫ですよ。」
イマエールはまた路地に入り込んだ。すると、広々とした空き地が現れた。やっと少し一息つくことができた。
そんな私を見て、イマエールはにっこり笑った。
「教会があるにはちょっとひっそりとしている街並みですね。」
「はは。こんなところにも神様がいらっしゃるという、とてもとても深い意味があるんだそうで…」
「お待ちください。」
ずうずうしく答えるイマエールの言葉を遮ったのは、なんと、今まで何も言わず黙ってついてきていた瀬戸先生だった。
先生はゆっくりと低い声で力強く尋ねた。
「本当に、神様が、ここに、いらっしゃるんでしょう、か?」
瀬戸先生のいつもの姿を知っている人なら、まったく思いにくい無表情な顔だった。
神の名をむやみに口にしたせいだろうか。 先生の体に宿ったアブサラの力が反応するかのように恐ろしいオーラを放っていた。
それか感じられたか、これまでにこにこしていたイマエールの顔も固まっていった。 彼は背いっぱい笑みを浮かべて見せたが、それは微笑みっていうより、歪みにちかい顔だった。
「わ、私のような無骨者が神学をどう論じるんでしょうか。お偉い方の話を見よう見まねで覚えただけのことです。」
瀬戸先生は鋭い目つきで周りを見渡した。
「どうやら、神様じゃなくて他の方々がいらっしゃるみたいですね。」
イマエールの顔から笑みが完全に消えた。
「先生、引き下がって!」
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