第1章(下)

第25.5話



[カリカリ]


粗い紙の上を羽根ペンが滑る。


「こちらの世界」に来てからももう数ヶ月が過ぎたが、この羽ペンだけは到底慣れるようではない。


数多くの汗滴とそれに劣らず数のインク滴が紙の上を彩っていく。 質の悪い紙のせいでじみがひどくないことが足原あしはら法次ほうじはむしろ何よりだった。


[カリカリ]


名前… 年齢…


筆圧調節に未熟なため、また一滴インクが滲んだ。


絵じゃなくて文字であることがかろうじて分かる程度の悪筆だが、なんとか文字を完成させていく。字を習いたての子供のように法次は力いっぱい握った羽ペンを動かした。


[カリカリ]


性別...... 職業......


書式を作成する際には必ず記入する項目。 しかし、続いて現れる項目は、公文書のそれよりもファンタジーゲームのプロフィールに近い内容であった。


[カリカリ]


スキル… 武装…防御具…戦果…経歴…


しかし、そのような内容を書き下ろす法次の顔は真剣そのものであった。しばらく考え込んだり、時には思いっきり羽ペンを動かしながら、法次はぎっしりと紙を詰めていった。


やがて作成を終えた法次は受付に向かった。


「書き終わりました。」


向かい側の受付係は、紙に書かれた内容を用心深く確認して、慣れた手つきで紙の四隅に拳サイズのスタンプを押した。


バーのカウンターを連想させる厚い木の板が4回鳴った。


「はい。加入申請書、確かにお受け取りいたしました。 アシハラホウジ様。」


受付係は事務的な笑みをにっこりと浮かべた。


「バレンブルクギルドへのご加入、誠におめでとうございます。ホウジ様と同僚の方々。」





ㄹㄹㄹㄹㄹㄹ





法次がギルドのドアを出ると、入口の近くでうろついていた女性の二人が法次を迎えた。


「法次! なんでこんなに遅いのよ。」


「そ、そんなに長くもかからなかったじゃん。」


「かかったわよ。私も先生も特に終わって出ていたもん。」


法次を叱りながら目を輝かせているのは、双美ふたみ沙也さや。法次と同じ年で幼い頃から一緒に育ってきた、いわゆる幼なじみだ。


「お疲れ様でした、足原君。 ちゃんとうまく書いたんですか?」


「はい、瀬戸先生。 ここの、これがギルドの加入証です。」


法次や沙也と同年代にも見えるほどだが、先生と呼ばれた瀬戸せと日奈ひなは、すでに大学まで卒業し、教員採用試験に合格し、高校の先生を務めている才媛である。


法次が差し出したギルドの加入証を見て、日奈は几帳面に内容を読み進めていく。


「うん。間違ったところもなく、上出来です。」


「先生、もう読み終わったの? 早い…さすが先生だね。 王国語の文字にそんなに早く慣れるなんて。」


「双美さんや足原君にはいつも助けてもらうばかりだから…これくらいは役に立ちたいと思って一生懸命勉強しただけですよ。」


沙也の嘆声に顔を赤らめた日奈は恥ずかしがっていた。


「助けばかり受けるなんて。 先生がいてくれて、とても心強いですよ。」


「そうだよ、先生。」


その時、


[ぐうぐうぅぅ]


「……」


「……」


「……あ、あはは。な、何の音なんだろう。あはは…」


顔が真っ赤になった沙也はタイミングよく鳴った腹を抱きしめた。


「じゃあ、まずはランチから食べましょうか?」


「ふふっ、そうですね、双美さん、何か食べたいものはありますか?」


「……お肉!何でもいいからお肉! 赤い肉でも白い肉でもいいから肉!」


どう見ても冒険初心者のらしさを感じさせる3人は、食堂を訪れにぎやかに足を運んだ。


バレンブルク市に来たばっかりのため、すべてが不慣れで新しい彼らは、それで気づかなかった。


ギルドの建物の角で雑談を交わすように何気なく立っていた二人の男の視線を。


「イム隊長に伝えて。 あいつらのことについて」


「はい。」

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