第9話 コバフ (7)


コボルドの襲撃から約一ヶ月が経ち、私はすっかりショックから立ち直っていた。 むしろオルソンについて毎日村の仕事を手伝いながら規則的な生活をしたせいか、コバフ村に来た時よりもっと元気になっていた。


村で育てたオーガニック食材を使った食事を食べて、体を動かす労働をして汗を流す。 一日中溜まった疲れは、むしろ荒れたベッドでもぐっすり眠れるようにしてくれる。


このような生活を1ヶ月以上続けてるから、健康にならないわけがなかった。そして健康になった私を、オルソンは村のあちこち引きずり回しながら仕事をさせた。


私としてはむしろ嬉しいことだ。 やることもなくただお世話になっているだけなら、それは単なる迷惑に過ぎないから。そういうのは私自身が耐えられなかった。


今日は一緒に村の周辺を回りながら古い垣根を修理することにした。地味だけど必ず必要なことでもある。


私たちは壊れた部分に木を重ねたり、緩くなった釘を再び打ちのめしたりしながら雑談を交わした。


司祭プリースト…ですか?」


「そう、この村には教会がないからね。時々バレンブルク市の教会から巡回司祭が来て、コバフのように人里離れた村を訪問してくれるんだ。」


「ところで私たちが司祭に合わなきゃいけない理由があるんでしょうか?」


私は首をかしげた。

そういえば、この国の宗教については知っていることも、聞いたことも全くなかった。っていうか、宗教があるってことも初耳だ。


この一ヶ月間、コバフの人々が祈る姿など一度も見たことがないような気がするけど?


「ああ、あるとも。まずは住民登録の問題がある。


一応君たちがコバフ村に住んでいるから、それが誰であろうと教籍に入る必要がある。そうしてこそ、君たちの身分も公式に認められるようになり、私も君たちをもっと助けることができるよ。それに…」


「それに?」


「教籍に名前がないと少年が結婚したくなった時に困ることになるぞ。」


…そんなつもりないってば!


とにかくこの国、ゼロガム王国には現代日本のような本格的な住民登録のシステムがなかった。代わりにその役割を宗教界が担うことになっているらしい。


事実上、教会がこの国の唯一の宗教で国教ってわけだ。すべての国民は自動的で義務的に教籍に載ることになり、またその教籍をもとに住民の詳細を把握する。


それで税金や徴兵などの行政的な部分も行われられる、というのがオルソンの説明だった。


「もう一つは君たちの出現だよ。」


「私たち…ですか?」


「そう。私たちとしては君たちがなぜどうやってコバフに来られたのか到底分からないんだよな。まあ、田舎の連中同士で考えてもしょうがないけどさ。

だから、大都会の教会から来る賢いさんに聞こうというのが、村の長老たちの考えなんだ。」


これも一通りつじつまが合う説明だった。


この世界への転移は、私たちが知っている科学でも説明できないもっと超自然的な力が作用しているに違いない。何よりもここの人々の言葉を我々が理解できるように変換してくれる力? 魔法? 何なのかは分からないけど、とにかくそのシステムからがミステリーだった。


ならば手当たり次第に、宗教でも何でもいいから手掛かりを探さなければならなかった。


しかも…


「どうしたんだい? ホウジ少年?」


「な、何でもないです。 オルソンさん。 じゃあ、その巡回司祭という方がいらっしゃったら、私たちに会わせてください。」


「ああ、任せておけよ。 俺がうまく言っておくから。」


オルソンは得意げな笑みを浮かべ、再び作業に戻った。私も彼についてせっせと動いたが、そうしながらも、一ヶ月前のことを思い出さざるを得なかった。


コボルドが襲ってきたあの日のことであった。



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