5 再会(1)
*
はじまりは、インスト曲から。
ハイハットの静かな音が、暗闇を打つ。
歌うようなベースラインの上を、ギターの奏でるアルペジオが踊る。
レスポールの深い音が真空管を抜けて、鼓膜へと響く。
フィルターを通した照明がスモークに当たって、妖しげにステージを映し出した。
ミステリアスな
そして、流れるように二曲目へ。
一曲目の残響音に乗せて、静かに
柔らかに、密やかに、語るように。澄んだ歌声が脳髄に染み渡っていく。
徐々に歌声は大きく強くなっていき、そして、一斉に。
音が弾ける。
そこにあるのは確かな熱量。魂の叫び。
気付けば、私の頬は涙に濡れていた。
涙と一緒に、心の中の黒いものが全部流されていく。
最後に、最推しである
――こんなにすぐそばで、masQuerAdesを観ることができるなんて。
修二との関係も清算……もとい、なかったことになったし、推しも近くで観られるし、今のところ幸せしかない。
どうしてタイムリープしたのかは分からないけれど、すり減っていた私の心は、久々に満たされている。それだけは確かだ。
*
masQuerAdesのライブを観に行った次の日。
私の家を、珍しい人が訪ねてきた。高校生の時に仲が良かった友人の一人、
タイムリープ前は、優樹とは卒業と共に疎遠になってしまって、まったく会っていなかった。
卒業までは、みんなで自宅にも何度か遊びに来ていたから、優樹が訪ねてくること自体は不思議ではない。
けれど、一人で訪ねてくるのは、おそらく初めてだった。
「よお、
記憶にあるのと変わらない優樹の姿に、なんだかホッとしてしまう。
あまり意識したことはないけれど、優樹はかなり整った顔立ちをしている。今は高校時代よりも前髪がちょっぴり伸びて、片方の目にかかりそうになっていた。
服装は、ラフなパーカーにジーンズ。相変わらず、ファッションへのこだわりはないらしい。
そんな優樹は、気取ったところのない、明るい男子だ。
わがままでマイペースな朋子と、頑固な面のある修二、意見も言えずに周りに合わせて笑っているだけの私――そんな一見バラバラな私たちと、なぜか優樹は仲良くしてくれていた。
容姿といい性格といい、人気者になってもおかしくなかったと思うのだが、優樹は、目立ちすぎず埋もれもしない絶妙な立ち位置をキープしていた。
彼はクラスの前面に立つようなタイプではなくて、どちらかというと、一歩下がって調和を取るのが好きな人なのだと思う。
「元気元気。優樹は? 学校どう?」
「あー、まあ、ぼちぼち」
「あはは、ぼちぼちって何よ」
優樹は、音楽系の専門学校に通っている。
詳しいことは知らないが、人当たりのいい彼のことだから、なんだかんだでうまいことやっているのだろう。
「で、今日はどうしたの?」
私は優樹にピアノの椅子を勧め、自分はベッドに腰掛けて尋ねる。
「ん……ちょっと聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと? なあに?」
「あのさあ、愛梨――」
優樹はピアノの椅子に腰を下ろすと、無造作に耳の後ろを掻きながら、何気ない口調で尋ねた。
「――最近、何か変わったこととか、あった?」
「…………え?」
――急に冷や水を浴びせられたように、すうっと血の気が引いていく。
なんで突然、そんなことを?
どうして、タイムリープ前には疎遠になっていたはずの、優樹が?
優樹は、何を知っているのだろう……?
しかし、私の反応が予想外だったのか、優樹は目を丸くして、にわかに焦り始めた。
「え? ま、マジで何かあった? いやあの、俺、そういうつもりじゃなくて……、おい、愛梨、大丈夫か……?」
余程私の顔色が悪かったのだろう。
優樹は椅子から立ち上がると、両手を私の肩に置き、心配そうに私の目を覗き込む。
私は優樹から返ってきた反応が予想外だったことと、整った顔立ちが急に目の前に現れたことで、面食らってしまった。
「ち……、近いよ、優樹」
「あっ……!? わ、悪い……!」
私が顔を背けてぼそりと言うと、優樹はようやく気がついたらしい。顔を真っ赤に染めて、私からガバッと距離を取った。
「そ、その……ごめん」
「ううん、いいよ。大丈夫」
申し訳なさそうに小さくなっている優樹を見て、私も何だか気恥ずかしくなってしまう。そのためだろうか、先程の質問に対する動揺も少し落ち着いた。私は改めて優樹に質問を返す。
「それで、何かあったかって……どういう意味? 優樹は、私に何があったか知ってるの?」
「え? 何があったかって……やっぱり、何かあったのか? いや、そうじゃなきゃそんな反応、しないか」
「んん?」
優樹は質問に質問で返した私に対して、さらに質問を返した。
私が疑問符を浮かべていると、優樹も首を傾げる。
「……ちょっと待って。話、噛み合ってなくない?」
「うん、俺もそんな気がする」
「とりあえず、落ち着こっか。飲み物持ってくるから、ちょっと待ってて」
「あ、うん。ごめん」
私はまたピアノの椅子に座る優樹を横目に、一旦部屋を出たのだった。
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