3 タイムリープ(3)



 ――さあ、仮面舞踏会マスカレードがはじまる――


「♪〜♪〜♪〜」


 masQuerAdesマスカレードの曲が、いつの間にかスマホのアラーム音に変わっている。……朝だ。もう、起きる時間らしい。

 私は枕元のスマホに手を伸ばし、音を止めると、再びそれを顔の横に放った。


「ふぁ……」


 私はあくびをして、もう一度目を閉じる。

 なんだか、嫌な夢を見た。修二に騙され、朋子に憎まれて、全てを失ってしまう夢。


「……夢、だったらいいのにな……」


 けれど、瞼の裏には、しっかりと焼きついている。


 朋子に指輪をはめる修二の姿が。

 深い口づけを交わす二人が。

 朋子の蔑むような昏い笑みが。


 あれを全て夢と断ずるには、あの光景はリアルすぎた。

 最後はよく覚えていないが――今こうして家にいるということは、どうにかして帰ってきたのだろう。


「仕事、行きたくないな。休んじゃおうかな……」


 そうだ、それがいい。

 急ぎの仕事もないし、きっと目も腫れているだろうし。それに、一生懸命働いていたから、有給も残っている。


 私は、枕元に放り出したスマホを再び手に取り、メールを開いた。

 しかし。


「……あれ? 会社のメールがない?」


 アドレス帳を見ても、履歴を見ても、会社のメールどころか電話番号も、同僚の連絡先も入っていない。


「なんで? データ消えた?」


 私は少し焦りながら、スマホを操作する。

 とりあえず直近の予定だけでも確認しておこうと、カレンダーを開いた。

 そこには――、


「え? R和元年、五月……?」


 今日の日付が、なぜか三年前のものになっていて、私は目を疑った。

 どうして? スマホがおかしくなったのだろうか?

 今はR和四年の秋だったはずだ。


 私は急いでテレビをつけた。見慣れたニュースキャスターが、画面の中で喋っている。

 髪型を変えたのだろうか、少し若返ったような気がする。


「――では次のニュースです。本日から元号が変わり、R和元年となりました。街では号外が配られ、デパートや商店街では特別セールも――」


「……え? 嘘……」


 何の冗談だろうか。フラッシュの焚かれた中で、総理大臣が、R和と書かれた札を見せながら喋っている。

 三年前に何度も見た映像が、さも最近撮られましたとばかりに、繰り返し再生されていた。

 スマホのニュースアプリを開いても、やはりR和元年のニュースがずらりと並んでいる。


「まだ夢を見てる……わけでもないよね」


 私は自分の頬を思いっきりつねる。いや、普通に痛い。


「夢じゃない……」


 夢でも冗談でもなければ、まさか。


「タイムリープした、とか……?」


 タイムリープなんてラノベみたいな展開、それこそあり得ない。けれど、この状況――手の込んだ悪趣味なイタズラでないなら、そうだとしか思えない。

 もしそうだと仮定すれば、会社関係のアドレスが全て消えているのも、カレンダーの日付が変わっているのにも、納得がいく。


 それに何より――私自身、この仮定が正しいという不思議な直感があった。


「ふう……」


 私は、深呼吸してから、改めて辺りを見回した。

 ここは確かに慣れ親しんだ実家の二階、自分の部屋で間違いない。しかし、置いてある物やレイアウトが、少し……いや、だいぶ変わっている。


 先程はちゃんと見なかったが、スマホのロック画面も、修二とのツーショット写真ではなくなっていた。


 ロック画面の私は、高校の制服を着てカチューシャをつけ、テーマパークのお城を背景にジャンプしている。

 一緒に映っているのは、同じく制服姿の修二と朋子と、もう一人の友人、藤堂優樹とうどうゆうきだ。


 あの頃の私は、修二に恋心……というよりも、ちょっとした憧れのような想いを抱いていた。修二は私にはない、自信に満ちた雰囲気を持っていて、それが魅力的に映ったのだ。

 けれど私には告白する勇気がなくて、そのまま卒業して、一度疎遠になってしまったのである。


 ――修二と朋子は、いつから付き合っていたのだろう。この頃は、仲の良いただの四人組だったはずだ。


 私は再びベッドに寝転がると、そのままカメラロールを開き、写真を見返しはじめた。

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