腹ペコ吸血鬼は恋知らずの巫女を溺愛中
桜月ことは
第1話 憂鬱な日々
もっとがんばらなくちゃ。もっと役に立たなくちゃ。
ここにいても良いと、認めてもらえるように。
こんな自分でも、存在して良いと思ってもらえるように。
存在を否定されるたび、ここにいる意味が分からなくなる。
なぜ、自分は生き残ってしまったのだろう。誰にも望まれてなどいなかったのに。
なんのために、自分は生まれてきてしまったのだろう……。
――生きる価値など、わたしにはないのに。
◇◇◇◇◇
石畳の上を呻きながら進む二体の
闇の中、妖しく光る紅蓮の瞳は、吸血鬼が凶鬼化した証拠。
「グアァッ、チヲヨコセーー!!」
理性を無くし襲いかかってくるのも、凶鬼化した吸血鬼の特徴だ。
こちらに襲い掛かろうとする二体に対し、詩桜は全身全霊を籠めて舞い続けた。
舞う詩桜の身体が閃光すると、その身を中心に空気がうねり、風の波紋が広がる。
頭に付けた大きな蝶々結びの和飾りと、色素の薄い長髪が舞い上がる。身に纏う巫女の正装、緋袴と赤つゆの付いた袖も、風に孕みはためいていた。
やがて舞い終えた詩桜の足元には、先程の険しい表情とは一変、静かに寝息をたて意識を無くした二体の吸血鬼が倒れている。
「ふぅ……」
それを確認した途端、脱力感に襲われた詩桜は、その場にしゃがみ込んだ。
この程度でへばってしまうようでは、また役立たずと言われてしまうのに。
「貴様は、自分の立場を理解しておるのか? 出来損ないの
案の定、お世話になっている日向家の屋敷に戻ってすぐ、ここ
こっそりと屋敷を抜け出したつもりだったのに、ばれていたらしい。
「まったく、
「…………」
辰秋とは村長の孫であり、この屋敷で唯一詩桜を星巫女として扱ってくれくれる存在だ。
「聞いておるのか!!」
耳を塞ぎたくなる程の大声で怒鳴られる。
日向家は、この村で代々村長を務めている家であり、一族に一人、未来を予知する力を持つものが生まれることでも有名だった。
身寄りがなく、幼い頃からこの家でお世話になっている詩桜は、村長に逆らう事ができない。
たとえどんなに理不尽な扱いを受けても。
「勝手をして、申し訳ありませんでした」
口答えをすれば、倍の時間のお説教が返ってくる。だから、抵抗するだけ無駄なのだ。
「顔をあげろ。その謝罪には、もう飽きておるぞ」
言われたとおり静かに顔をあげ、義雄の表情を窺う。
「一体、これで何度目じゃ。貴様が余計なことをして、なにかあれば迷惑を被るのは、誰だと思う? 星巫女の予言を公表したわしなのじゃぞ」
星巫女は先代が力を失うと、新たな者が予言により選出されるのが習わしで、その役目を担っているのがこの日向家なのだ。
「承知してます。でも、星巫女とは本来、自ら魔のものと戦い、妖し風からこの地の民を守ることも仕事のはずです」
「ほぅ、だから凶鬼を夜な夜な清めている自分は、勝手な行動も許されると申すのか。思い上がるな!!」
怒鳴り声に、詩桜はビクッと身を竦めた。
「両親と家を無くした貴様を引き取り、育ててやった恩を忘れたとは言わせぬぞ。それに、もう一つ、大事なことを忘れてはおらぬだろうな。貴様は、正式に選ばれた星巫女ではない。わしが作り上げた、偽りの星巫女じゃということを」
「っ、忘れてなどおりません……」
偽りの星巫女。その言葉は陳腐な罵倒の台詞より、ずっと詩桜の心を深く抉る。
「本来ならば、魔を呼び寄せるおぞましい娘として、始末されるべき者のくせに」
詩桜は下唇を噛み締め、グッとその言葉に絶えた。
なにも言い返せないのは、それが真実だから……。
「ふん、まあいい。もう部屋に戻れ」
いつもならば永遠と説教を聞かされるのだが、今夜の義雄はやけにあっさりと詩桜を解放した。
「失礼いたします」
だが、一礼をし素直に部屋を後にしようとした詩桜の背中に向って……。
「そうそう、明日は大事な話がある。出歩くでないぞ」
村長は含み笑いを浮かべ、そう言ったのだった。
◇◇◇◇◇
「はぁ、また怒られちゃった……なかなか上手くいかないな」
風呂上り部屋の窓から月を見上げ、詩桜は溜息を零す。
星巫女として覚醒できれば、きっと村長たちにも認めてもらえるはず。
そう思い、自分なりに役に立とうと努力しているつもりなのだが、空回りばかりな気がする。
こんな時、いつも慰めてくれるただ一人の存在辰秋は、数日前から屋敷を留守にいており、音沙汰がない。
彼は元々放浪癖のある人で、何年も村を出てったきりだったのが、数か月前ふらりと戻って来たような自由人だ。
もしかしたら、また旅にでも出てしまったのかもしれない。
だったら寂しいなとぼんやり思いながら、詩桜は眠りについた。
次の日、言い渡される村長からの宣告も知らずに……。
「え……」
次の日の夜は、大事な話があると義雄に言われていたので、出掛けず詩桜は、屋敷に待機していた。
そして夕食前に義雄のいる部屋に呼ばれると、そこには見知らぬ少女がおり、義雄から早々に、詩桜はこう言い渡されたのだった。
「もう一度言う。お前はもう用済みじゃ。星巫女候補からも外れてもらう」
最初なにを言われたのか理解できず、ぽかんとしているうちにも、話は進んでゆく。
「この娘の名は、
「ふふ、はじめまして」
ふわふわとした赤茶色の髪を揺らし、陽菜はこちらに向かってお辞儀をしてくる。
「どういうことですか? 新たな予言が?」
星巫女は、日向家の者の預言により選ばれる存在だから、そうなのかと思った。だが義雄は、答えを濁す。
「……それを貴様に教える義務はなかろう。それにこの時のために、星巫女候補である貴様の顔を、公にしてこなかったのじゃ。後は貴様が消えれば、なんの問題もない」
これはもう、村長が決めた決定事項なのだろう。
星巫女として認められるために頑張ってきた努力も、耐えてきた辛抱の日々も、なんの意味もなさなかったようだ。
「星巫女になるに恥じない霊力を持つ陽菜殿ならば、誓い刀にも選ばれよう」
「わたくしが星巫女に選ばれるなんて、光栄です」
「高瀬家の後ろ盾があれば、誰も文句は言えないさ」
目の前が真っ暗になる。
「詩桜、貴様はどう足掻こうと闇の化身」
辰秋に出会うまでの詩桜は、星巫女候補でありながら、ずっとそう呼ばれ幽閉されてきた。
だから元に戻るだけ。そう思ったけれど、現実はもっと残酷で。
「準備が出来次第儀式を行う。魔の化身を粛清する儀式をだ」
星巫女候補という立場を失えば、人の身でありながら、魔のものを引き寄せる詩桜は、始末されるさだめのようだった。
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