第2話 星巫女の座を狙うもの

 次の日、詩桜は義雄の命令により、逃げ出さぬよう見張りを付けられ部屋で過ごした。


 どうせ通っていた高校は春休み中だったので、予定なんてなかったけれど、友人に別れを告げることも許されないのは心残りだ。


 けれど、どこかでこんな日が来るのではないかと覚悟はできていて、詩桜の心は荒むこともなく静かだった。

 辰秋と出会う前は、古びた蔵に幽閉され、いつかくる終わりをずっと待っていたのだから。






 夜になりドアがノックされたので、夕飯を届けにお手伝いさんがやってきたのかと返事をしたが、入って来たのは、新たな星巫女候補に選ばれた陽菜だった。


 塩むすびに湯気のたつ豚汁、卵焼きをお盆に乗せ持ってきてくれたようだ。


「お待たせしました。夕飯の時間ですよ」

「あ……ありがとうございます」


 星巫女候補自ら夕飯を持ってきてくれるとは思っておらず、詩桜は少し戸惑いつつお盆を受け取る。


「村長さんには、星巫女であるわたくしが、わざわざこんなことしなくていいって言われちゃったんですけど。誰もこの部屋には近づきたくなさそうだし、かわいそうだったので」

「そう、ですか……」


 特に彼女と話したいことはない。


 詩桜は俯き、陽菜が出て行ってくれるのを待っていたのだが、彼女はじっとこちらを見ている。一向に部屋を出て行く気配がないので不思議に思い、ちらっと様子を窺ってみると。


「ふふっ」

 なぜか笑われた。それも、あまりいい気持ちのしない笑みだった。


「詩桜さんって、本当に根暗なんですね」

「え?」


「あ、ごめんなさい、つい……お手伝いさんたちが言ってたんです。前の星巫女候補様は、口数も少ないし、気味が悪かったって」

「そう、ですか……」


 自分がよく思われていなかったことは、知っている。内気なこの性格だけではなく、凶鬼を寄せ付けてしまう体質が主に、気味悪がられている原因だということも。


 だから詩桜は、陽菜からの言葉に言い返すつもりもなく、再び俯いてやり過ごそうとした。


「おかげで、次の星巫女が明るい人でよかったって、陽菜がニコニコしてるだけで皆に喜ばれちゃいます。詩桜さんのおかげですね」


 彼女は愛想がよく饒舌で、たしかに自分とは性格が真逆のようだ。


 陽菜は暫く一方的に話し続けていたが、詩桜が思った通りの反応を見せてくれないことに飽きたのか、やがてつまらなそうに立ち上がると。


「あ、そうそう。明日、儀式をするそうですよ。最後の晩餐楽しんでくださいね」


 となんてことないようにそう言い残し、笑顔で去って行ったのだった。


 明日、自分はこの世から始末されるのか。


 詩桜はぼんやりとそう思いながら、塩むすびを頬張った。



◇◇◇◇◇



「ねえ、村長さん。灯真様の到着は、まだなんですか?」


 詩桜に夕食を届けた後、義雄の部屋に向かった陽菜は、開口一番にそれを聞いた。


「ああ、白波瀬家のご子息は、明後日到着予定じゃ。正式に首座と認められた灯真殿を、わしの孫がお迎えに行っておる……それまでに、邪魔者は始末しておかなくてはな」


「そうですか。早く会いたいなぁ」

 陽菜は目を輝かせ、焦がれるような溜息を零す。


「灯真様が守護者の首座に着かれたと聞いた時から、陽菜ずっと星巫女になりたいと思ってて。でもまさか、本当に叶うなんて夢みたいです」


 この国、日ノ本には凶鬼の元となる妖し風から人々を守るため、五芒星の大きな結界が張ってある。


 星巫女と共に、それを守護する役目を与えられた者を『守護者』。その中でもトップの力を認められたものが『首座』だ。


 守護者は各地で結界を守るのに対し、首座は本来星巫女と共にあるもの。


 つまり首座の灯真と、星巫女となる陽菜は、共にあるべき存在となるのだ。


 白波瀬しらはぜ灯真とうまは、守護者五家の中でも、元々権限を強く持っている純血種の吸血鬼一族、白波瀬家の者。


 美しい程に力が強いとされる吸血鬼の中で、灯真の容姿はずば抜けていた。そこからも彼の潜在的な能力の高さが伺える。

 陽菜も人間の身でありながら、吸血鬼の灯真と一度夜会で顔を合わせてからというもの、ずっと憧れていた。しかし、白波瀬家に縁談話を持ち掛けても、袖にされるだけだった。


(でも、星巫女になれば、きっと陽菜を見てくれる。灯真様はかねてより、なぜか自分の妻となるのは、星巫女と公言していたんだもの。これで誰にも文句は言わせない)


 早く明後日にならないかしら、と気持ちがはやる。

 その前に、邪魔者である前任の星巫女候補を、始末しなくてはならないのだけど。


 自分を溺愛している親と、曽祖父に強請り、金を積ませて星巫女の地位を手に入れた。

 口裏を合わせてくれると言う義雄からの条件は、ただ一つ。前任の星巫女を、高瀬家サイドで始末しろとのことだった。


 詩桜は星巫女候補でありながら、凶鬼を引き寄せる厄介者なのだと聞かされたので、良心が痛む事もない。


 自分は悪を退治し、真の星巫女になるべき存在なのだ。


 陽菜は高瀬の一族の中でも、随一の霊力を持ち生まれ、選ばれし娘ともて囃されていた。だから、詩桜より、星巫女として上手くやれる自信もあった。


「わかっているな。明日の夜、失敗は許されぬ」

「ふふっ、もちろんです。陽菜に任せてください」


 陽菜は口元を隠し、薄い笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

腹ペコ吸血鬼は恋知らずの巫女を溺愛中 桜月ことは @s_motiko21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画