カリナ・トラナグルによる祝福改革 ~世界で横行する能力差別解消を掲げる女性のお話~

チャーハン

プロローグ

 その日、世界に「祝福」がもたらされた。


 祝福──それは、スィギという惑星に住む人々に授けられた異能の力。


「作物の収穫量が増えたよ」

「魔物を倒すのがこんなに楽になるなんて」


 人々は祝福を「神の恩恵」と呼び、生活を一層豊かにする糧とした。


 しかし、数年が過ぎると大きく歪に変化する。


「祝福がないから仕事を解雇されました」

「どれだけ実績を積んでも、祝福がないせいで追い出されました」

「祝福を持たないだけで戦場に駆り出され、友人は命を奪われました」


 祝福──本来、人々に幸せをもたらすはずだったそれは、選別と分断を生む道具となり、人々の間に新たな溝を作り出した。


 持つ者は社会的に優位に立つ。持たぬ者は「無能」と見なされる。

 生まれながらに存在価値を選別される、差別の象徴となったのだ。



 王立学院の学長室。重厚な調度品が並ぶそこに、露出を抑えた上品な制服に身を包む少女が眉をひそめていた。


 黒髪は丁寧に整えられて艶やかに輝いており、緑色の瞳をまばたかせている。


「普通学校に通う意味があるとは思えませんが、なぜでしょうか?」


 普通学校、それは王立学院に通う貴族層よりも所得が低い人間が通う学び場である。

 学費が安い分、学習環境も設備環境も、全てが劣っている。


 留学する意味がない。カリナがそう思うのも致し方なかった。

 そんな彼女に、学長は返答をする。

 

「君の知識と技術が優れていることは認めよう。我が学院に飛び級するほどの知性、祝福に依存することのない剣術……そして、君の父上である国王様から受け継いだ風格は、数多の人間を引き付けるだろう」


 学長からの誉め言葉に少しばかり気が緩む。

 が、すぐに我に返り真顔となって質問を返した。


「お褒め頂き光栄ですが、尚更分かりません。他の者は実習先が王立学院と同等の地位ばかりと認識していますが、何故私だけ普通学校へ留学する必要があるのですか? もしかして、祝福を持たないからこのような扱いでよいと考えたのですか?」


 カリナは周りの現状を告げながら、拳を固く握りしめた。

 誰よりも、王になるための努力を果たしてきた。彼女にはその自信があった。


 認められるがために剣を誰よりも振るい。

 友人関係を捨てて、勉学に励み。

 飛び級して進学した王立学院で、輝かしい成績を残した。


 それでも、『祝福』を持たないが故に肉親でさえも存在価値を認められなかった。


「答えてくださいよ、学長。私は……なんのために、行くんですか?」


 彼女の言葉を聞いた男は少しばかり沈黙してから、口を開く。


「私は、上に立つものに必要なのは広い視野だと考える」

「広い……視野?」


 小首を傾げる少女に、学長は続ける。


「今の環境では学問の追求や専門技術、そして、礼儀作法が身につく。上に立って、人々を先導する力を身に着けるなら、最善の環境といえるだろう。しかし、これには穴がある」


「平民たちと生活する環境を一度も体験できないのだ。それは大きな損失だろう。多くの上流は下の人間たちがいるからこそ、国を回せることを忘れてしまう」


「つまり私は、君を差別したいのではない。将来、王として立つ人間になるなら普通学校へ通い周りの環境を知ることが重要と考えたんだ。聡明な君なら、分かるだろう?」


 カリナは目の前の男の言いたいことを理解し、苛立った。

 自分があまりにも情けないこと、その心中を見透かされたこと。

 あまりにも恥ずかしく浅ましい考えに、自分が嫌いになりそうになる。


「分かったようだね。では最後に一つ、忠告しよう」


 学長は微笑みながら、最後にこう言った。


「良い旅を」


 その言葉を最後に、学長は書類仕事へと戻っていく。

 もう、話すことはないと、行動で示されたカリナは「失礼しました」と告げて部屋を出た。


 扉を閉めてから閑散とした廊下を歩き、「……でも、本当に意味があるのかしら」と、不安をこぼしていると廊下を歩いていた数人の生徒たちが嘲笑交じりの声を出す。


「おい、『祝福』のない王女様だぜ」

「才なしのくせに平然としてられるなんて、すごい神経してるよな」

「ちょっと勉強ができて剣が振れるだけで飛び級とか、俺たちがどんだけ苦労してると思ってんだよ。しかも12だぜ。やってらんねぇよな」


 彼らは皆、彼女と異なり祝福を持つだけの、同じ学院所属生徒である。


「おい、反応しろよくそ女!」

「つまんねぇなぁ、祝福なし! おら、来いよ!!」

「(表現規制により割愛)」


 彼女は周りの人間たちの暴言に苛立ちつつも、反応すべきではないと考えた。

 そのまま無視を行い、王立学院の演習場へと向かう。


 数分歩を進めて演習場へ到着すると、賑やかな声があちこちから響く。

 今日も活気だなと彼女が感じていると、


「よぉ、姫さん」


 一人の男が、声をかけてきた。

 筋肉質な体躯、無造作に被った帽子、そして学院の制服を乱れた格好で着こなす男。ケビンと呼ばれるその生徒は、カリナを見るなりニヤリと笑う。


「おやおや、姫さんじゃねえか。どうした、金でも恵みに来たのか?」

「……どうせギャンブルに溶かすでしょうから、恵みませんよ、ケビン」

「ちぇっ、冷てえなぁ。まぁいいけどよ」


 ケビンはひょうひょうとした態度を崩さず椅子に座り直す。この男は学院内でも異質な存在だった。借金癖や不正入学の噂が絶えない、生粋の問題児だ。それでも彼が学院に居続けられるのは、奇妙なほどに高い実力を持っているからだろう。


「なぁ、姫さん。普通学校に通うことになったんだって?」

「……えぇ、そうですけど。何か、言いたいことでも?」

「あぁ、そうだ」


 ケビンは薄い笑みを浮かべる。


「姫さんさ、貴族とかエリートとか、そういう世界しか知らねえだろ。そんな奴が王になったらどうなるか? 分かるよな。そう、愚王まっしぐらだ」


「王になるには、二つの視点がいる。貴族と渡り合う、豪華絢爛なふるまい方。民衆が決して暴動を起こさないように調整する、って視点だ」


「だから、おっさん――いや、学長はお前さんに『普通』を体験させようとしてんじゃねえの? 俺の言いたいこと、わかるだろ」


 カリナは短く息を吐き、練習用の服に着替えながらケビンを睨む。


「……確かに、あの方があなたと同じことを言っていました」

「だろ? 俺って案外賢いだろ。はい、金くれ」

「あげません。ギャンブルに使われるのがオチでしょう」

「たはー! バレバレかぁ。まっ、いいや」


 ケビンは笑いながら、立ち上がる。

 そして、カリナも準備を終え、顔つきが引き締まる。


「さて、始めるか」

「えぇ、望むところです」


 二人は無言のまま演習場へ足を踏み入れる。

 冷たい空気の中、剣の鍔が微かに鳴った。


「いくぜ、姫さん」

「――来なさい」


 剣が一閃し、稽古が始まった。周囲の雑音は、二人の耳にはもはや届かない。


 ケビンは短い言葉とともに、一歩踏み込んだ。踏み込む音がカリナの耳を打つや否や、彼の剣が目にも止まらぬ速さで振り下ろされる。鋭い切っ先が一瞬でカリナの間合いに迫った。


 カリナはその動きに冷静に反応した。細めた目で剣筋を見極めると、剣を持つ手をわずかに動かし、その軌道を最小限の動きでずらす。風を切る音が少女の髪を揺らす中、彼女はバランスを崩したケビンの脇腹を狙い剣を振る。


「――甘い!」


 しかしその一撃は、ケビンの左手で防がれる。カリナはカウンターを警戒し、即座に距離を取った。


 ケビンは冷や汗を浮かべながら笑う。


「ふぅ、危なかった。姫さん、『祝福』頼りの連中と違って攻撃をいなしてくるから油断ならねぇな」


 彼は剣を振り直し、再び仕掛ける。カリナはそれを受け流しながら、静かに答える。


「……戦場じゃ、『祝福』頼りだけじゃダメでしょ。予想外の事態に対応できなくなる。『祝福』を使えない状況も想定しておかないとね」

「おいおい、余裕ありすぎだろ!」

「……いや、全然余裕なんてない。ほら、普段より饒舌でしょ?」


「饒舌なのに余裕がないなんて、ありえねぇだろ」

「……バレたか」

「バレたか、じゃねぇよ!」


 そんなやり取りを交わす中、ケビンの足払いがカリナを襲う。


「引っかかったな!」


 宙に浮いた瞬間、ケビンの剣が少女の腹を狙う。だがカリナはそれを計算に入れていた。


「……残念だけど、私の勝ち」


 カリナは相手の体が宙に舞った瞬間に、剣を横回転させる形で放り投げた。

 盾となる武器を放る、リスクを冒すやり方。 

 だがそれは、宙に舞っていれば確殺になりえる攻撃だった。


「ぐふっ!」


 腹への一撃に、ケビンは呻き声を漏らす。そのまま彼はバランスを崩し、倒れ込んだ。


「……あのタイミング、狙ってたな」

「まぁね。膝と胴体が浮いたときは腹部が緩むから、そこを狙っただけ」


 カリナは剣を回収しながら、冷静に答えた。

 それを見たケビンは腹を押さえ、苦笑する。


「相変わらず、12歳とは思えねぇ冷静さだな。これが銀剣だったら、俺は死んでたぜ」

「……それは言いすぎ」

「あっ、照れてら!」

「……照れてない」


 カリナは軽く笑うと、剣を鞘に収めた。


「でも、いい稽古になった。ありがとう」


 ケビンは腕を組みながら笑う。


「お前なら本番でもやっていけるな」

「……本番?」


 カリナは不思議そうに尋ねる。


「決まってんだろ。俺みたいなヤツに絡まれても、自分で対処できるって意味さ」

「確かに。あんたと戦って、それなりに自己防衛の立ち回りは理解したからね」


 カリナは納得するように頷く。


「それに。人の金を全部溶かすようなヤツとも距離を置けるかもね」

「……たったの、一パーセントでしょ」

「でへっ! すまねぇ……って、待て待て。姫さんの拳は痛いから、勘弁してくれ」


 カリナが眉をひそめながら、グーパンチの準備を解除した。


「……ちゃんと返してよね」

「わーったわーった。そんな怖い顔すんなよ」


 カリナは肩の力を抜きつつも、再び真剣な顔になる。


「ま、しばらくお別れだ。姫さん、金の管理には気をつけろよ?」

「……あぁ、お前も金で死なないようにな」

「ははっ、ちげぇねぇ!」


 軽口を叩き合いながら、二人は面と向かい合う。


「んじゃあな、姫さん。頑張れよ」

「……あぁ、そうだな」


 二人は互いに語りながら、その場を去るのだった。

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2024年11月30日 20:00
2024年12月1日 20:00
2024年12月2日 20:00

カリナ・トラナグルによる祝福改革 ~世界で横行する能力差別解消を掲げる女性のお話~ チャーハン @tya-hantabero

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