第38話 羞恥心
「俺は仕事に戻るわ」
そう言い残して、ロードは倉庫の中の作業に戻った。
「君たち、あちら側に行きたいの?」
代わりに来た息子のエイデンが、俺たちに訊ねる。
「そうだけど。あなた本当に、能力が特殊なの? テレキネシスってどんなやつ?」
興味深々に皐月が捲し立てる。
その皐月の様子にエイデンは、若干引いているようにも思う。お嬢様のようなロリータファッションをした、初対面の女の子にいきなり質問攻めにされたら、戸惑うのも無理はない。エイデンは皐月の服を物珍しそうに眺めたが、特にそれについては何も言わなかった。
「テレキネシスっていうのは物体を自由自在に動かせる能力なんだよ」
自慢していいことだと思うが、エイデンは気取った感じは全くなく言った。
「本当に? 自分自身も空に飛べるってこと?」
なおも皐月が訊ねる。
「いや、自分自身や、自分に物理的に接しているものには使えない。僕の能力を疑っているんなら、使ってみるから見ててよ」
エイデンはピンポン玉程度の石ころの前に立って、そちらに手のひらを向ける。
「テレキネシス
エイデンが能力を唱えると、石ころはいとも簡単に浮かび、俺たちの前を浮遊している。
「本当に能力に特殊なんてあったんだ。すごい……」
皐月は感動して、その石ころとエイデンを交互に見ている。
「僕の能力はまだレヴェル
エイデンは皐月に見つめられて照れたのか、少し早口で説明する。
何かと便利そうな能力で羨ましい。エイデンがこの仕事をしているのは、自分の能力を生かせるからか。お世辞にも体力のなさそうなこの男が、なぜこんな力仕事の現場にいるのか不思議だったが、納得した。
「うわー。すごいですね! この能力であたしたちを向こうまで運んでくれるんですか? なんか楽しそうです」
楽しそうだろうか? 確かに空中をふわふわ浮くくらいなら楽しいだろうが、落ちたら即死の高さをこの男に頼って渡るのは、恐怖の方が圧倒的に勝つ。
「安全は保障するよ。落としたことは1度もない」
エイデンは俺の顔を見ながら言った。怯えているのがばれたらしい。
「すごいわね。エイデン君の両親や兄弟も、特殊な能力を使えるの?」
「いや、両親や兄弟どころか、親族全員平凡な能力だよ。突然変異的なものなのかな」
皐月には聞きたいことがたくさんあるようで、エイデンを質問攻めにしている。
ひととおり聞き終わって満足したのか、何度も頷いている。皐月の知識欲が満たされたのなら何よりだ。
「面白い話が聞けたわ。ありがとう。じゃあさっそく私たちを運んでくれる?」
「そうだね。1人5万ケルマだよ」
エイデンは当然とばかりに言った。
金とるのかよ、と喉元まで出かかったが、何とか寸前で食い止めた。
「5万ですか! もうちょっと何とかなりませんか?」
ダイヤが懇願する。
「んー、こっちにも生活があるからね。安くするのは難しいかな」
エイデンは申し訳なさそうに言ったが、1ケルマも安くしないという雰囲気も感じ取れる。
「ちょっと話し合うから、待っててもらえるかしら」
「構わないけど……」
その後もエイデンは何か続けていたようだが、皐月の言葉に遮られて聞こえなかった。
「とりあえず私たちの全財産を確認しましょ」
俺たちは各々バックから、ありったけの金を出し合って数えた。
「3万ケルマか。全然足りないな」
「どうしましょう」
「1つ方法は、あるにはある」
皐月とダイヤが同時に俺を見る。
「何? どんな方法?」
皐月の勢いにたじろぐが、すぐに口を開く。
「だがこの方法は、エイデンとダイヤが納得してくれるかどうかに、かかっている」
自分の名前が出てくるとは予想していなかったのか、ダイヤがきょとんとした表情をしている。
「あたしですか?」
「何よ。もったいぶってないで早く教えなさいよ」
皐月の勢いはさらに増す。
もっともったいぶって、優越感に浸りたかったがそんなことをしていると、皐月に怒られそうなのですぐに教えようと思ったが、エイデンが割って入る。
「あの、お金だけじゃなくて、もう1つ確認しておきたいことがあるんだけど」
「何かしら?」
「さっきも言ったように僕の能力はレヴェル5なんだ。持ち上げて移動できる重さは、大体55キロぐらいまでなんだ。失礼だけど皆さん体重は?」
その言葉を聞いた瞬間、皐月とダイヤが息を飲むのが分かった。2人に緊張感が走る。特にダイヤは赤面して慌てふためいている。やはり女と言う生き物は、自分の体重を公にすることを恐れているようだ。
2人が同時に俺を見つめる。先に言えということだろうか。当然俺の体重が55キロをオーバーしていたら、2人は自分の体重を言わなくて済むわけだ。だが残念なことに2人が期待した数字は言えない。俺は元来太りにくい体質なのだ。
「55キロぴったりだよ」
エイデンが頷く。
ダイヤはショックを受けたようで「そんな、あたしと同じ身長なのに……」と呟いている。痩せ形の自分を気に入ってはないのだが、この時ばかりは感謝した。
少し恥ずかしそうに今度は皐月が口を開く。
「私は43キロよ。平均よ」
別に誰も何も言っていないのだが、怒ったような口調で言った。
2人ともクリアだ。あとはダイヤの体重が55キロ以下だったら、とりあえず重量の問題は何とかなる。
みんなの視線が自然とダイヤに集まる。急かすと怒られそうなので、無言のプレッシャーを与えるに留めておく。
やがてダイヤはとても恥ずかしそうに口を開いた。
「……です」
あまりにも小さな声だったので聞き取れなかった。
「ごめん、もう1度言ってもらえる?」
エイデンが優しく聞き返す。
ダイヤはまたもじもじし始めたが、すぐに口を開いた。
「だから、61キロです。平均以下ですよ。伊織君が痩せ過ぎなんです。」
問題は55キロより上か下かなので、平均以下かどうかは全く関係ないのだが、ダイヤはどうしてもそれを言いたかったのだろう。
「61キロなら厳しいかな」
「わざわざ復唱しないでもわかってます」
ダイヤは、怒りと恥ずかしさで赤くした顔を隠しながら怒った。
俺たちはまた3人で顔を突き合わせて話し合う。
「ごめんなさいあたしのせいで」
「別にいいよ。俺も裸の時の体重が55キロだから、荷物とか服を合わせたらもっとあるからね」
2人は怒りの視線を俺にぶつける。
「何でそれを先に言わないんですか? 先に言ってくれたらあたしが恥をかかなくて済んだのに!」
ダイヤは険しい表情で訴えてくる。皐月に至っては無言で俺のすねを蹴ってきた。
「ごめんって。最悪全裸になって、荷物と服は別々で運んでもらおうと思ったんだよ」
俺は咄嗟に言い訳を言った。
「もういいわ。それよりもう意味がないかもしれないけど、さっき伊織君が言おうとしてた、お金がなくても何とかなる方法って何?」
皐月がまだ少し怒っているのか棘のある口調で訊ねる。
「まだ大丈夫かもしれない。お金も体重も2つとも解決できるかもしれない」
「本当ですか?」
ダイヤが食い入るように訊ねる。
「インピリカルポーションをエイデンに譲るんだ。確かあれは、道具屋で買い取ってもらったら100万ケルマほどになるんだろ。それにあと少しでレヴェルが
皐月はなるほど、といった感じで頷いている。
対照的にダイヤは、みるみる表情が曇っていく。
「ダメに決まってるじゃないですか。今の言い方だと2つともあげちゃうってことですよね。ぜっっっったいにダメです」
必死の形相でダイヤが訴える。
「そんなこと言ったって他に方法はないわよ。長々と迷いながら遠回りするか、橋が直るのを1年待っているかになるわよ」
皐月が優しく諭す。
「でも……。うーん。せめて1つです」
ダイヤは悩みに悩んだ末に、最大の譲歩をしてくれた。
1つで交渉してみるか。
「わかった。とりあえずエイデンに交渉してみよう」
俺は今の話し合いの結果を、エイデンに報告して交渉した。
「うーん。それはちょっと。2つ貰えるんだったらお金も重量も解決するだろうけど、1つだとね」
エイデンは素直に納得してくれず渋っている。
「そこを何とかお願いします。あたしの大事なコレクションなんです。1つで勘弁してください」
ダイヤは涙を流しながら訴えている。
「わっ、わかったから、胸ぐらを掴んで揺らすのをやめてくれ。鼻水と涙を僕の服で拭うのもやめてくれ。今回は1つでいいから」
エイデンはダイヤの勢いにドン引きしながらも、交渉を受け入れてくれた。
「本当か。助かるよ。ありがとう」
「今回だけ特別だからね」
俺は、ダイヤがインピリカルポーションをエイデンに渡すのを待った。だが待てど暮らせど渡さない。渡そうとはしているのだが決心がつかないのか、葛藤しているような表情をして、ポーションを手に持ってはバックに戻すという行為を繰り返している。
「早くしなさいよ」
見かねた皐月が、ダイヤの手からポーションを奪い取って、それを素早くエイデンに渡した。
「あ゙ぁぁぁ~~~!! あたしのポーションが~!!」
泣き喚くダイヤを無視して、エイデンはインピリカルポーションを一気に飲み干した。
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