第36話 新技

ゴブリンは皐月に目を付けたようで、躊躇いなく走ってくる。それに気づくとダイヤは、すぐに皐月の前に立ちゴブリンから皐月を守る。

「ディフェンス6エクシー

ゴブリンの攻撃はダイヤに防がれた。その後もゴブリンとダイヤの攻防が続く。俺は、戦いに夢中になっているゴブリンに気づかれないように、そっと距離を取りゴブリンの背後に回り込む。

ゴブリンは、蹴りと突きを必死に繰り返している。俺はゴブリンが蹴りの体制に入ったときに、さっと近づき、軸足を思いっきり蹴り上げた。ゴブリンは不意を突かれて仰向けに倒れこむ。


「今だ!」

「はい! ディフェンス6エクシー

ダイヤは下方向にバリアを出して、そのまま倒れているゴブリンにバリアを思いっきり押し付ける。ゴブリンは、バリアと地面に挟まれ身動きが取れずにいる。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁっっっっっ!!」

ダイヤは雄たけびを上げ、さらに力を籠める。ゴブリンは血走った目を見開き奇声を上げる。それでもダイヤは力を緩めない。


ニチュッニチュッ、ボキ、グチュッ。聞くだけで鳥肌が立つような不快な音を立てて、ゴブリンは潰れ死んだ。首は変な方向に曲がり、両膝は潰れて目玉は片方飛び出している。

「うまくいきましたね」

惨い死体の前では似つかわしくない笑顔をダイヤは俺に向ける。

俺もピースサインで応える。


「スキルをそんな風に使うなんて。いつ考えたの?」

皐月はゆっくりと俺たちに近寄りながら訊ねる。

「図書館に籠ってた時に思いついたんだ。始めはダイヤは乗り気じゃなかったんだけど、何とか説得したんだ」

皐月は不思議そうにダイヤに視線を向ける。

「だって、あたしは戦って怪我するのが怖いから、ディフェンスのスキルを極めてるのに、本末転倒な気がして。それなら伊織君が能力のレヴェルを上げて、積極的に戦えばいいじゃないですか、って言ったんですよ。そしたら俺も怖いから嫌だ、とか言うんですよ。その後3時間ほど話し合ったけど、結局結論は出なくて」

ダイヤは早口で言った。


皐月は俺に冷たい視線を向ける。仕方ないじゃないか、俺だって怖いんだから。ダイヤのバリアを使って攻撃する戦法の方が、まだ安全に思えたのだ。

「私が怪我で苦しんでるときにそんな不毛な議論が行われてたのね」

皐月は、ため息混じりに言葉を吐き出した。

でも結局伊織君は能力を上げてないのだから、ダイヤが折れた形になったのね。伊織君がダイヤをうまいこと言いくるめたの?」

皐月は、またもや俺に冷たい視線を向ける。

「そんな風に思われるなんて心外だな。ちゃんと両者納得のいく形で決めたよ」

「どうしたの?」

「じゃんけんだよ」


皐月は呆れて言葉も出ないのか無言で先に歩き出した。

仕方がなかったんだ。何せ、いつまでたっても互いの主張は、平行線だったんだから。どちらも怖いから嫌だの1本槍で、感情論だけの議論だったので、決着など着くはずもないのだ。いや、議論などというかっこいいものでもなかった。ただの子供の言い争いと言うのが近い表現だろう。あの場面を皐月に見られていたら、ほとほと呆れられていただろうなと自分でも思う。


1日歩き、辺りもすっかり暗くなったが、村の若者が言っていた橋はまだ見えてこない。皐月のペースに合わせてゆっくり歩いているからだろうか。俺たちは野宿をし、今朝貰ったアックスピークを、焼いて食していた。

「それにしても、あの人はどういう心境の変化で、こんなものまで渡してきたんですかね?」

美味そうに頬張りながらダイヤが訊ねる。あの人とは、勿論村で会ってこの食材をくれた人相の悪い若者のことをさしているのだろう。最後まで名乗らなかったので名前は3人とも知らないままだ。

「深い考えなんてないでしょ」

皐月が冷たく返す。


「でもあの人だけ雰囲気が違ったよな。最初は鬱陶しい奴だと思ったけど、あの村の人たちの独特な嫌悪感みたいなものがなかった気がする」

「ですよね。逆にそれで周囲から浮いているようにも感じました」

「考え過ぎじゃない? 確かにあそこの村人は不気味な感じがしたけど、彼だっておんなじよ」

皐月は興味なさげに言い放つ。

まだ最初に難癖をつけられたことを根に持っているのだろうか。ドライな性格だと思っていたが1度嫌うと根に持つタイプなのかもしれない。

ダイヤも同じように思っているのか俺と目を合わせて意味深に微笑みあう。


「何笑ってるのよ。気色悪いわね。もう寝ましょ」

そう言って皐月は、さっさと寝袋に潜り込む。

「皐月さん、怒ってた人に優しくされて困惑してるんですよ」

ダイヤが皐月に聞こえないように声を落とした。

「だろうね。そういうところが不器用で皐月らしいよな」

俺が言うと、ダイヤは嬉しそうに何度も頷いた。その後、小一時間程皐月のいいところを、主にダイヤが話し、俺は共感しながら頷いていた。


翌朝、早速皐月にヒールをかけようとしたら、止められた。

「もういいわよ。伊織君が魔力を使い切ったら魔物が出たとき困るじゃない。昨日みたいにダイヤがスキルで戦うのは、1対1だと有効だけど複数相手ではそうもいかないでしょ。それに怪我も順調に治ってきてるわ。あとは時間が解決してくれると思う」

皐月の足取りはまだ重そうだが、確かに魔物が複数出たときに困るので、俺は素直に皐月の言うことを聞いた。


南東にあるという橋を目指して、俺たちはまた歩き出した。しばらく歩くと案外あっさりとその橋は見つかったのだが、状態が良くなかった。下を見るだけで足がすくんでしまうような谷に、木造の橋は架かっている。架かっているのだが、綺麗に真ん中で裂かれたように壊れ、橋としての機能は何一つ果たしていない。向こう岸の山は微かに色付き始めている。かなり険しい山道であることが窺える。そんな山と俺たちのいる場所を繋ぐ橋は、繋がっていれば全長50メートルほどだろうか。かなり大規模なものだったと予想できるような残骸だ。なので絶対に飛び越えるなどは不可能だ。辺りを見回してもこの橋以外に対岸に渡れるような橋は1つもない。


下に降りて向こう側に行くことも考えたが地面までの距離は60メートルはある。傾斜も、ほぼ90度と言っていいだろう。クライミングの選手でもなければ下まで行くことは難しいだろう。もし仮に無事に下まで行けたとしても、その先には川がある。流量が多く川幅も広い。あれを泳いで渡るのは、水泳選手でも無理があるだろう。要するに俺たちは八方塞がりになってしまった。


「どうしよう」

思わず心の声が漏れた。

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