第34話 イメチェン

「着ないわよ」

怒りっぽい口調で皐月が言った。

俺たちが買った服は、メイドが着るような服に、肩口にひらひらとした装飾がされていて、薄ピンク色で、服にハートで刺繍がされているものだ。下は真っ白なスカートで、こちらにもふわふわの装飾が施された、少し短めのものだ。所謂ロリータファッションのような、可愛さ全開のセットアップだ。普段の皐月のファッションとは正反対と言ってもいいだろう。俺たちは面白がってそれを皐月用に買ってきたのだ。


「でも皐月さん。その服のまま外を出歩くわけにはいかないでしょ」

皐月が軽く舌打ちする。

「それを着るくらいなら今の服装の方がましよ。大体その服、子供用じゃないの?」

すかさずダイヤが悪い笑顔で入ってくる。

「だめですよ皐月さん。今のままでは下着が見えちゃってます。確かにこれは子供服ですけど、皐月さんならぴったりですよ。身長だって低いし、胸だって……」

皐月の鬼の形相を見て、ダイヤはそこで言葉を切った。


「元気になったら2人とも1発ずつ殴るわね」

冗談などではないということは、皐月の言い方で分かった。だがそんなものは覚悟の上だ。たとえ殴られたとしても、皐月がこの服を着ているのを見てみたいと思ったのだ。


「1発殴られるだけでこの服着てくれるんですか?」

ダイヤも俺と同じ気持ちなようで、目を輝かせている。

「言うようになったじゃないダイヤ。まだ着るとは言ってないわ。この服だってちょっと直せばまだ着れるはずよ」

こめかみをぴくつかせながら皐月が答える。


「さっき聞いたんだけどこの家には裁縫道具の類は一切ないんだって。それに今のままだと目のやり場に困るよ」

俺は適当に出まかせを言ってみる。

「はぁぁ。伊織君に下着を見られたところで私は何も困らないわ。」

皐月が怒りに満ちた大きなため息をついた。


流石に可哀想になってきたので新しい服を、今度こそまともな服を買ってこようかと思ったが

「いいわよ。着るわよ。この服そろそろ買い替えようとしてたし。それに毎朝ヒールをかけにくる、男の視線が気になってたし」

皐月が折れたようだ。

「本当にいいの?」

「いいって言ってるでしょ。着替えるから伊織君はさっさと出て言ってよ。ダイヤは私の着替えを手伝って。まだ自由に身動き取れないから」

俺に下着を見られてもいいのではなかったのか。言われた通り部屋を出てしばらく待っていると、中からダイヤの楽しそうな声が聞こえる。


「いいですね。やっぱり似合ってますよ。めちゃくちゃ可愛いです。カチューシャとかあればもっといいんですけどね。どでかいリボンが付いてるやつ。今度買ってきますよ」

俺は危険な旅の途中だということを忘れそうになる。こんな楽しい日々ならここに来てよかったのかもしれない。物思いに耽っていると中から

「もういいですよ、伊織君」

と声が聞こえたので期待に胸を躍らせて扉を開ける。


そこには、恥ずかしそうにもじもじとした皐月が、ベットに腰掛けていた。半分冗談のつもりで買った服だったが、皐月にはとても似合っているように思えた。サイズもぴったりだし、普段とのギャップで思わず見惚れてしまう。セットで買ったニーハイソックスも厚底の靴も、全てが似合っていた。黙っていれば、どこぞのお姫様に見えなくもない。

「感想は?」

ぶっきらぼうに皐月が訊ねてくる。

「かわいいね」

思わずそんな言葉が口から出た。当の皐月は、やはり不服なようで俺の言葉に舌打ちをして、布団に潜り込んだ。


「伊織君もそう思いますよね。皐月さんはこういう系統の服を着ていくべきですよ」

「もう二度と服を買わないでね。明日も図書館に行くんでしょ。さっさとどこかの家に泊めてもらいなさい」

皐月は俺たちを追い出すように手を振った。


俺たちは口々に皐月の可愛さについて語りながら、どこか泊めてくれる家はないかと、村人たちに訊ねまわって、ようやく不承不承と言う感じで了承してくれた村人の家に泊まった。

ずっと思っていたことだがここの村人たちは、俺たちに冷たい気がする。別に持て囃してほしいわけではないが、村の一大事を救ったのだから、もう少し手厚く迎え入れてくれるのかと思った。カーソンの様に金銭をもらえたら、と少しは思ったことも否定しない。この村人はもう、俺たちをただのよそ者としか思っていないようだ。誰も泊めてくれそうになければ明日からは野宿だな。


翌朝再び俺たちは皐月のもとに向かったが、皐月はまだ不機嫌そうだった。だが体は順調に回復しているようで、日常生活は何とか送れるようになるまでは回復していた。

俺は魔力の全てを使って皐月にヒールをかけて、ダイヤと図書館に向かった。


「今日も何も見つからなかったですね」

ダイヤが肩を落としながら言った。元々こんな小さな図書館に期待などしていなかったがそれでも何も見つからないと堪える。

「今日からは野宿でいいかな?」

俺は昨日の考えをダイヤに伝えると、ダイヤは二つ返事で了承してくれた。

俺たちは皐月にヒールをかけて図書館で文献を漁る、という作業を10日ほど繰り返したところで、蔵書はあらかた調べ終わった。


翌朝も皐月のところへ向かい、全て調べたが何一つ有益な情報はなかったことを伝えた。

「そう、ならとっととこんな村出ましょうか」

そう言って皐月は立ち上がり、荷物を詰め始める。


「皐月さんもう大丈夫なんですか? もう少しゆっくりした方がいいと思いますけど」

皐月は順調に回復して問題なく動けてはいるが、時々苦痛に顔を歪ませている。まだ完治には程遠いようだ。

「大丈夫よ。それに」

皐月はそこで言葉を切って声を落とした。

「昨日村長に、もう元気になったんなら出て行ってくれって。いつまでもいられると迷惑だからって言われたの。昨日だけじゃなくてここ最近は、毎日のように小言を言われてるの。不快だから早く出たいのよこんな村」

皐月が苦々しい表情で呟く。

「そういうことなら仕方ないか。無理だけはしないようにな」

皐月は今度は俺たちを睨みつけるように、交互に見る。

「それに、早く次の村に行って服を買いたいの」

いつまでたっても見慣れないロリータファッションを、見せつけるようにして言った。


俺たちは迷惑そうな顔をしているワーナー村長に、形式的な例を言って家を後にする。

「とりあえず教会に行くか。ポイントも随分たまっただろうし」

盗賊から取り返したインピリカルポーションは、まだ誰も飲んでいない。今も2つともダイヤが大事に持っている。


教会に着くと俺たちは各々ポイントを確認した。俺はスキルのヒールをレヴェル6エクシーに上げ、皐月は能力の水をレヴェル7エプタに上げた。ダイヤは、スキルを上げるほどにはポイントが貯まっていなかったようで、現状維持のままだ。その大事そうに持っているポーションを飲めばいいじゃないか、と言ったが、これはそんなに簡単には使えません。大事なコレクションなんです。と一蹴されてしまった。ポーションは使わないと意味がないと思うのだが、ダイヤにはダイヤの考えがあるのだろう。


俺たちは村の出入口まで足を進めた。そこで俺は、タイガへの生き方を村人たちに聞いておけばよかった、と思い至った。まあいいか。一刻も早く、こんな村から出ていきたいし。言いようがないけれど、この村は居心地が良いとはお世辞にも言えない。


「おーい!! ちょっと待ってくれ」

村を出て行こうとした俺たちは、何となく聞いたことのある声に呼び止められた。

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