第24話 VSアスピス

パニックになったダイヤは無我夢中で、噛みついているアスピスを掴みそのまま地面に叩きつけた。

「あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁ!いだい!いだい!いだい!いだい!!!!」

その場にうずくまったダイヤは、普段のおとなしい感じからは想像もできない絶叫を、涙を流しながら発し続けている。


「ヒール5ペンテ ヒール5ペンテ ヒール5ペンテ…」

「がぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!! いだいいだいいだい!!」

喉が枯れても、なお絶叫し続けているダイヤに俺はスキルを使い続ける。けたたましい悲鳴を聞き続けて、頭がおかしくなりそうだ。

「そこにいたらまた噛まれるかもしれないから、ダイヤを抱えて離れてて!毒はあるけど死にはしない。だから伊織君までパニックにならないで」

皐月は最後に、お願いだから、と付け足した。困ったような悲しんでるような表情で。


言われた通り俺はダイヤを抱きかかえ、あの蛇から必死で離れる。アスピスは、ダイヤに地面に叩きつけられた影響で弱っているようだ。動きが緩慢になっている。

一定の距離を取って木陰に隠れる。

「ヒール5ペンテ ヒール5ペンテ…」

「痛いよ! 痛いよ! あ゙あ゙ぁ゙゙ぁ゙ぁ゙゙!!」

ダイヤの悲鳴は依然続いている。患部をがむしゃらにこすって、痛みに悶絶している姿は目を逸らしたくなる。もう片方の手は地面を握りしめ、土をえぐり取り、小石が突き刺さり血が滴っているが、足の痛みに比べれば微々たるものなのだろう、手を気にする素振りもない。


そもそもヒールが毒に対する効果もあるのかわからないが、それでも俺はヒールを使い続ける。ダイヤの涙を見ていると俺まで泣きそうになるが、ここで泣いてしまったらダイヤは死んでしまうのではないか、と何の根拠もないがそう思い、必死に涙をこらえる。


「ウォーター6エクシー

遠くで皐月が戦っている声が聞こえる。無事に勝ってくれよ皐月、と祈ることしかできない。皐月まで噛まれてしまったら、俺はどうしていいかわからなくなる。

「ヒール5ペンテ ヒール5ペンテ

どうやら魔力が尽きたようだ。

ダイヤはまだ、苦痛に顔を歪め叫び続けて痛がっているが、もうスキルを使えない俺には、寄り添ってあげることしかできない。


「ウォーター6エクシー

皐月の方に目をやると、アスピスの尻尾を踏みつけ胴体に能力を使っていた。

ダメージを喰らったアスピスに、皐月はそのまま頭を何度も踏みつけて殺した。

アスピスが絶命したことを確認すると、皐月はこちらに走ってきた。

辺りはもうかなり夜に近づいてきている。


「はぁはぁはぁ、伊織君、ダイヤは、大丈夫なの?はぁはぁはぁ」

アスピスとの戦いで流石の皐月も体力がそろそろ限界のようだ。膝に手を突き顔を赤らめている。

「わからない。ずっと痛がっているけど、もう俺の魔力は尽きてしまった」

皐月はダイヤの横にしゃがみ込む。

「ヒール3タリア ヒール3タリア ヒール3タリア…」

皐月は魔力がなくなるまでダイヤにスキルを使い続けた。その甲斐あってか、ダイヤの悲鳴は止み徐々に正気を取り戻してきた。依然患部は擦り続けている。その行為に意味があるとは思えないが、じっとしていられないほどの痛みなのだろう。

顔は涙と鼻水と唾液でぐちゃぐちゃだ。


「はぁはぁ、とにかく、この山を早く出ないと」

辺りはもう完全に闇だった。

「痛い痛い痛い。ごめんなさい。ごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい」

枯らした声でダイヤが泣きじゃくりながら言う。

「ダイヤは黙って私たちに甘えてなさい」

皐月の言葉でダイヤの涙が激しくなる。


「私がダイヤを負ぶるわ。こうなったのは私の責任だから」

言うが早いか、皐月はダイヤを抱きかかえようとする。

「皐月さんもたまには俺に甘えてもいいだろ」

ダイヤを皐月から引き離し、おんぶしながら言う。疲労困憊の皐月に、これ以上頑張らせるわけにはいかない。

皐月は納得いってなさそうだったが、無視して俺はダイヤを抱えて急いで山を下る。


「痛い痛い痛い。ごめんなさいごめんなさい」

俺の背中でダイヤはずっと苦痛と謝罪の言葉を繰り返している。

麓はすぐそこだったようで、意外と早く下山できた。

そこからしばらく歩き、野営できそうな場所を探して焚火を焚いて寝袋を用意する。

背中のダイヤをそっと寝袋に横たわらせる。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

横たわってからも痛みに顔を歪ませながら謝罪を繰り返している。その声はもう枯れきって、かすかすだ。


「いい加減謝るのやめないと怒るわよ」

言葉とは裏腹に、皐月は心苦しそうな顔をしながら言った。

「はい…」

謝るのはやめたが、まだ申し訳なさそうな顔はしている。

しかし歩き疲れと泣きつかれで疲労がたまっていたのだろう、しばらくすると泣きながら夢の中に入っていった。


俺は皐月と焚火を見つめて見張りをしている。

「ダイヤのあの痛がりようを見て怖気ずいた?一歩間違えたら私たちが噛まれてたのよ」

皐月がダイヤにちらっと視線を向けて、意地悪な質問をしてくる。

「前にも言っただろ、魔物と戦うよりも元の世界に帰れないほうが怖いって」

本当はダイヤの悲鳴を聞いたとき、自分だったらどうなっていただろうという怖さもあったが、今は言わないでいいだろう。

「そ。私も同じ気持ちよ」

皐月は安心したように笑った。

「じゃあ、見張りよろしく。たまには伊織君に甘えて私が先に寝るね」

皐月はダイヤの隣の寝袋へ入っていった。

やはり皐月も相当疲れていたようですぐに寝息を立て始める。

俺は皐月の整った寝顔を見つめる。

「早く元の世界に帰れるように頑張らないと」

気が付いたらそんな独り言を言っていた。気のせいかもしれないが、皐月が微笑んだ気がした。

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