第8話 偏食の苦悩
学校生活が少しずつ日常になってきたある日、給食の時間が訪れた。夜間高校では、生徒たちのために簡単な食事が提供されていた。真一はその存在を知っていたが、今まで一度も手をつけたことがなかった。
給食室での戸惑い
「今日はカレーだってよ。食べに行こうぜ」
隣の席の良平が声をかけてきた。真一は一瞬ためらったが、断る理由が思い浮かばず、しぶしぶ一緒に給食室に向かった。
給食室には、すでに多くの生徒が並んでいた。トレーに盛られたカレーライスを手に、楽しそうに席についている姿が見える。真一は列に並びながら、じわじわと胸が重くなっていくのを感じた。
「カレーなんて、いつから食べてないだろう……」
中学時代の給食の思い出がよみがえる。食べられないメニューを前に、無理やり口に運ぼうとして吐き気をこらえた日々。そのたびにクラスメートの笑い声が聞こえてきた。偏食が理由で「変わってる」と揶揄され、孤立した記憶が鮮明によみがえった。
偏食への視線
真一の番が来て、給食当番の先生が笑顔でカレーをよそってくれる。
「たくさん食べて、頑張ってね」
「ありがとうございます……」
トレーを受け取ったが、カレーの香辛料の匂いが鼻を刺し、真一は足がすくむような感覚に襲われた。
良平と席につき、彼が勢いよくカレーを食べ始める。
「これ、めちゃうまいな!」
嬉しそうな声に、真一は苦笑いで返すしかなかった。自分の皿のカレーにスプーンを伸ばしてみたが、手が止まる。どうしても食べる気になれない。
「お前、食わないの?」
良平が不思議そうに聞いてくる。
「あんまり……食欲がなくて」
そう言い訳をしたが、良平はじっと真一のトレーを見ていた。
「もしかして、カレー苦手?」
真一は少し迷ったが、うなずいた。
「うん。偏食で……あんまり色々食べられないんだ」
「そうなのか。別にそれくらい普通じゃね?」
良平のあっさりした言葉に、真一は驚いた。偏食を責められることが当たり前だと思っていた自分が恥ずかしくなった。
残すことへの罪悪感
しかし、他の生徒たちがトレーを片付ける際に、「残すのは良くないよね」と話している声が耳に飛び込む。真一の心はまた重くなった。自分のトレーにはほとんど手をつけていないカレーがそのまま残っている。
「やっぱり、周りに変に思われてるんだろうな……」
給食室を出るとき、他の生徒の視線が気になって仕方がなかった。
帰り道の気づき
その日の帰り道、真一は給食室での出来事を振り返っていた。食べられない自分を責める気持ちと、良平の「あんまり気にするな」という言葉が交錯していた。
「僕は、普通じゃないんだろうか……」
そんな疑問が頭をよぎる。だが、その後に続く良平の「それくらい普通」という言葉を思い出して、少しだけ心が軽くなった気がした。
「自分の普通を、少しずつ受け入れてみよう」
真一はそう自分に言い聞かせ、夜の街を歩き続けた。夜間高校での生活はまだ始まったばかりだが、少しずつ心に新しい考えが芽生えていた。
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