第一章 処刑回避 Any% - Glitchless
1. 声帯が島崎○長
「って、嘘!! めちゃくちゃ痛い!!」
「リュシアン……!? ああ、無事でよかった……!」
「へっ!?」
まさか反応があるとは思わず、僕の口からひっくり返った声が出た。
目を向けると黒い服を来た老女が瞳を潤ませて微笑んでいる。彼女は祈りの言葉を呟くと、呆然としている僕の手を取った。
「えっ……と……」
ここはどこ? 僕は誰? いや冗談ではなく。
電車のホームから落ちたという記憶と、目の前の状況が全く結びつかない。軽く周囲を見回す。
真っ先に目に入ったのはベッドに投げ出された自分の手。……自分の手か? なんか全然見覚えがない気がするけど、ひとまず自分の意思通りに動きはする。
六畳くらいの部屋に大きく開け放たれた窓。カーテンが揺れるその先は、一面なだらかな丘が広がっている。それは都会育ちの僕の目には、フランス映画か何かのワンシーンだといわれるほうがしっくりくる。
動いた拍子にさらりと流れた髪の色は黒い。黒? ……確かに地毛は黒だけど、大学生になったのをきっかけに染めたし、こんなに伸ばした覚えがない。もしかして、何年も眠っていたとか?
(そうか! あのあと奇跡的に一命を取り留めたけど植物状態に……ってこと!?)
あ、ありうる! あの女子高生がどうなったのかも気になるけど、とりあえず今が西暦何年かくらいかは把握しないと。
「あの……僕はどれくらい眠っていたのでしょうか……?」
恐る恐る目の前の老女に話しかける。この人は知っている。テレーズ……そう、テレーズという名前の修道女でこのバドラパント修道院の長であり、僕が幼い頃から世話になっている女性だ。
(……って、これは誰の記憶だ!?)
しかもなんか聞き覚えのある固有名詞がためらいもなく浮かんでくる。まるで、昔からここで生きてきたかのように。
いや、しかしまさかそんなことがあるわけが……。一瞬頭をよぎった可能性を無理矢理ねじ伏せていると、テレーズは少し戸惑った様子で答えてくれた。
「三日ほどかしらね。このまま目覚めないのかとすごく心配したのよ。どこか痛いところはない? ああ、そうそう早速、姫様にもあなたの無事を知らせないと」
「姫様って……?」
「あら、そうだったわ。今は姫君ではなくバドラパント修道院の姉妹だったわね。クレア、イアサント様をお呼びして」
テレーズに命じられた若いシスターは、はい、と明るい返事をしてこちらに会釈すると部屋を出て行った。
(これは……間違いない……! 『フォースコロール2』の設定だ……!!)
先ほどから痛む頭がさらに痛みを増したような気がする。
どうも僕は、ゲームの世界に転生してしまった……かもしれない。
『フォースコロール2』とは三年前に発売した乙女ゲームのタイトルで、『2』とついていることからわかるように続編なのだが、発表から実際のリリースまで六年かかった。待望の続編に、古参ファンから大歓喜の悲鳴がSNSに溢れてトレンドを騒がすなどしていた。
ストーリーはアーデンス王立魔法学院に入学したヒロインが、学園内にあると噂の《幻の花冠》を探し出す、というもの。
《幻の花冠》を手にした生徒はどんな願いでも叶えることができる――そんな伝説を巡り、ヒロインは同級生や上級生、さらには教師と《花冠》を巡るライバルとなり、あるいは共闘しながら恋愛や友情を育み、《花冠》や学園そのものの謎を解き明かしていく。
時系列的には前作の三十年後だが、ゲームシステムは一新しており、ストーリー的な繋がりはほぼないので『2』からやっても問題ない。
キャラの良さはもちろん、ミステリ仕立てのストーリー構成や豊富なED分岐はやり応えもあり、コアなフォスコロファン以外にも高評価で、万人にお勧めしたい一本なんだけど、問題はそこではなく、リュシアンというキャラクターが『フォスコロ2』の本編には一切出ない、ということだ。
『フォスコロ』シリーズの開発会社・メイプルドロップが作るゲームは基本的にはハッピーエンドで知られる。が、その反動なのかスタッフの癖なのか、追加のDLCで暴走する悪癖がある。
本編では実装できなかった破滅エンド、鬱エンド、全滅エンドを網羅したメイプルブラック詰め合わせハッピーセット(商品名ママ)などという、正気を疑うものを平気で出してくる。
リュシアンはそのDLCの一編にしか出てこないキャラクターなのだが、発売三周年の人気投票で、並み居るキャラクターを押さえて一位を取ったくらいには認知度が高い。
リュシアン――リュシアン・サリニャックは設定的には前作ヒロインの息子で、アーデンス国王の長男だが、継承権はない。宮廷を追い出された母と共に修道院で育ち、今は法神官として修行中の身だ。
彼は『フォスコロ2』の本編で王太子の婚約者・ニノンを陥れたとして王宮を追われた悪役令嬢・イアサント姫と結託し、クーデターを起こすが、失敗し処刑される。
当初は反目する二人が互いの境遇に共感し、心を寄せていく様と共に、王国への反旗を翻していく過程は悲劇と分かっていても胸熱で、僕の中では正直本編よりも評価が高く、僕と意見を同じくするファンも多い。
まあ、前作ヒロインの扱いがこれでいいのか? と界隈内外で少々物議を醸していたが、メイプルドロップゲーでは通常運転なのでツッコんでも無駄だ。
フォスコロ界隈でリュシアンとイアサントのカップリングは人気だしここがイイって話は三時間くらいしたいんだけど今はそれどころじゃないんだよ!!
(このままだと僕、クーデター起こして処刑なんだが~~~~!?)
ゲーム自体は大好きなのは、ほんとそう!! ありがとう開発会社と販売会社の中の人!! だけど、自分がリュシアンとなると話は違う!
「全力で阻止せねば……!」
僕は思わず拳を握りしめる。推したちの死亡フラグ、その全てをへし折ってみせる! そうでなければ飛ぶのは僕自身の首、というのはぞっとしない。
(とはいえ、DLCはエンディング分岐がないんだよな……)
どうしたもんか……。選択によって会話差分やスチル回収ができるくらいで、結末が変わるような大きな変化は望めない。
トロコン(※トロフィーコンプリートの略)したし、攻略サイトも公式設定資料集もある程度読み漁った。クリアから少々時間が経っているものの、大体のイベントは覚えている(はず)。だからといって、最悪の事態を回避できるとは思えない……。
「リュシアン、まだ顔色がよくないわね。せめてイアサント嬢がいらっしゃるまで横になっていたら?」
「えっ? あ、ありがとう……」
テレーズに促されて、ようやく僕は上体を起こすのもやっと、というほど疲れ切っていることに気づいた。三日ほど気を失っていたらしいが、該当するイベントは……。
(確か、落ちた雛を巣に戻そうとして、馴れない木登りをして落ちたんだっけ)
その際、介抱してくれたのが修道院にやってきたばかりのイアサント嬢で、二人の運命はここから破滅へと向かう。となるとストーリーの序盤か。
リュシアンは初め、イアサント嬢に対して良い感情を抱いていなかった。王宮を追い出されかけたヒロイン・二ノンの境遇に生みの母を重ね、彼女を悪意の象徴として嫌悪し、避けていたほどだ。
そもそもイアサント嬢にまつわる噂でいいものはなかった。プライドが高く傲慢、時期王妃の地位を笠に着て気に入らない人間を追い落とすことに躊躇いのない氷の公爵令嬢。
宮廷から王都、果てはこの辺境の修道院にまで、彼女が王妃となればこのアーデンス王国は滅びるだろうとまで言わしめたイアサント嬢に、好意を持てというほうが無理な話だ。
ましてや、一人の少女の名誉をおとしめておきながら、身分に守られ処罰もされず、ほとぼりが冷めるまで修道院で預かれなどと。
「……身勝手がすぎる」
胸の内に湧き上がった黒い感情と、自然にこぼれた声の冷たさに、僕自身が一番びっくりしてしまった。いや、あった。ゲームにもあったわこの台詞。
でもゲームで俯瞰して見るのとは全く違う。リュシアンは温厚で人当たりがよく物腰穏やかな好青年だが、それだけではない。自身とイアサント姫の名誉のため、国に反旗を翻すほどの胆力と激情を内に秘めている人物なのだ。
僕――前世では坂本光と名乗っていた僕は、現代日本生まれの平凡ないち大学生に過ぎない。そんな僕に、リュシアンの運命を変えることなどできるのだろうか。
(あ~~~~! できるかできないじゃなくて、やるしかないんだよ今は!)
弱気になる自分を叱咤する。考えろ、考えろ、考えろ! 一体どうしたらいい?
「あっ!! あ~~~~~~っっ!!」
「一体、どうしたの!?」
突然声を張り上げた僕にテレーズはあたふたしている。心なしか、不気味なものを見るような目をしている気がする。そりゃそうか。今までこんなに騒いだこと、ないんだから。
「テレーズさん!! 僕、頭がすっっっっごく痛いのでしばらく面会謝絶でお願いします!!」
まずシンプルに、イアサント嬢と顔を合わせなければいいんじゃない!? あわよくばそのまま存在を忘れてもらえれば助かる!!
(リュイアカプ推し的には本編がなくなるの悲しいけどね……)
とはいえ、前世の僕はリュシアン編のエンドが辛すぎて、
(どうでもいいけど、僕の声めっちゃいいな……)
……転生して良かったことは、声帯が島崎○長になったことくらいかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます